『花々と星々と』、『ある歴史の娘』

『犬養道子自選集2』には自伝的回想である『花々と星々と』と『ある歴史の娘』からの抜粋、そして「「敗戦五十年」そしてこれから」が収録されている。




犬養道子といえば現在では『旧約聖書物語』、『新約聖書物語』が一番有名だろうか。聖書に興味があるがどれから読んだらいいかわからないという人には、今でもいい入門書だろう。そして道子は5・15事件で暗殺された犬養毅の孫でもある(5・15事件の生々しい証言も収録されている)。

この回想で、幼少期についてや、祖父毅、作家であり政治家となった父健の記憶にたっぷりと触れられており、いかに人格形成がなされたのかがよく窺い知れるものとなっている。そして数々の思い出を読むと、道子の「保守」の良識と特権階級の限界もよくわかるようになっている。

道子はファナティシズムに染まった軍人を憎み、その周囲にたかる財閥なども嫌悪している。中国との戦争は紛れも無い侵略であり、また日本のおかげで東南アジア諸国が独立できたという主張を一笑に付している。一方で、当時の政治家や一部の良識的軍人までもすべてを十把一絡げに断罪する「左翼」の歴史家(と道子には映っている)への反発も隠さない。

近衛文麿が対中戦争を拡大させ、泥沼化させたことは否定しようがないだろう。道子のような歴史観であれば当然強く批判されるべき政治家だが、かなり点が甘い。近衛は父の友人であり、また道子自身も個人的に親しかった。道子が通った当時の学習院がいかに特別な場であったのかについてたびたび触れられている。この学習院つながりで、道子は近衛のみならず木戸幸一一家や原田熊雄といった戦前・戦中の政治のキーパーソンとも面識があるどころか、気安く口をきける立場にあった。近衛やその他の政治家への甘い評価は個人的な人間関係と切り離せないであろう。

結局このような特権階級の政治関係者が軍部の独走を防げなかったどころか、とりわけ近衛などはむしろ棹差したのであるが、それへの批判的視線は弱い。
また犬養毅は頭山満ともつながりがあった。5・15事件の後数年間、道子は頭山に目をかけられ、健から「深入りするなよ」と心配されるほどであったが、実は頭山は5・15事件について事前に知っていたということを道子は祖母から知らされる。祖母は「恨みつらみの調子は微塵もなく、彼女は右翼仁義についてひとごとのように語った」。また汪兆銘工作に健が深く関わることになるのはこの人脈ゆえであったろう。このように犬養家の人々も頭山ら右翼の「亜細亜主義」に連なる位置にいたのだが、そのあたりの欺瞞性への批判的視線も同様に弱い。

しかしそうであるだけに、そんな犬養家の人々が後に「お国のための軍人にやられた非国民の犬養家のモン」と白眼視されていくことになることは、時代の異常な空気を表してもいるとすることもできるだろう。2・26事件の後には、結婚式のためちょっとおしゃれをして電車に乗ると、母の着物のたもとがひきちぎられたこともあった。
「陛下の軍人がよくぞ殺ってくれた」「非国民!」の声が響く中、道子は5・15事件の際「とくに死去ののち陛下は「非国民の家族」に実にねんごろであった」のにと思い、「陛下」も「お国」も「みんながみんな、自己製我流に使って「まかり通らせる一語」なのだ」と悟るのであった。


犬養健が白樺派に近い作家でもあったことから、様々な文学者ともつながりがあった。
『花々と星々と』にはこんなエピソードがある。犬養家には「陰惨さと恐ろしさと憂鬱しか感じさせない客人もたまに来た。その人は蒼白い顔をして、トンビと呼ばれる黒いマントを羽織って、ガラリと戸を開けると黙って玄関に立った。彼は決して笑わなかった。来るのはいつも夕方であったから、黒色を帯びた紅の西の空を背景に、さながら死の死者のごとくであった」。

道子はある日、「電灯のともらぬ玄関口でその人とぶつかって、恐怖にために息を呑んだ」ことがあった。明るく人好きのする母であったが、「芥川さんて」、「気味が悪いね、道ちゃん」と言っていた。この人物とは、もちろん芥川龍之介のことである。

ある朝母が、「あたしゆうべ、変な夢みたのよ」と言った。夢の中で、芥川が玄関の格子を半分だけ開き、雑誌「改造」で顔を半分隠して、「健さんはいますか」と言うので、「るすよ芥川さん」と返事をした。芥川は「健さんによろしく、ぼくは遠いところに旅に……」と、ここまで言うと健が悲鳴に似た声で「やめろよ、おい」と叫んだ。「芥川、けさ死んだぞ……」


『ある歴史の娘』の最も興味深いエピソードはこれだろう。
政治の世界に足を踏み入れた健には新たな友人ができた。その筆頭格が西園寺公一だった。またある日、「父とおないどしくらいの人」が訊ねてきた。彼は紹介されるのを待たずに、「お、道子さん、切手集めてんの? 嬉しいなあ、友達になろうよ。ぼくもなんだ……」と話しかけてきた。父が「尾崎秀実君。公ちゃんとも友達なんだ」と言った。道子はこの「支那通」の「凄い切れ手」の評判をすでに耳にしていた。

健は切手について無知で、道子も蒐集家としては駆け出しだった。尾崎は切手の貼り方がなってないなあと言い、「よおし、道子さんぼくがね、時々手伝うよ。それから交換もしようね……」と続けた。こうして尾崎と道子の「切手の友情」はゾルゲ事件発覚の直前まで続くことになる。

道子が貴重な切手を手に入れると、尾崎は様々な交換を申し入れるが道子はなかなか聞き入れない。こうしたやりとりもこの歳の離れた友人にとっては楽しかったのだろう。しかしある日、尾崎は二人きりで話そうと言い出し、母をも遠ざける。尾崎は自分が貴重な切手を持っている、これは今の日本では手に入らないものだと言う。「道子さんは約束出来る人?」そう訊かれて、「と思う、尾崎さん」と答えると、尾崎は「まじめになって」、「必ず、その切手の出どころを人に見せない言わないなら全部あげる」と言った。「日本がつきあいを好まないところの切手なんだ……」

それから数年が立った昭和16年秋、尾崎から例の切手を持っていくと連絡があった。母は切手のことなら二人きりになりたいんでしょ、と笑って席を外した。尾崎はポケットから丁寧に包んだ百枚ほどの切手を取り出した。「すべてはソ連赤軍と共産党の特別記念切手」であった。道子は「この人を裏切るまい」と心を決めた。「尾崎さん、これ、道子だいじに預かる。人に見せない」と言うと、尾崎はだまってうなずいた。

家には頭山から紹介された和菓子屋から取り寄せた菓子があった。尾崎は一口食べると、「いまどきいい菓子だなあ。どうしたの、これ。娘に一口食べさせたい」と言った。道子はあさってなら用意できるからその日に来てくれるよう言った。和菓子屋に無理を言って十ばかり買うことができた。尾崎はその日の夕方に来て、忙しいのでと菓子の入ったお重だけを受け取って家にあがらずに帰った。娘がどんなに喜ぶか、と言い繰返し礼を述べて、お重は数日のうちに返しますと言った。尾崎が逮捕されたのはこの三日後であった。

犬養健も逮捕され、特高が家宅捜査にやって来た。あの切手がもし特高に見つかれば大変なことになるかもしれない。しかし隠す時間はなかった。ここで道子は大胆な行動に出る。なにやらノートに書き込んでいた特高の目を盗んで、棚に入っていた切手帳をひきずりだすと、それを大きく広げて無造作にベッドの上にほうり出した。結局特高が見ずに帰ったのは、ベッドに広げられたこの切手帳だけだった。まさにポーの『盗まれた手紙』さながらである。後になって考えると、もし切手が見つかっても子どもの持物であるからどうとでも言い訳がついたのかもしれない。しかしこの時道子は、どんな拷問にあおうとも、「私は友人を裏切らぬ、と悲壮に思いつめていたのであった」。

戦後の混乱期、売るものすらない中、道子は蒐集した切手を思い出す。米軍の高級将校には玄人蒐集家もまじっているという。高く売れるかもしれない。母は驚いて「いいの?」と訊いた。売ると決まったその瞬間、道子は涙が止まらなくなった。高額で売れた決め手になったのは、赤軍関係のものだった。道子はこの後、蒐集というものを一切していないという。


犬養家にまつわる有名な神話的エピソードといえば、「クマのプーさん」と石井桃子との出会いがある。1933年に西園寺公一が道子の弟康彦へのプレゼントとして買ってきたのが、『プー横丁に立った家』の原書だった。その年のクリスマス・イヴの晩餐に招かれていた石井は、康彦と道子からこの本を読んでとせがまれる。石井はたちまちこれに魅了され、訳してみたいと借りて帰ったのであった。このあたりは『歴史の娘』に描かれており、また『ひみつの王国 評伝石井桃子』(尾崎真理子著)にも詳しくある(というか『ひみつの王国』を読んでから犬養の回想を読んだ)。

犬養の近衛らに対する評価が甘いと書いたが、『ひみつの王国』を読むと石井による菊池寛への評価というのも大分甘い感じがしてしまう。まあ直接の知り合い、しかもも人生の恩人ともなるとそれも致し方ないという面もあるのだが(僕だってやはりそうなってしまうだろうし)、後世の人間がその評価を真に受けすぎてしまうことには慎重であらねばならないだろう。

『ひみつの王国』によると、元となった雑誌連載は犬養道子も目を通していたようで編集者とやりとりもしていたようだ。当人がこの文章を目にすることはないと思うので書いてしまうが、これを読んで失礼ながら存命中だったのかとちょっと驚いてしまった。


正直にいって特権階級のお嬢様の生活を見せつけられると少々鼻白むところもないではないが(正確にいうと犬養毅は叩き上げだが、道子が生まれたときには犬養家は特権階級の仲間入りをしていたとしていいだろう)、しかしこういった立場でないと経験できないようなことも含めて貴重な時代の証言になっているし、いろいろと面白いエピソードが満載であることは間違いない回想となっている。




犬養道子と鈴木大拙!



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Author:佐藤太郎(仮)
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