『1968 パリに吹いた「東風」  フランス知識人と文化革命』

リチャード・ウォーリン著 『1968 パリに吹いた「東風」  フランス知識人と文化革命』




表紙にはゴダールの『中国女』(1967)のスチール写真が使われている。現在『中国女』を見ると、赤と青の原色の使い方がなによりも印象的であり、ゴダールの色彩感覚が天才であることを改めて確認できる。一方でメインプロットともいえる暗殺劇が後景に退いているかのような奇妙な(ある意味ではゴダールらしい)作品でもある。当時のゴダールの心境はともかくとして、必ずしもマオイストを礼賛したもののようには思えない、いささかシニカルな視線を感じさせなくもない。これは時代の変化がそう思わせているのかもしれないが、本書にはシチュアシオニストがゴダールを「純然たるコミットメントを表明するというよりは、革命的な観念やテーマを弄んでいるだけだ」とみなしていたことに触れられていることを考えると、当時からそういった見方もあったのかもしれない。

本書のエピグラフに使われているのは毛沢東の有名な言葉である。
「世界には二つの風が吹いている。/東からの風と西からの風である。/中国のことわざによれば、東風がにし風を圧しなければ、すなわち西風が東風を圧するのだ。/目下形勢は、東風が西風を圧していると見える」。

60年代後半以降ゴダールはさらに極左化し、「ゴダール」という名を捨てて商業映画から離れることになり、69年に撮られる『東風』はジガ・ヴェルトフ集団名義となっている。

YMOの『中国女』や『東風』はいずれも78年発表である。ちなみにこれはちょうど僕の生まれた年で、当然ながらこれらに触れたのはずっと後のことだが、そういう世代からするとゴダールの『中国女』、『東風』とYMOのそれとがわずか十年ほどしか間を空けていないことには驚かされる。人民服をまとい「イエロー」と東洋人があえてオリエンタリズムを強調することはこの時、資本主義的マーケット戦略と合致していたのである。裏を返すと、そのわずか10年ほど前、1970年前後に西側で吹き荒れたマオイズムのブームは、それだけ真剣さを欠いたものだったのではないか、そんな思いが僕の中にはあり続けていた。


本書はマオイズムがなぜあれほど隆盛したのか、そしてその顛末と遺産とをフランスを中心に論じている。
「1968年」を特別な年であると考えるのは世界の多くの国で見られる。世界的に、同時多発的に学生や若者を中心とした反乱が起こったためである。このように広範な地域で似たような現象が起きたからには、共通点を探るのは当然のことであろう。

小熊英二の『1968年』あたりも合わせて考えると、とりあえずはこういったあたりにまとめることができようか。
日本を含む西側諸国では第二次大戦後しばらくして経済情勢は安定化し、失業や貧困の不安は小さくなっていったが、それと反比例して「人間らしさ」を失ったのではないかという疎外の感覚が広がり始める。また少数の「エリート」であることに自負と罪悪感とを合わせて抱いていた大学生であるが、その大学は大衆化していく。「エリート」ゆえの使命感は残る一方で、「エリート」にふさわしい地位が最早保証されず、安定はしていようとも「退屈」な生活が続いていくのではないかという不安も芽生えていく。

ウォーリンはこういった共通性にも触れながら、アルジェリア戦争の深刻化、ドゴール体制、政治的アヴァンギャルドと文化的アヴァンギャルドの結合などフランス独自の事情について論じ、さらに構造主義の流行によって過去の人となったかに思われたサルトルの復活、サルトルを葬るのに大きな役割を果たしたかに思われたフーコー、あるいはマオイストの学生だったバディウの姿、そしてマオイズムのブームに出遅れた「テル・ケル」派の変転などを論じていく。


当時を知らない人間が最も奇妙に思えるのは、極左化していくのはまだわかるにしても、なぜマオイズムであったのかということだろう。結論からいえば、マオイストの多くは現実の中国や実際に起こっていた文化大革命を見ていたのではなく、ユートピアを仮定するために中国という表象を使ったにすぎない。フランスのマオイストの多くが当時の中国の実態を知らないばかりか、中国語もほとんどできない有様だった(『デリダ伝』を読むと、「テル・ケル」とは当時密接な関係にあったデリダだが、中国の専門家の友人がいたおかげもあって当時の中国の実態をある程度知っていたようで、マオイズムとは距離を取り続けた)。

