『さらば、愛の言葉よ』

『さらば、愛の言葉よ』




ゴダールが3D作品を撮ると聞いた時には意外なことのように思ってしまったのだが、考えてみればゴダールは映画オタクであると同時に映画技術オタク的でもあり、またビデオやデジタルといった当時の先端技術を積極的に取り入れることを臆せずに行っていたわけで、むしろ当然のことなのかもしれない。

本作も近年のゴダールの作品らしく(?)、ストーリーはひどく掴みにくい(というか、僕はあまり予備知識なく観たもので、途中からストーリーを追おうとすることは完全に放棄してしまった)。ただ観客はいくつかのイメージが鮮烈に刻みつけられることになる。その中の一つが「反復」だろう。ドゥルーズではないが、ストーリーとしても反復されるし、またショットもまた繰返され、そしてずらされていく。

「ヒトラーが創案したものなどない」と作中で挑発的に語られるように、すべてはすでにあった。あるいは、すでに「あった」ものを文脈を組みなおすことであの蛮行を可能にしたのがヒトラーであるとすることもできるかもしれない。

これまたゴダールらしく、徹底して、おびただしい引用があふれかえっており、とてもじゃないが僕のような人間にはその多くが何であるのかがわからないのであるが、引用であることを隠すどころか、むしろそれを前面に掲げているのもいかにもゴダールである。
映画そのものが宿命的に引用にならざるをえないし、さらに突きつめるなら、現在あるあらゆる「言葉」が引用の結果でもあろう。全ては繰返され、またそこに差異が存在している。まさにこの作品は、映画をめぐる作品であり、言葉をめぐる作品でもあるのだろう。本を読みながらついアイフォンでググってしまうというのは、テクノロジーの変化によって生み出された全く新しい経験であるようにも思えるが、シネフィルたちが映画を観ながら熱心にメモを取り、引用元を突きとめ、文脈を明らかにすることに血道をあげることからそう遠いことなのだろうか。


この作品にはゴダールの愛犬がしばしば登場し、インターリュードではなくむしろ主役がこの犬なのではないかという気すらしてきてしまうほどだ。「動物は裸であることを意識しない」とあるように、このように反復や引用や文脈といったものにつきまとう自意識から逃れることができるのが動物であるということが含意されているのだろうか。ある人物は、子供をつくることは自信がないが、犬なら飼えるという。しかし森をクンクンかぎまわったり水遊びをして川に流されている(結構流れが激しかったが大丈夫だったのだろうか)だけのように思えたこの犬だが、次第にストーリーにも侵食し始める。そしてついには、犬の鳴き声と赤ん坊の泣き声とがからみ合うことになる。「自然」と「隠喩」という二つのパートは、相互に対立しあうものではなく、溶け合っていくことにならざるをえない。


奥行きの出る3Dの特徴を前面に出した映像からレマン湖畔の美しい風景、素人がケータイで撮ったかのようなぶれなど、様々な角度から3D効果を試していくが、極めつけは2台のカメラを組み合わせることで3D化することを逆手にとるかのように、結びあわされていなければならないカメラの結び目を解くことで生じさせる全く新しい感覚。ゴダールがここでやっていることは3Dの可能性を「深化」させたなどという安易な言葉でくくることのできない体験であり、そして3Dという手法を破壊しようとしているのでもない。

ゴダールはかつての映画(とりわけハリウッド黄金期の映画)へのノスタルジーを抱きつつも、だからといって最早映画など撮られる必要などなく、過去の素晴らしい作品にのみ耽溺すればいいのだという反動の道は選ばない。他ならぬゴダールが、85歳を迎えてもなお、これほど革新的な作品を撮り続けられるのは、映画という可能性を信じているからであり、またそれはあてどもない自意識と、文脈をつくりださずにはいられないという呪いでもあるのかもしれない。


『ウィークエンド』まででゴダールの(一般の)観客との幸福な対話は終わりを告げ、それ以降は一部の好事家のものになったとする人がいるが、僕もそのように思う。ゴダール作品で好きなものはときかれれば、『勝手にしやがれ』から『ウィークエンド』の中から選ぶことになるのに迷い生じない。ということは、40年以上前に「過去の人」になっていてもおかしくはないのだが、ゴダールがそのような印象を与えることはない。

『さらば、愛の言葉よ』が「普通の意味」で「楽しめる」作品かというと、多くの観客にとってはそうではないだろうし、僕も「楽しめた」かといえば胸を張って答えることはできない。しかしやはり圧倒される作品であることもまた確信できることであり、この点ではゴダールはそのデビューから終始ゴダールであり続けている。

『さらば、愛の言葉よ』は言葉についての映画であり、映画についての映画であり、そしてゴダールがいかにゴダールであり続けているのかについてを雄弁に語り実証している映画なのだろう。



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佐藤太郎(仮)

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