『ストーナー』

ジョン・ウィリアムズ著 『ストーナー』




この小説は1965年に発表され、批評家筋からは高い評価を得るが一般的にはほぼ無名であり、「一部の愛好家」に「細々と読み継がれていたが、やがて著者がこの世を去ると、その存在はほぼ忘れられてしまっ」ていた。

2006年の再刊されると、フランスの人気作家アンナア・ガヴァルダがこの作品の翻訳を熱望し仏訳が刊行されるなどまずヨーロッパで注目され、逆輸入のような形でアメリカでの人気にも火がついた。

これに貢献した一人がイアン・マキューアンで、ラジオで本書を絶賛すると、その数日後にアマゾンでは4時間で千部以上を売り上げるほどだったという(マキューアンが『ストーナー』について語っているインタビューはこちら)。
本作を読んでみると、確かにマキューアンが好んだのもなるほどと思わせるほど、マキューアンっぽい(出版順から考えるとこういう言い方は変だが)作品であった。しかし、もしマキューアンがこのような作品を手がけたなら、おそらくはもっと辛辣なユーモアを埋め込み、手の込んだ仕掛けを施したのではないだろうか。『ストーナー』は極めて直接的な作品であり、また押さえた筆致であるが、このことがかえって現在では新鮮に映るということもあるかもしれない。


主人公ウィリアム・ストーナーは1910年にミズーリ大学に入学し、第一次大戦末期に博士号を取り母校の専任講師の職に就き、1956年に死ぬまで教鞭を取り続け、助教授より上の地位に昇ることがなかったことが冒頭で語られる。

このように、あえてこの作品をジャンル分けするならばキャンパス・ノヴェルということになるだろう。
ジョン・バースやデヴィッド・ロッジ、筒井康隆などの大学やアカデミズムを舞台にした作品に典型的なように、キャンパス・ノヴェルはしばしば大学や教員、知識人を戯画化し、自嘲気味に描くことが多い。

ストーナーの生涯にドラマが一切ないわけではない。貧しい農家の息子として生まれ、ひょんなことから大学に進み農業を学び始めるが、英文学に魅了され専攻を変える。第一次世界大戦、失敗した結婚、教え子との情事、大学内での暗闘と、いくつもの劇的に転化しうる経験を重ねているが、作者はあくまで静かにストーナーを描き続ける。浮世離れした滑稽な存在として突き放すのでもなく、聖なる愚者のように聖人化するのでもなく、また文学に魅入られた者の理想の姿としてストーナーを描きだすのでもない。

スートーナの数少ない親友となるマスターズは自分のことを、「世に出るには頭がよすぎるし、言いたいことを胸にしまっておけないたち」とし、「この病気には治療法がない」のだから、「無責任でいられる場所に、誰にも迷惑をかけない場所に閉じこもる必要がある」と評する。「大学はおれたちのために、世間を追われた者たちのために存在」しているのである。
「だが、それでも、外のぬかるみにいる連中、世間で冷遇されている連中に比べれば、ずっとましだろう。おれたちは人に害を及ぼさず、言いたいことを言い、それで報酬を得ている」。

まさに象牙の塔の住人といった発言であろう。この発言を思うとあまりに皮肉なマスターズのその後の運命であるが、しかしすでに述べたように、この作品は象牙の塔の住人が現実に復讐されるといったタイプの作品ではない。残された親友たち、そしてかつての記憶、こういったものが切なくも、抗いようもなく人生に刻まれていく。

ストーナーの人生は運命という逆らえない奔流に流され続けた結果のようでもあり、また自らの力で勝ち取った、あるいは自らの選択のミスによって陥ったものの集積のようにも思える。
極端にいえば、あらゆる人の人生がそうだといえるだろう。なぜ自分がこんな人生を送ってしまったのか。もっと違うものが――それがいい方向であれ、悪い方向であれ――あったはずだ。しかし一度この流れに入り込めば、もう戻ることはできない。人生の最後に待っているのは何だろうか。後悔か、諦念か、あるいは美しい記憶だろうか。

大学を舞台にした学者の半生を描いた作品でありながら、これを戯画化するのでも称えるのでもなく、その結果として多くの人に強い共感を呼ぶのは、ストーナーの静かな人生が自分の人生のもう一つの可能性であるように思えるからなのかもしれない。

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佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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