『THE HERO  アメリカン・コミック史』

ローレンス・マズロン、マイケル・キャンター著 『THE HERO  アメリカン・コミック史』





1930年代に新聞日曜版の漫画やパルプ雑誌などをベースに誕生してから原著刊行時の2013年までの アメリカン・コミック史。図版も多数収録されており、作家やキャラクターも個別に掘り下げられてもいる。また60年代のテレビ版バットマンや70年代の映画版スーパーマン、そしてマーベルがテクノロジーの進化もあってサム・ライミ版スパイダーマンによってそれまでの遅れを取り返す以上の結果を残したことなど、映像化された作品についても豊富に言及がなされている。


アメコミ史において必ずといっていいほど強調されるのが、スーパーマンの作者二人、ジェリー・シーゲルとジョー・シャスターがユダヤ系であったことだろうし、本書も例外ではない。このことが強調されるのは、アメコミが社会情勢と宿命的に無縁ではいられないことを表すためである。そして本書も、様々な文化的影響の文脈のみならず、社会情勢との絡み合いもまた重視して論じられている。

アメコミと社会情勢との関係で最もわかりやすいのが、第二次大戦をめぐってであろう。単に「愛国」的になることのみならず、ナチスとの戦いはとりわけユダヤ系の人々にとってはセンシティブかつ重大な関心を寄せざるを得ないものとなる。一方で、「1950年代半ば以降のキャプテン・アメリカは、共産主義者相手に説得力のない掴み合いを演じて迷走し」たこともまた興味深い。時はマッカーシズムの全盛であったが、まったく人気を集められなかったのはどういうことか。これは単に作品の質的な問題なのか(実戦を経験した元兵士たちにとってはあまりに浮世離れしていた)、それともそれ以外の要素も絡んでいたのだろうか。50年代になぜキャプテン・アメリカの反共の戦いが広く受け入れられなかったのかについてを掘り下げた研究も探せばあるのだろうが。


封印されたキャプテン・アメリカは、ケネディ暗殺を受けて甦ることとなる。「スタン・リーは、服喪中の祖国のために、大志と若さにあふれる、些かの冷笑もなかった国家的シンボルを喪ったこの祖国のために、数週間とたたないうちにキャプテン・アメリカの改訂を開始するのである」。

アメコミ史に疎い僕のような人間はつい、ノーラン版バットマンの元となった、86年に発表されたフランク・ミラーの『バットマン:ダークナイト・リターンズ』でアメコミはより一層深刻な問題に取組むようになったというようにイメージをしてしまう。本書でも触れられている通り、確かにミラー版バットマンもレーガン時代を強く意識したものであることは間違いないのだが、しかしそれ以前に社会情勢との関わりが途切れていたわけではない。




ケネディのイメージに象徴される若き理想主義を体現するアメリカという自画像は、他ならぬケネディ暗殺、そして人種問題やヴェトナム戦争の深刻化を受けて、60年代半ば以降はもう描くことはできなくなった。

ある図版のキャプションにはこうある。「『グリーン・ランタン/グリーン・アロー』第76号。彼らは、年老いた名もなき黒人の問いかけを前に言葉を失うのだが、この人物は、コミックブック有数のイコンとなった」。

1970年に発表されたこの『グリーン・ランタン/グリーン・アロー』第76号は、都会のゲットー上空を飛行するグリーン・ランタンから始まる。殴り合いが行われておりそこに割り込むと、戦っているのは何とグリーン・アロー。彼の相手は「業腹な地主」だった。グリーン・アローは、マッド・サイエンティストなどとの戦いにあけくれるあまり現実世界の眼の前の悪を見失っているとグリーン・ランタンを諭し、二人はアメリカを横断する旅に出る。あたかも、「その旅は、さまざまな意味で1969年の映画「イージー・ライダー」のコミックブック版」であるかのように。二人(とさらに加わるもう一人)は、「スト中の労働者、虐げられたネイティブ・アメリカン、環境汚染の元凶、洗脳された学童、そして似非救世主などの間をへめぐり、不正、偏見、残虐行為などと対決する」。




また73年の『アメイジング・スパイダーマン』では、ピーター・パーカーの恋人グウェンがあまりにあっさりと、無情にも命を落とす。ピーターはM・Jとグウェンの間で揺れ動いていたが、「1973年始めまでに、ピーターを概ねグウェンを選んでいた」。
ところがそのグウェンは、「SWIK!(シュッ)」「SNAP!(ポキリ)」という、「コミック史上、最も悲痛な擬音」によって命を落とす。「彼女は、ストーリーの進行の都合によってその場で殺されてしまう、最初の主要キャラクターとなった」。
当時10歳だったある人物は、あまりのショックに「その日の間、茫然と歩き回った」という。作者のゲリー・コンウェイにとっては、「グウェンの死は1970年代初頭の時代精神の隠喩でもあった――「すべての善良な人々が、正しい行いをなそうとして手ひどい失敗を冒す。そんな時代だった。スパイダーマンは、愛する女性を助けようとして結果的に殺してしまう。(……)世界は安全でも善い場所でもないという意識が生じたが、実のところ、コミックはそれを反映していなかった。現実の世界を写すようになったのは、グウェン・ステイシーの死後だ」」。

