『ノルウェイの森』再訪2

なお、古い小説ですのでネタバレは一切気にせずいきますので
未読の方はそのつもりで。

「完成度」から「蛮勇」へ、ここの部分を押さえておかないと
『ノルウェイの森』を誤解したままで終わってしまう。

『世界の終わりと』を書き上げた後、村上春樹はヨーロッパへと向かう。
『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』はギリシャとイタリアで書かれた。
と言うとなんだか豪勢なイメージが浮かんでしまうが、
実はこの80年代後半のヨーロッパ滞在はかなりきついものであった。
そこらあたりは『遠い太鼓』を参照してほしい。
(写真が見たい方は単行本で。少ししかないけど。ヴァンゲリスが見られる!)

80年代終わりといえば日本はバブルのど真ん中であった。
そこから背を向け、おまけにわざわざ季節外れのギリシャなんぞに
滞在することにどんな思いがあったのかはさておいて、
とにかく環境を変え、新しいことを始めるのだという意思があったことは
間違いないだろう。

『ノルウェイの森』というのはなんといっても奇妙な作品なのである。
ここには「羊男」も「やみくろ」も出てこない。
リアリズムの作品であるが、それでも「妙」なのである。

なんといってもヒロインが精神を病んでいることが挙げられる。
もちろん恋人が精神を病むという設定の小説はたくさんあるが、
1980年代も後半になってそんなことをするなどいささか安易ではないのか。
そして直子以外にも何人かの登場人物が
「人生のある段階が来ると、ふと思いついたみたいに自らの生命を絶った」
(文庫版下p.120 以下引用は文庫版から)。
これっていくらなんでもあんまりじゃ、って気にもなる。
ちなみに春樹は後にこんなことを言っている。
「主人公を含めて誰が死に、誰が生き残るかはわからないけれど、六人の登場人物のうち三人は殺そうというのも決めていた(笑)」(『夢を見るために』47ページ。1999年のインタビュー)
(笑)じゃねーよ、ほんとにもう、と言いつつ笑ってしまったが。

また小説の冒頭で37歳になったワタナベが回想を始めるのだが、
この作品は必ずしもそのような形を取る必要はない。
後のワタナベが顔を出すのはハツミさんが
後に自殺したことを告げるところくらいのもので、
あの冒頭に必然性があるかと言えば疑わしい。
もちろんワタナベは生き残ること、そしてミドリ、あるいはレイコさんと
結ばれないか、結ばれたとしてもうまくいっていないことが示されているのだが。

深読みをすれば、これは「信用のできない語り手」による物語だということが
暗示されている、ともとれる。
カズオ・イシグロの『日の名残り』のように、語り手の
自己欺瞞と自己正当化の試みなのかもしれない。
だいたいワタナベがあんなモテるなんておかしいじゃないかい!
っと言ってもそれを示す部分はなく、おそらくそのような意図はないと思われる。

でも、である。永沢さんのことをとんでもない人物のように言うが、
永沢さんの言うとおり「俺とワタナベには似ているところがある」(下p.113)
ことは間違いない。
だって直子のことを思ってるのにミドリにヌいてもらうとか、そんなのありかいな。
「ヒーロー」としては風上にも置けない野郎である。

あと今回気がついたのだけど、ワタナベも直子も関西出身なのに
二人きりの時でも関西弁を使わない。
これは関西弁の存在しない世界の物語なのかというとそうではなく、
阿美寮の門番や近くの牧場の女の子は関西弁を使っている。
(「耳遠いから、もっと大きな声で呼ばんと聞こえへんよ」上p.253)
ワタナベや直子に関西弁を使わせるのが嫌なら出身地を変える方法も
あったはずだ。
ちなみに「鼠三部作(というか四部作)」では基本的に全員関西弁を
使わないので(と思うが、誰か使ってたらごめんなさい)気にならない。

そんなこんなで、冗談抜きに挙げていけばきりがないほど
なんだか「妙」なところが満載である。
世の中には『ノルウェイの森』だけ読んで(あるいは途中で放り出して)
村上春樹はいかに下らないかを言う人間が多いが、
それはこの小説があえて「妙」に書かれているということが
分かっていないための反応である。
しばし言われるが、春樹自身が書いたとされる帯文
「100パーセントの恋愛小説」や
単行本の緑と赤のクリスマスカラーがさらに「軽薄さ」を高め、
憎悪する人間を増やした。
春樹の嫌われっぷりは半端でないが、これが『ノルウェイの森』でなく
『世界の終わりと』が大ベストセラーになっていたのだとしたら
状況は少しは違っていたのかもしれない。

なぜ春樹はこのような奇妙な小説を書いたのかといえばそう、
「蛮勇」を身につけるためではなかったのか。
同じくヨーロッパ滞在中に書かれた『ダンス・ダンス・ダンス』は
『ノルウェイの森』とは違った意味でこれまた「妙」な作品である。
これまでもいたスーパーナチュラルなキャラクターが「暴走」を
始めだしたのはこの作品からである。
リアリズムで書かれた『ノルウェイの森』とファンタジックな
『ダンス・ダンス・ダンス』はコインの裏表であるのかもしれない。



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佐藤太郎(仮)

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