『サリンジャーと過ごした日々』

ジョアンナ・ラコフ著 『サリンジャーと過ごした日々』




右も左も分からずに出版エージェンシーに就職すると、そこはなんとあのサリンジャーと契約しているエージェンシーだった。上司からは「ジェリーと話せるかもしれないだなんて期待しないで」と言われていたが、ある日仕事中にかかってきた電話に出ると……。

しかしサリンジャーにのみ興味があって本書を読むと少々肩透かしをくらうかもしれない。もちろんサリンジャーにまつわるエピソードは多いし、とりわけ『ハプワース』を突如出版したいと言い始め、その後の顛末などはなかなか面白い。しかし本書はあくまで、ラコフの回想録であり、主役は彼女なのである。


イギリスの大学院で詩を学んでいたが、修士課程を終えると博士課程には進まずにアメリカに帰国した。詩を書きたかったが貯えがあるわけでもなく、仕事を探し始めると出版エージェンシーを紹介される。アシスタントとして採用されるが、ボスはとっつきにくく、社風は独特(あるいは時代から取り残されたかのよう)で、90年代半ばにも関わらずコンピューターがないというだけでなく、未だにタイプライターにディクタフォン(!)を使っている始末だった。

社会主義者を自認し威勢はいいがカネはない恋人との同棲生活、薄給であることを知ってか知らずか就職したのだからと学生ローンの支払いを自分でするようにと求めてくる両親、個性的な同僚たち、そしてついにあのサリンジャーが姿を現す。こういった人たちに囲まれ仕事をこなしていく中で、ラコフはサリンジャーのファンレターに対して決められた定型文を送り返すだけではなく、自分の言葉で返信することに喜びを感じるようになっていく。


サリンジャーには毎日膨大な量のファンレターが世界中から送られきて、それがエージェンシーへと回されてくるのだが、「なかでも日本人はホールデンが大好きだった」とのこと。日本でもラコフからの返信を受け取った人もいたのかもしれない。「いかにも」なサリンジャーファンも多いのだが、また退役軍人からの手紙も多かったという。こちらにも書いたようにサリンジャーは壮絶な戦争体験をしており、そのことは明らかに作品に刻印されているものの、具体的な出来事について結局作品化することはなかった。
日本ではどうしても「青春のバイブル」的な読まれ方が中心となってしまったが、サリンジャーといえばやはり野崎孝訳という人も多いだろうが、その野崎も中国戦線に送られている。また近年サリンジャーの新訳も行っている村上春樹の父親も徴兵され中国に送られ、おそらくは凄惨な光景を目にしたのだろうが、具体的に語ることはなかった。90年代に日本からサリンジャーにファンレターを書いていた人の中で、サリンジャーと戦争について意識していた人はどれくらいいたのだろうか。


と、どうしてもサリンジャーやその受け止められ方といったものに注意がいってしまうのだが、全体としては感覚的に『プラダを着た悪魔』に近いのではないだろうか(といっても原作は未読で映画しか見ていないのだが)。若者が社会にもまれる中で自分を見いだしていくという点では、正統派の青春物語になっている。





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