『アフガン帰還兵の証言』

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ著 『アフガン帰還兵の証言  封印された真実』




アレクシエーヴィッチは前作『戦争は女の顔をしていない』で戦争体験にどっぷりつかったため、「戦争のことはもう二度と書くまい」と決めていた。しかしアフガニスタン戦争が始まって七年目のある日、精神を病んだ帰還兵の姿を目にする。当時ソ連では、「国際主義的な義務」「地政学的には」「大国である我が国の国益」といった言葉が喧伝されるのみで、戦死者や戦争の真実について語られることはなかった。「もう戦争のことは書きたくない」という気持ちは強かったものの、アレクシエーヴィッチはアフガンに取材に出かけ、帰還兵やその家族などから丹念に証言を集め始める。


本書で語られるアフガニスタン戦争の姿を読むと、まず襲われるのは既視感である。

十歳の子どもがナイフを突きつけてくるかもしれないので、怪しい者は子どもだろうが構わずに殺す。怪しげなキャラバンが近づいてきたので攻撃し全滅させたが、それは食料品を運んでいるだけだった。一人のソ連兵士が殺されると報復に集落全体を殲滅する。
帰国した後も戦争からは逃れられない。フラッシュバックに襲われただ涙を流し続ける者、人を殺したいという衝動にかられ続ける者、そして自ら命を絶つ者。

これらの戦場や帰還兵の様子は、アメリカにおけるヴェトナム帰還兵の姿とそのまま重なる。
この二つの戦争はよく似たものであることもその一因となっているのだろう。「大国」の兵士たちが不慣れなゲリラ戦に引きずり込まれ、大儀も出口も見えないまま戦争は泥沼化していく。帰国しても、「汚い戦争」の帰還兵という白眼視や、日常とのあまりのギャップに適応できずにPTSDは悪化していく。

しかし、似ているのはこの二つの戦争だけなのだろうか。つまり、戦争というのはいかなるものであろうと、兵士たちにこのような影響を与えるものなのではないだろうか。

ソ連は十年遅れでヴェトナム戦争をなぞったかのようだ。同時に、感謝されるものだと思ってアフガニスタン行くと地元の子どもたちから文字通りに石つぶてを投げつけられる、あるいは「尋問」の名のもとに性器に導線を巻いて電流を流すというグロテスクな拷問などは、この十数年後にアメリカが起こすイラク戦争を予言しているかのようだ(解説の澤地久枝によると、この「電話」と呼ばれる拷問はアルジェリア戦争でフランス軍が行ったものと全く同じだという)。

ヴェトナム戦争で比較的自由な取材を許した結果反戦の世論が盛り上がった経験から、アメリカ軍は湾岸戦争ではメディアをいかにコントロールするかに腐心した。そして「ニンテンドー・ウォー」と呼ばれたように、前線の凄惨な光景を隠蔽することで「きれいな戦争」であるかのような印象を与えることに成功した。しかし無論のことながら、湾岸戦争の帰還兵の多くもやはりPTSDに苦しみ、自殺率は高い水準にあるとされている。

本書刊行後の94年に始まり断続的に繰り広げられているチェチェン紛争もその凄惨さでは悪名高く、兵士たちはやはり後遺症に苦しめられていることだろう。第一次大戦での「シェル・ショック」に代表されるように、PTSDはなにも現代になって初めて生まれたのではない。だからこそ戦争の真の姿を隠蔽したいとする欲望は強く、それだけに、戦争の真の姿というものを直視しなければならない。本書で集められた証言の数々は、まさに戦争というものの本質的な姿を暴き立てているといえるだろうし、この陰鬱な証言に、常に耳を傾けねばならないのである。

本書の一部はソ連がアフガニスタンから撤退したわずか一年後に新聞に発表された。ペレストロイカによって可能になったことだが、このような証言に慣れていなかった人びとからは強烈な反発も生じた。本書には著者に対して山のように寄せられた抗議の電話や手紙も収録されている。また著者自身もプライバシーの扱いには少々不用意な点もあったようで、名誉毀損などで訴訟を起こされ、その一部が認められているそうだ。


本書を読んだのはかなり前で、感想は書きかけのまま放置していたのだけれどアレクシエーヴィッチがノーベル文学賞受賞ということで。
つい直視を避けたいと思ってしまうものの耳を傾けなければならないテーマに、文字通りにに耳を傾けるという手法で挑んでいるのがアレクシエーヴィッチという作家であろう。アレクシエーヴィッチの著作は「読み易い」という表現はその内容から躊躇われるが、難解で読者の理解に困難が生じるといった作風ではない。またテーマとしては本書のように戦争やチェルノブイリ事故のその後を扱った『チェルノブイリの祈り』など、とりわけ近年の日本にとってアクチュアリティが増しているものが多いので、これを機に日本でも広く読まれて欲しい。

アレクシエーヴィッチは『ノーベル文学賞にもっとも近い作家たち』でも取り上げられてる。国際的にどう評価されているかは知らなかったもので、これを読んで「へえ、ノーベル文学賞候補なんだ」と思ってしまっていたのだが、今回受賞となりました。


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佐藤太郎(仮)

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