『人類』 『苦悩』

ロバート・アンテルム著 『人類』




モーリス・ブランショの伝記を読んでいたら、ブランショがこの作品に強い影響を受けていたということで手に取ってみた。

アンテルムはレジスタンスに参加していたがゲシュタポに逮捕され、政治犯として収容所に送られた。ブーヘンヴァルト強制収容所、そしてダッハウ強制収容所でのあまりに壮絶な日々を記したのが本書である。

その体験がいかなるものであったのかは、むしろ奇跡的な帰還を果たした後のことに表れているのかもしれない。
アンテルムは内務省情報局で働きながらレジスタンスに参加する。このMNPDG(戦争捕虜救出国民運動)の指導者の一人が後に大統領となるフランソワ・ミッテランであった。ゲシュタポに踏み込まれた際に、間一髪でミッテランとアンテルムの当時の妻であった小説家のマルグリット・デュラスは難を逃れる。デュラスが強制収容所に送られなかったのはミッテランが機転をきかせてくれたおかげだという。

1945年5月、臨時政府の亡命者・捕虜・強制収容所担当副大臣を務めていたミッテランはダッハウに向かい、収容所解放に立ち会った。阿鼻叫喚の地獄絵図におののきながらミッテランが死者と瀕死者が放置されていた立入禁止区域の小屋に入ると、死体置き場の一角から弱々しく「フランソワ……フランソワ……」と呼びかける声がした。ミッテランはあまりの容貌の変化にすぐに誰だか気付くことができず、歯並びを見てようやくこれがアンテルムだとわかったという。アンテルムの体重は逮捕前の80キロから37,8キロにまで落ちていた。アンテルムが瀕死者の小屋に入れられていなければ、チフスの予防注射に衰弱した身体が堪えられずにそのまま死亡していたかもしれない。そしてチフスを恐れたアメリカ兵が監視作業を離れていたために、アンテルムは生存者の小屋に戻ることができたのであった。

ミッテランらはダッハウから約800キロ離れたパリへとアンテルムを戻すことに成功する。夫を待ち焦がれていたはずのデュラスは、帰宅したアンテルムのあまりの凄まじい形相に恐怖にかられ逃げ出し、押入れの暗がりにしまばらくこもってしまったという。

帰還してもすぐに回復したのではない。40度以上の発熱が続き、スプーン一杯の粥を飲み込むことすら難しい状態であった。それでもなんとか、一日に数度ずつ粥を口にしたが、「また同時に、日に六、七回ずつ、「誰も見たことのない」、「人間のものとは思えない」、暗緑色の便をし、これが17日間続いた。

デュラスは小説家の目でアンテルムを観察し、「これ(便)は熱や、やせ衰えた姿、爪のない指、SSから受けた傷跡よりも彼と我々を隔てるものだった」、「その匂いは腐臭や死臭ではなく……むしろ腐植土、枯葉、きわめて厚い下草の匂いである。それはまさしく、我々にはけっして分からない、彼の抜け出てきたあの深い夜を反映する、暗く深い匂いだった」と書いている。


本書の収容所の記述はプリーモ・レーヴィの『アウシュヴィッツは終わらない』と重なるところも多い。レーヴィは自ら命を絶つことになるが、アンテルムは『人類』以外は一切沈黙することを選んだ。いや、選んだというよりもそうせざるを得なかったのだろう。前述の解放以後の出来事は「訳者あとがき」に依ったもので、本文には描かれていない。アンテルムは健康を回復した後に、同じく逮捕されていた妹の死が告げられた。アンテルムは「二四歳か」と繰返した後、二度と妹のことを口にしなかったという。逮捕され収容所に同じように送られながら、自分だけが帰還することができたことが罪悪感として襲い掛かったことは想像にあまりある。

本書のタイトルは『人類』であるが、収容所での出来事はある意味では「人間らしい」のかもしれない。人間以外に、これほど残酷なことをする動物がいようか。そして人間はどのような環境にあろうとも「社会」を作り出していき、生き残るためにはそこに順応しなければならない。悪夢的という表現が生易しく思えるほどの絶望的な日々であるが、アンテルムは最後に、「人類」の奇跡をも記しているかのようだ。

ダッハウにアメリカ軍が到着する。ついに自由がやって来た。

暗闇の中、煙草の火口が浮かびあがる。それがアンテルムのもとに近づいてきたが、彼は無視をする。しかし肘をつつかれ、煙草を吸うように促される。アンテルムは二口吸い、煙草を返した。


