サリンジャーとモー・バーグ

親善野球に来たスパイ』は、名門プリンストン大学を卒業し多数の言語を操る言葉の天才にしてスパイでもあった(メージャーリーグ選抜として来日した1934年には東京の模様を秘かに撮影している)異色のメジャーリーガー、モー・バーグの伝記である。

バーグはスポーツ界で最高の知性を持つ人物とされ「プロフェッサー」と綽名をつけられたが、これを快くは思っていなかった。彼は知識をひけらかして他の選手を見下したり馬鹿にしたりすることは決してなかった。

しかしこの本にはこんなエピソードがある。
1938年に、バーグは知的生活を秘密にしておくという禁を破って「人類の努力のあらゆる分野にわたる難問に回答する当時の人気ラジオ番組、<インフォメーション・プリーズ>の出演に同意した」。野球選手が無学であるという世評を覆すために野球界から懇願されたのであった。バーグの博識は聴取者を驚かせ、彼のことをもっと知りたいと1万本以上の電話が殺到したという。

反響はすさまじく、バーグはうんざりもしたが、これを最後と<デトロイトト・ニューズ>のH・G・サリンジャーの挑戦を受けた。「七人の眠れる男、七人の賢師、七賢人、世界の七不思議、七つの星とはだれか、またはなにか?」といった質問に次々と答え、バーグの知識の穴を見つけようとチームを組んで周到に準備していたサリンジャーを驚かせたのであった。


「サリンジャー」でふと思ったのだが、小説家のJ・D・サリンジャーはバーグの存在を知っていたのだろうか。バーグと同じくサリンジャーもまたユダヤ系であり、グラース・サーガに登場するグラース家の子どもたちは天才少年としてラジオに出演して人気を博したという設定である。「少年」ではないものの、野球選手という属性とその博識っぷりが驚異の念を与え、同時にどこか見世物にされてしまうというのも共通点のように感じられなくもない。

そしてサリンジャーは仏教や東洋神秘思想に関心を持つが、バーグはサンスクリット語にも通じていた。Catcher in the ryeのcatcherは「捕まえ手」、つまり捕手のことであり、バーグのポジションはキャッチャーだ。

グラース・サーガや『ライ麦畑』を書いているときはサリンジャーは知らなかったことだろうが、バーグはスパイとしてヨーロッパでの様々な工作活動に参加し、ナチス・ドイツのために原爆を作る可能性があった物理学者ハイゼンベルクを暗殺する寸前までいった。バーグは大戦中ピストルと青酸カリを常に持ち歩く生活を送り、戦後もその後遺症を抱え続けたかのようでもある。サリンジャーはヨーロッパ戦線に従軍し、ノルマンディー上陸作戦やナチスの強制収容所の解放など陰惨な戦いに参加して精神を病んだ作家でもある。

こう考えるとむしろバーグという奇妙にして神秘的存在にサリンジャーが影響を受けなかったと考えるほうが無理というもの、とすら思えてきてしまう。
ちなみに『フィールド・オブ・ドリームス』の原作、キンセラの『シューレス・ジョー』にはサリンジャーが登場するが、サリンジャーは肖像権を盾に映画では設定を変えさせた。これはサリンジャーが静かな生活を妨害されたくなかったためというより、野球と自身とがより一層結び付けられることによって創作の秘密が明らかにされることを恐れたため……ということではさすがにないだろうが、サリンジャーにとってバーグの存在が何らかのヒントになっている可能性はゼロではないのかもしれない。

まあゼロではないと言い出せば何でもありですから!







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Author:佐藤太郎(仮)
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