『11/22/66』

スティーブン・キング著  『11/22/66』




ジェイク・エピングは高校の英語教師。両親の葬儀ですら涙を流さなかったことから、別れた妻から「感情欠損傾向」にあるとなじられたことがあったが、それは違うとジェイクと思っている。母が倒れて容態が厳しいと聞かされたときには涙を流したし、高校卒業資格をとるためにジェイクの授業を受けていたハリー・ダニングの書いた、幼少期のあまりに壮絶な体験についての作文を読んだ時には涙が止まらなかった。どちらもたまたま妻が目にしていなかっただけだ。
 
「アルズ・ダイナー」は、あまりに安いハンバーガーを出すことから、「アルの名物ファットバーガー」が「アルの名物キャットバーガー」と呼ばれるほどだった。同僚や生徒たちはアルの店を「疫病の巣」のごとく避けていたが、ジェイクはアルがくわえ煙草で料理をするこの店の常連だった。

学年末の最後の日、職員室に電話がかかってくる。アルからだったが、声がひどく変で、名乗らなければ当人だとわからないほどだった。会いたいというのでジェイクが店に行くと、痩せこけ、すっかり変わり果てたアルがいた。肺癌だとアルは言った。それにしてもあり得ない、前の日に会ったばかりだ、一夜にしてこんなことになるはずがない。アルは、ジェイクを店の奥の食品庫へと連れて行く。そこで待っていたのはなんと1958年9月19日午前11時58分の世界だった。
アルの店は間もなくLLビーンへと建てかえられることが決まっている。もう時間がない。アルはジェイクに頼む、ジョン・ケネディを救ってくれ、と。


タイムトラベルものは山のように書かれている。これが新作として魅力的なものになるかどうかは、単に時間旅行をするというだけでなく、その細かい設定にかかっているだろう。この作品では、過去は常に58年の同じ日、同じ時間から始まる。どれだけ58年の世界でどれだけ時間が経過しようとも、戻ると2分たっただけである。そして一度現在に戻ってきて、再度過去を訪れると全てがリセットされている。『恋はデジャ・ヴ』や『ミッション:8ミニッツ』などでも繰り返しという設定が使われているが、本作では肉体は年をとることになっている。つまり向こうで4年間過ごしてもこちらでは2分しかたっていないが、帰ってきてリセットされても肉体は4年分年をとったままなのである。

過去に起こった事件を阻止しようとすれば、タイムパラドックスが生じてしまうことは避けられない。タイムトラベルものは必然的にタイムパラドックスものでもあるし、本作も例外ではない。また過去に行って事件を阻止するといっても、それは簡単なことなのだろうか。「犯人」は本当に犯人なのか、といった『マイノリティ・リポート』的葛藤も生まれる。

こういった点などをふまえても、本作は正統的なタイムトラベルものだとしていいだろう。しかし、本作は何よりも、キングのヒューマニストとしての面が出た小説になっている。本作にも「キングらしい」不穏さもあるが、またヒューマニストというのもキングの特徴の一つでもあろう。


多くのアメリカ人、あるいはアメリカ合衆国に好感を持っていた人にとっては、ケネディ暗殺はアメリカのイノセンスの終わりを告げるものであった。しかし「イノセンスの終わり」を感じることと、実際にそれ以前がイノセンスであったのかは別である。

1958年の人々は礼儀正しくとても感じが良い。食べ物は工業製品化されておらず、その本来の味をとどめている。一方で環境規制が緩いことから大気汚染は激しく、何よりも人種差別が当然のことのごとくはびこっている。
キングはある種のノスタルジーをこめつつも、決して過去を美化してはおらず、その負の側面もきちんと見据えている。過去は現在よりも劣っていて人類は着実に進歩を続けている、とは残念ながら言い切ることはできない。しかしだからといって、過去こそが素晴らしく、あの頃に回帰すればすべてが丸く収まるということでもない。

アルがケネディ暗殺の阻止に執着したのは、アメリカのイノセンスをもう一度信じたかったからだろう。そしてジェイクがその後を継ぐのは、彼の中のイノセンスを再発見したいからでもあろう。しかし、イノセンスをとり戻そうとする願望は歪んだものであり、復讐の牙を向けられることともなる。しかし本当にそれは不可能な試みなのだろうか。完璧な奇跡は不可能であっても、ささやかな奇跡の可能性は、どこかで待っているのかもしれないではない。


キングの小説を読むのは結構久しぶりだったけど、やっぱりなんといっても面白い。キングファンにも目配せがあったりしてもちろん楽しめるし、キングの作品になじみのない人にも楽しめる優れた万人向けのエンターテイメントにもなっている。


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佐藤太郎(仮)

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