このように傷ついて行くアメリカを扱ってもいくが、同時に、『ウォッチメン』でスーパーヒーローそのものを問い直すような作品を発表したアラン・ムーアなどのイギリス勢をも取り込んでいき活力としていくところもまた、現実のアメリカ合衆国という国家との共振であるのかもしれない。




1950年代に、コミックを有害だと主張するフレデリック・ワーサムがバットマンとロビンはホモセクシャルな関係にあると主張し失笑をかった。「とはいえ正直なところ、彼らの冒険を読んだ大人であれば、ほんの束の間であれ概ね心中にこの考えがよぎってしまうのではないだろうか?」。
ワーサムなどはバットマンとロビンの「濃密な関係」に疑念を抱いたが、本書には二人が同じベッドで一夜を明かし、バットマンが冷たいシャワーを浴びてたっぷり朝食を取ろう、とロビンに話しかけている図版が収録されている。作者たちがどこまで意識的であったかはともかくとして、これを見るとワーサムは想像力を異常に発達させたがゆえに描いていないものが見えてしまったのだ、とは言い切れないように思えてしまう。

同性愛をはじめセクシャル・マイノリティについての意識は時代によって大きく変っていくし、コミックもそれを反映することとなる。1992年の『アルファ・フライト』では、エイズに感染した赤ん坊を救おうとするノーススターは、「1940年代の旧態依然としたカナダ人ヒーロー、メイジャー・メイプルリーフ」との諍いに巻き込まれる。メイプルリーフは息子をエイズで失っており、その怒りの矛先をノーススターに向ける。そしてついに、ノーススターは戦いの中で、「私はゲイだ!」と宣言し、「最後の劇的なノーススターのホモセクシャル宣言が新聞の一面で暴露されることになる」。「本作は言うなれば初の、そして今後も変らない、気詰まりな「カム・アウト」となったのである」。
この一件はニューヨーク・タイムズの社説にも取り上げられた。「いつの日か、主流文化はゲイのアメリカ人と若いするだろう。そのときが来ればノーススターの宣言はあるがままに受け入れられ、それまでは社会的変化のゲイ歓迎の度合いを示す指標となるだろう」。

2006年には「どこかしら神秘的なX-フォーサーズのリクターとシャッタースターが、主流コミックにおける初のゲイ・キスで関係を確かめ合ったとき、2人のキャラクターを1991年に送り出した原作者、ロブ・リーフェルドがインターネット上で不快感を表明して評判を損なうことになる」。
これについて『X-ファクター』の脚本家のピーター・デイヴィッドはこう語っている。「同じ反応を示す保護者がいることはわかっている。子供の対面に責任を持つ彼らは、ゲイという性向を知らされると、ありえない、そうであるはずがないと頑なに言い張るのだ」。

そして2012年春、つまりオバマ対ロムニーの大統領選挙の最中に、「『ストニッシング・X-メン』第51号で、ノーススターはカイルに求婚し、2人はセントラル・パークで結婚式を挙げた」。
「進歩的な男でも、受け入れるのはたいへんだよな、おい?」とある登場人物は言ったが、「マーヴェル・ユニヴァースの挙式は、たいていの場合、パーティを台無しにしようとするスーパーヴィランによって邪魔されるものなのである」にもかかわらず、「式自体はメディアの注目を集め、そのうえ驚いたことに、滞りなく進行した」のであった。


セクシャル・マイノリティへの偏見が、その歩みのスピードはともかく、一歩ずつ、着実に解消されていってるようにも映るが、では女性についてはどうだろうか。

ワンダー・ウーマンは得意の投げ縄で犯罪者を縛り上げるが、また犯罪者もしばしばワンダー・ウーマンをロープや鎖でその自由を奪い、打擲を加えている。その読者の一部は「自分のヒロインを探す小さな女の子」かもしれないが、毎回といっていいほどに表れる「鎖に繋がれ、壁に手錠で縛りつけられ、鞭打たれている」描写を楽しみに待っているのは、「子供や10代とは思えない男性」だったのだろう。
スーパーヒーローたちが盾や光線銃を振り回しても読者から抗議はこなかったが、ワンダー・ウーマンの場合は、たとえ防御的な武器であっても彼女が使うと抗議が殺到した。そしてこの状況は、1940年代からどう変化したのだろうか。