――ありがとう。
最初の言葉だった。ぼくは孤独で、彼がいることさえ分からなかった。なぜぼくの方にこの煙草が?
ぼくは彼が誰なのか知らない。穂先はまた彼の口元で赤くなり、離れると、またぼくに近づく。一服。我々、彼とぼくは今やともにいる。同じ煙草を吸っている。彼が聞く。
――フランス人〔フランツオーゼ〕?
ぼくが答える。
――そう〔ヤー〕。
彼が煙草を吸う。もう遅い。部屋には何の音もしない。椅子に座っている者は眠れないが、黙っている。ぼくも聞く。
――ロシア人〔ルスキー〕?
――そう〔ヤー〕。
彼はそっと話す。声は若そうだ。姿は見えない。
――何歳〔ヴィーアルト〕?
――十八歳〔アツハツエーン〕。
彼はrが少し巻き舌だ。彼が煙草を吹かす間は沈黙だ。次いでぼくに煙草を渡すと、また暗闇に消える。ぼくはどこからきたかと聞く。
――セバストポール。
彼は毎回すなおに答えるが、ここ、暗闇では、まるで彼がその生を語っているようだ。
煙草が消えた。彼の姿は見なかった。明日は彼の顔が分からないだろう。彼の身体の影がかがんだ。しばらくすると、隅からは何度かいびきが聞こえてきた。ぼくもかがんだ。姿の見えない彼以外何ものも存在しない。ぼくの手が彼の肩に置かれた。
小声で。
――我々は自由だ〔ヴィア・ジント・フライ〕。
彼は身を起こして、ぼくを見ようとし、ぼくの手を握った。
――そう〔ヤー〕。



46年から47年にかけてこの本を書き、本書は賞も受賞する。しかしアンテルムは若干の例外を除くと、沈黙し続けた。デュラスはこう書いている。「一度この本が書かれ、出版されると、彼は二度とドイツの強制主要所のことを語らなかった。そうしたことを口にしさえしない。絶対に、二度と。絶対に、二度と本の題名さえも」。


アンテルムが帰還した後の様子はデュラスの『苦悩』に詳しくある。未読だったがこれを機に合わせて読んでみた。




1985年に発表されたこの本はちょっと不思議な構成になっている。前半部分はデュラスの日記を収録していて(デュラスは当時書いたものほぼそのままだと主張している)、後半はフィクションとなっている。もちろん関連するテーマが扱われているとはいえ、このような構成をとることの意味というのも考えざるをえなくなる。

とりわけ表題作の「苦悩」は、まさにデュラスの苦悩を描いたものとなっている。1945年4月、すでにパリは解放され、連合国の勝利は時間の問題となっている。しかしゲシュタポに逮捕された夫の消息はつかめない。様々な噂が流れ、今にも帰ってくるのではないかと想像するが、一方でD(ディオニス・マスコロ)との関係も深くなっていく。共産党系のレジスタンスに参加していたDやデュラスは、ド・ゴール派への不信もつのらせていく。

ついにロベルトは帰還するが、すっかり変わり果てた姿で、心身のダメージは筆舌に尽くし難いほどだが、デュラスはこれを冷徹とも思える目で観察し、描写する。
ロベルトの体調がようやく回復に向かいだすと、デュラスは彼に、Dの子どもが欲しいからと離婚を切り出すのであった……


本全体で見ると虚実入り混じった構成になっているため、いったいどこまでが事実でどこからが虚構なのかといぶかりたくもなるのだが、「日記」としてある「苦悩」に関しては事実に基づいたものであるようだ。
現実においては、デュラス、マスコロ、アンテルムの三人は奇妙とも思える関係となっていく。デュラスとアンテルムは離婚し、彼女はマスコロの子を生む(デュラスとアンテルムの間には43年に子供が生まれていたが、生後すぐに亡くなっている)。これでこの三人の関係が終わったのかといえばそうではなく、デュラスとアンテルムは友人でもあり続け、仕事上においても協力関係にあった。またデュラスとマスコロの間に生まれたジャン・マスコロは、映画監督となったデュラスのよき協力者であったそうだ。

このあたりの人間関係というのはなかなか理解し難いものもあるが、『人類』と『苦悩』とは合わせて読むことでより厚みが増してくるだろう。


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佐藤太郎(仮)

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