こういった事情を知ると当時のマオイストについては冷ややかにならざるをえないし、ウォーリンもマオイストを礼賛しているのではない。しかしウォーリンは同時に、ここから生じた遺産の価値を積極的に評価もしている。フランスの元マオイストたちの多くが、結局は人権をはじめとする普遍的価値観の擁護へと回帰していった。ドイツやイタリア、日本の極左がテロリズムの頚木からなかなか解き放たれなかったのに対し、フランスには共和主義の伝統があった。旧枢軸国で暴力が過激化していったのは偶然ではなく、これらの国は遅れてきた近代国家であり、封建制の残存度も高かっため、その結果として不正義を正すには暴力に頼るのもやむをえないという考えが広まりやすかったともできるだろう。

フェミニズムやゲイ解放運動に(元)マオイストの果たした役割は小さくなく、また「国境なき医師団」をはじめとする国際的NGOや、フランス国内においても「住宅への権利運動(DAL)」「反失業共同行動(AC!)」といった組織が誕生し、失業者や貧困に苦しむ人たちとの連帯をかかげていく。

93年の「マーストリヒト条約が狭い意味での金融連合を重視し無批判に経済自由主義を擁護したことに反対して、AC!の活動家は、健康、住宅、最低所得、教育、文化など社会的権利のより強い法的保障が欧州レベルで得られることを目指した」。そしてついにAC!は当時のジョスパン首相から官邸に招かれ、失業対策で重要な譲歩を引き出すことになる。

「新しい「社会良心の政治」に結びつく集団が用いた議会外闘争の手法は、もとはといえば5月蜂起に始まった。こうして、一九九〇年に結実した新しい社会の市民権という観念は、5月の運動の、その特徴を決定するような政治的遺産のひとつだった」。

このようにウォーリンは、「68年」を象徴する出来事である5月革命を、当時の限界も指摘しつつも、その後のフランス社会にもたらした変化を肯定的に評価している。


という結論に達する本書を読み終えると、いくつか複雑な思いにならざるをえなかった。
まずフランスの現状を考えると、これほど楽観的であっていいのだろうかという気がしてしまう。しかしこれについては、あえて肯定的な面を強く押し出したとできるだろう。原著の刊行は2010年のことだが、本書の中でも触れられているように、サルコジは5月革命こそが権威や尊敬や規律を失わせたのだと強く批判していた。ウォーリンの出身のアメリカでも右派政治家が60年代が人びとを堕落させモラルを失わせたのだと主張している。このような動きへの反論として意識的に68年の遺産の明るい面を打ち出したのだろう。

一方で冒頭に触れたように、あの時代を知らない人間にとってはマオイズムの隆盛と、文化大革命の実態が判明したことなどを受けての急速な沈静化にはやはり異様なことと映ってしまう。日本でもその他の国でも、「68年」を特別な年だと肯定的に強調する当事者を見ると、居直りという印象も持ってしまう。僕自身はどちらかといえば60年代的な理想主義にシンパシーを持っている方だと思うし、もし自分が68年に20歳でパリにいたらバリバリのマオイストになっていたのではないかとすら思う。それだけにマオイズムにかぶれた、あるいは極左化したこと自体を一方的に断罪しようとは思わない。しかし自己正当化に務めることによって負の遺産から目をそらそうとしているように映ってしまう人もおり、そういう人を見るとある程度のシンパシーを持っているだけにむしろ腹立たしさもつのってしまうのである。


本書においてもっとも醜悪な印象を与えるのが「テル・ケル」派であろう。雑誌「テル・ケル」に集った、フィリップ・ソレルスとジュリア・クリステヴァと中心とする一派は5月革命の流れに乗り損ねた。一方で当時のマオイストの多くが中国語を解さなかったが、「テル・ケル」派は不十分ながら中国語を学び、北京と直接つながることで巻き返しを図る。文化大革命の実態がようやく認識されるようになってきた74年には中国を旅行し、中国政府によるプロパガンダに無批判に加担する。しかし76年に毛沢東が死去し4人組が逮捕され文化大革命が終了すると、77年には「テル・ケル」は「アメリカ特集」を組み一転してアメリカ礼賛を始める。

以前に『「テル・ケル」は何をしたか』の感想をこちらに書いたが、もともと僕は「テル・ケル」派にあまり好感を持っておらず、ウォーリンもとりわけクリステヴァについて批判的に書いているためもあろうが、このあたりを読むとやはり「68年」を礼賛することには躊躇せざるをえないという気になってしまう。

もちろん「テル・ケル」一派はかなり極端な例であるし、ウォーリンも代表格のように扱っているわけではない。「68年」の遺産として、現実政治を革命的に変化させたわけではないかもしれないが、社会的、経済的弱者との連帯という政治に新たな可能性を示したとも思うし、日本でも「68年」の運動の闘士で、マイノリティや水俣病をはじめとする公害被害者などとの連帯に真摯に取組んでいる人がいることも知ってはいるのだが、YMOを久しぶりに聴きながらこの文章を書いていて、なんともいえない思いもわいてくるのも正直なところでもあった。





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