1970年代には、ミズ・マーヴェルはアヴェンジャーズの準メンバーにまでなる。しかし彼女は繁殖を目論む宇宙生物のスーパーヴィランによって受胎させられたうえに、その子供までスーパーヴィランになるという陰惨な目に合うが、仲間であるはずのアヴェンジャーズは彼女が「実質的にレイプ被害を受けたことをほぼ認めようとしない」。彼女は彷徨い、ついにはアルコール中毒になり、キャプテン・アメリカによって軍事裁判にかけられそうになり、アヴェンジャーズを去らねばならなくなるのである。

1999年、ゲイル・シモーンというファンが「冷蔵庫の中の女性」というブログをポストする。これは1994年のグリーン・ランタンの、恋人が敵に殺されるのみならず、遺体が切り刻まれて冷蔵庫に押し込まれるというエピソードから取られている。シモーンは「殺され、不具にされ、力を奪われた」スーパーヒロインやスーパーヒーローのガールフレンドの名前を列挙したのであった。

シモーンはその後ついにコミック脚本家となり、DCと長期契約を結び、2003年には全員女性という「バーズ・オブ・プレイ」を発表する。「とはいえ、女性キャラクターへの迫害は以後も続く」。2004年には「アイデンティティ・クライシス」シリーズの中で、やはり女性がレイプされ殺されたのである。
グリーン・ランタン上での事件は、「21世紀をまさに迎えんとする1990年代に、しかも1976年から女性によって牽引されてきたDCを舞台にして、このような「冷蔵庫事件」が起きたことは逆説的」なことだった。

ジェネット・カーンは20代で天才出版人として知られ、76年にワーナー・コミュニケーションからDCに送り込まれ、81年には社長に就任している。カーンがDCに来たとき、35人いたスタッフのうち女性はわずかか2人だったが、退任時には250人中半数が女性となっていた。作家にも女性が増え、若い男性だけを指向していたのが若い女性にも配慮されるようになった。それでもまだ、「男性の読者と作家の空想によってコミック・ブック・ヒーローが左右される因習を感じている」。「〔男性〕アーティストは、そうなりたい男性と一緒にいたい女性とを描くということで、彼らが風船のように膨らんだ胸の女性を描くのはそういう理由からなのだ」。

しかしミズ・マーヴェルのキャリアが再び上向きになってきたのもまた確かなようだ。ミズ・マーヴェルはキャプテン・アメリカに再び真価を証明し、女性脚本家ケリー・スー・デコニックによって『キャプテン・マーヴェル』で活躍の場を得る。「ミズ」は「添え物的キャラクターといった印象を与える」として、デコニックは改称を主張した。「彼女はキャプテン・マーヴェルから力を授かり、その彼は逝ってしまった。彼のマントを手に取る誰かがいるのなら、それはキャロルだ。彼女は彼を知っていたし、尊敬もしており、DNAを分かち合ってもいる。その名にふさわしいのは彼女だ」。
「新装したコミックの副題は、遠い時の彼方へと去ったオリジナル・キャプテン・マーヴェルを意識〔ウィンク〕した「地上最強の人間〔アースズ・マイティエスト・モータル〕」で、それは彼女の過ごした時の流れへのウィンクでもあった。


2001年の同時多発テロには、「生粋のニューヨーカー」であるピーター・パーカー/スパイダーマンは感情的な反応をせざるをえなかった。それは作家たちも同じだったのかもしれない。悪漢〔ヴィラン〕たちまでが、「破片の只中に押し黙って立ち尽くし」、「ドクター・ドゥームに至っては、傷だらけの顔と恐ろしげな装甲マスクから涙が伝い落ちる姿までもが目撃されている」。アメリカの受けた衝撃を表すとともに、危うさも感じさせるものでもあろう。

そして「アルティメット・ユニヴァースの設定下の2012年には、他ならぬピーター・パーカーが死に、マイルズ・モラレスというラティーノと黒人の血を引く10代がその後を継ぐ」。
一方「正規」のマーヴェル・ユニヴァースではパーカーは元気に活躍中でもあり、これはマイノリティの権利の着実な進展を示す出来事なのか、あるいは文化的分断を示すものなのだろうか。


このように、時代との往還を止まることなく続けていくのがアメリカン・コミックであり、またこのような物語群を生み出し続けられるのも、アメリカ合衆国ならではのことでもあるのだろう。


僕はまったくもってアメコミ史には疎いので、詳しい人が本書をどう評価するのかはわからないが、アメリカのアマゾンの評などを見ると、信頼できるものなのだろう。

なお本書はドキュメンタリー、Superheroes: A Never-Ending Battleの姉妹編でもある。こちらは輸入版になるけどDVDでも出ている。


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佐藤太郎(仮)

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