『ノルウェイの森』再訪1

映画公開が間もなくということで久しぶりに読み返してみた。




長年の春樹ファンとしては『ノルウェイの森』のみを
単独で切り取って考えることは難しい。

「村上春樹の最高傑作は?」というアンケートをとれば
おそらくは『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と
『ねじまき鳥クロニクル』が双璧をなすことだろう。
僕もそれに異論はないのだが、この両者の間には
大きな断絶があるとも思う。

世の中には良くも悪くも(というか主に悪い方で)
「いかにも村上春樹的」というイメージがある。
実はこの「春樹的」というのは、多くの場合80年代半ばまでの
作品から来ている。
中、長編でいえば『羊をめぐる冒険』がいろんな意味で
一番「春樹的」といえるだろう。

『羊』はご存知の通り同世代の中上健次の『枯木灘』や
村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』に刺激されて書かれた。
この作品で春樹は自らの長編作家としての資質に気付き、
長編こそが主戦場だと意識するようになる。

『羊』の次の作品が『世界の終わりと』である。
『世界の終わりと』は紛れも無い大傑作であり、
僕にとってはほとんど完璧とも思える作品である。
春樹は後にこう言っている。
「僕も心情的にはあの作品が一番好きかもしれない」
(『夢を見るために』244ページ。2004年のインタビュー)

これは僕の勝手な推測なのだけれど、春樹はこの作品で、
達成感というよりも到達感を憶えたのではないか。
「ついに自分をここまで引き上げた。ではここから先へ行くには?」
そう考えた時、ここにとどまっていては駄目だ、と思ったのではないだろうか。

作品全体が「いかにも春樹的」という形を取るのは、
実はここで終わっている。
(長編を部分的に見たり短編はこの限りではないが)
正直に言うと僕は「春樹的」作品、つまり80年代半ばまでが大好きだ。
あのような作品を書き続けて欲しいという気持ちがないと言えば嘘になる。
しかし春樹は別のフェイズへと歩を進める決意をした(と、僕は思っている)。

『世界の終わりと』と『ねじまき鳥』に断絶があると書いた。
それはいったい何か。
繰り返しになるが『世界の終わりと』は完璧と言ってもいいほどの
作品である。
では『ねじまき鳥』はどうか。
僕の意見ではこれは志の高い失敗作である。
なぜ失敗作なのか。

この小説の大きなテーマは「悪」である。
相対的な悪ではなく、絶対的な悪。
そんなものが果たして存在するのか、
そして対決は可能なのか。
これを象徴する人物がワタヤノボルである。
しかし『ねじまき鳥』の中でこの「悪」が十分に描ききれたかというと
そうとは思えない。
そしてワタヤノボル、あるいは「悪」との対峙もややしりつぼみの展開となる。
それでも、この作品はそのような欠点を補って余りある魅力を持っている。

これこそが『世界の終わりと』と『ねじまき鳥』を分かつ所である。
『羊』にしろ『世界の終わりと』にしろ、作品の完成度が非常に高かった。
『ねじまき鳥』に感じられるのはそういった完成度ではなく、
もっと荒々しいと言ってもいいようなエネルギーである。
『海辺のカフカ』にしろ、『1Q84』にしろ、完成度という視点では
点が辛くならざるをえない。
逆に考えると、春樹はもう、『世界の終わりと』のような
「完璧」と言ってもいいような作品を書こうという気がないのではないか。
こう言ってもいいかもしれない、
小説を書くにあたって「蛮勇」を発揮しようとしているのだと。

そのキーとなる作品が『ノルウェイの森』なのではないか。






プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR