『笹まくら』再訪

「彼はある評論家の短い文章を読みながら顔をこわばらせた。それは、日本もここまで国力が充実した以上、もうそろそろ大国らしく原水爆を持って、国民の誇りを高めなければならないという論旨なのである。もともとそういう文章を書く人なのか、それとも忙しくて書きなぐったためなのか、論旨はなかなかとらえにくかったけれども、どう読み直してもそういうことになるらしい。/浜田はその意見によって衝撃を受けたのではない。意見そのものは、酔っぱらいが喚くのを今まで何度も聞いたことがある。彼はただこういう冗談が、冗談としてではなく一流の新聞に堂々と載るような時代になったということに驚いたのである。季節が変った――ついうっかりしているうちに」。

これは何からの引用かというと、1966年に発売された丸谷才一の『笹まくら』からである。
軍靴の音が云々など何十年も前から繰り返し言われているだけで単なる被害妄想である、とする人もいるだろうし、あるいは戦後の日本社会は戦前・戦中との連続性の上に成立しており、一貫して戦前回帰の動きというものが流れ続けていることの証拠だという受け取り方もできるだろう。

主人公の浜田庄吉はかつての徴兵忌避者であり、戦後は父のコネによって(よりにもよって、とすべきか)神道系の私立大学の職員になった(ちなみに丸谷はこの作品の発売の前年に国学院大学を退職している)結婚もし、それなりに平穏な日々を送っていた。その浜田がある女性の死を知らされる場面から物語は始まる。この女性は浜田が逃亡中に知合い、生活を共にしていたが、戦後は別々の道を歩んでいたのである。これがきっかけになったのではないだろうが、浜田の平穏だった日常に、過去が亡霊のように蘇ってくることとなる。

この作品の最大の特徴は、浜田の「現在」の中に、時間軸を解体された過去がシームレスに割り込んでくることだろう。丸谷がジェームズ・ジョイスの研究者・翻訳家であることを思えばこのような手法はなんら不思議ではないのかもしれないが、しかしジョイス的な意識の流れとは別の効果を発揮しており、丸谷の意図もジョイスの単なる模倣にあったのではないだろう。

シームレスに現在と過去とが行き来するとはいえ、きっちりと書き分けられており、読者がここは現在の話なのか過去の話なのかと混乱することはあまりない。しかしまた、現在と、線的ではなくバラされた過去とが並置されることによって、現在と過去とが断絶しているのではないという因縁を強く意識させられることになる。徴兵忌避をやり遂げ、生き延びたはずの浜田が過去に逆襲されるように、戦後の日本社会が戦前・戦中から断絶したものの上に成り立っているのではなく、連続性の上にあることが示されているように読めてくる。

僕が初めて『笹まくら』を読んだのは、確か村上春樹の『若い読者のための短編小説案内』に丸谷の作品が取り上げられており、そこに『笹まくら』への言及があって、未読だったもので手に取ったのだと記憶している。従って約20年ぶりに思うところあって再読してみた。丸谷の『笹まくら』での問題意識は村上の一部の作品(『羊をめぐる冒険』や『ねじまき鳥クロニクル』)と共通するものがあるだろう。


浜田は徴兵忌避の過去をただ恥じ入っているのではないし、就職の際の履歴書には必要もないのにわざわざそれを書き入れてすらいる。しかし上記の引用の後、浜田はこう思うのであった。

「その認識は彼を不安にさせた。彼はとつぜん、自分があのとき履歴書に徴兵忌避のことを書けたのは、戦後すぐの社会の雰囲気――反戦的なものを許す雰囲気――に無意識のうちに甘えていたせいではないかと考えた」。

浜田は戦後の日本社会に「 反戦的なものを許す雰囲気」があり、戦前・戦中とは断ち切られたものの上に成り立っているとかつては考えていたのだが、それが幻想に過ぎなかったことを痛感させられることとなる。

かつて杉浦健次を名乗り、砂絵師として全国を渡り歩いていた浜田の前に、口入屋の朝比奈が現れた。朝比奈は浜田が徴兵忌避者であることを見抜き、彼を炭鉱労働に誘い、「露天商はもうすぐ徴用令でみな引張られ、北海道に送られて朝鮮人と同じに扱われるが、九州の炭鉱では日本人と朝鮮人の差別をきちんとつけるし、日本人の坑夫の食事は非常にいいし、それに第一、給料が北海道よりも遙かにいいという話をかなりあくどく描写いりでした」のであった。

2015年の世界遺産騒動で明らかとされたのは、このような負の歴史をご都合主義的に忘却したいという欲望が日本のごく限られた右派にのみあるのではなく、日本人の少なからぬ人々の間にすっかり浸透しきっているということであった。これこそがまさに、現在の日本社会が戦前・戦中と断絶したものではなく、連続性の上に成り立っていることを表しているのだろう。


小説としての『笹まくら』は単なるメッセージ優先の反戦小説に留まらない技巧的なものであるし(村上が指摘しているように、あの場面をラストにもっていくのは実に見事である)、そのような読まれ方をしてきた作品でもあっただろう。同時に丸谷自身の兵役体験も使われており、また徴兵忌避者を主人公にするというインスピレーションとなったのがジョイスの『ユリシーズ』の共訳者でもある永川玲二の陸軍幼年学校からの逃走であったとされていることを思うと、この作品の切実さというものにもっと注目してもいいのだろうし、現在『笹まくら』を読むと否が応でもこの切実さというものが浮き上がってくることとなる。

それにしても永川玲二という人はこちらのブログを見てもわかる通り大変個性的な人であったそうで、伝記が書かれれば相当に面白いものとなりそうだが、誰か書いてくれないものだろうか。




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