『ラオスにいったい何があるというんですか?』

村上春樹著 『ラオスにいったい何があるというんですか?』




『東京するめクラブ』はやや変則的なものだったし、村上春樹の旅行記も久しぶりだなあと思ったのだが、「あとがき」に80年代から2000年代にかけて紀行文や海外滞在記を「わりに続けて出していたので、「うーん、旅行記はしばらくはもういいか」みたいな感じ」になっていたのだそうだ。それでも頼まれて雑誌に書いているうちに一冊分となってようやく刊行となった。

さすがに『雨天・炎天』の頃のようなハードな旅はしていないし、多くが「日本航空が主にファーストクラス向けに出している「アゴラ」という機内誌に連載」されたものだけに、割とラグジュアリーというか、そういったものが多くなっている。基本的には肩のこらない、気楽に読める旅行記となっている。


村上はルイ・セローの『ヘンテコピープルUSA』の解説を書いていて、そこでオレゴン州ポートランドのパウエル書店について触れているが、何しにオレゴンまで行ったのかというと、オレゴン州とメイン州の東西両海岸のポートランドは近年質の高いレストランが数多くあることで食通の注目を浴びており、その取材であった。オレゴン州の方のポートランドでは村上と仲の良いポール・セローからレストランを紹介されているが、ここでポールの息子の本も購入することになったのであった。

なぜ二つのポートランドが食の街になっているのだろうか。オレゴン州ポートランドの郊外にはナイキの本社があり、またハイテク産業も数多くあるという。こうして近年「高度の専門教育を受け、収入に余裕のある、若い意識の高い人々が、この地域に好んで移り住むようにな」り、「ポートランドは毎年「若い世代の人々が暮らしたい都市」リストの上位に食い込んでいる」のだそうだ。メイン州の方はかつてはボストンの富裕層の避暑地といった感じだったが、生活費の安さや安全さが若い世代、とりわけ子育てをする人に好まれるようになった。両都市とも海産物をはじめ新鮮な食材はたんとあるので、裕福な若い層が流入したことでレストランも発展していったようだ。

これだけきくと「けっ!」と思わないことはないのだが、オレゴン州の方は地元の人によると、「人口あたりレストランの数がいちばん多い街」であると共に、「また人口あたりいちばん読書量が多くて、それから大きな声では言えないけど、教会に通う人がいちばん少ない街なんです。ははは」ということなのだそうだ。こういう知的な街だからこそパウエル書店をはじめ「個性的な書店と、中古レコード店が揃っている」のだろう。またメイン州のほうも頑固にLPしか扱わない中古レコード屋や、オールドスタイルというか、偏屈な職人タイプの優れた家具屋がしっかりと残っていたりする。

日本でも若い富裕層が流入する地区というのはあるけれど、たいてい東京を中心に大都市近郊であるし、こういった文化的雰囲気や昔から地域に根ざしていた産業と融合するということはあまりないような気がするし、そもそも街が個性を持つということ自体があまりないので、なんだかんだでやっぱりうらやましくもあるような。


長年の村上春樹ファンにとっては『遠い太鼓』で描かれたギリシャの島の再訪記にまず目がいく。
ヴァンゲリスは残念ながら亡くなってしまっていたけど、「ミコノスはなんといってもミコノスだった」。とはいえ約30年前と比べると観光地としてアップデートはされているのだが、この取材の直後にギリシャ危機が起こることを知ってこれを読むと、むしろ不吉な兆候のようにも感じられてしまう。ここに登場する気のいいギリシャ人たちは、今どのように暮らしているのだろう。

フィンランドではカウリスマキ兄弟が経営するバーに行っている。「暗くけばいもろ60年代風の内装から、ジュークボックスの表に貼られた偏執的な選曲リストから、すべてが見事なまでにカウリスマキ趣味で成り立っている」。こうとあれば是が非でも行かなくては!と思うのだが、「聞いた話によれば、このバーの基本的営業方針は「冷たいサービスと、温かいビール」ということ」で、村上もこの洗礼を浴びることになる。話をきくぶんには面白いが、実際に日本からヘルシンキに行ってこの仕打ちだとちょっとつらいか。

ニューヨークのジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」はまさにジャズ・クラブという感じで、キッシンジャーが来店した際のオーナーのロレイン・ゴードンの態度もかっこいい。彼女はalive at the village vanguardという回想を出しているそうだが、これも面白そう。


本書で最も魅力的な章が、冒頭に置かれた「チャールズ河畔の小径」だろう。ボストン近郊で走ることの素晴らしさ、ボストン・マラソンがなぜ特別なのかを綴ったこの文章は本書の中では唯一90年代に書かれたものだが、やや毛並みの異なるこれをあえてここに収録したのはテロ事件のあったボストン・マラソンへのオードとしてなのだろう。


僕は旅行記の類を読むのは割りに好きなのだけれど、そのくせ(あるいはこういった人間には多いのかもしれないが)超のつく出不精なもので、アイスランドに行ってパフィンを愛でて温泉にでもつかってオーロラ見てピザ食べたいとも思うものの(なぜアイスランドにはそんなにピザ屋が多いのか、世界はやはり謎に満ちている)、まず実行することはないだろう。だけど熊本に行って橙書店の看板猫、しらたまくんになら会いに行けるかも。漱石夫人鏡子が入水自殺を試みた川も見てみたいし(ってそこかい!)。



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佐藤太郎(仮)

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