『ナチスの戦争 1918-1949  民族と人種の戦い』

リチャード・ベッセル著 『ナチスの戦争 1918-1949  民族と人種の戦い』




ヒトラーとナチ・ドイツ』(石田勇治著)と並んで、初学者にも手にしやすく、信頼性の高いナチ・ドイツの歴史を扱ったものが新書で手に出来るようになったことを歓迎したい。もちろん、ナチスといえば論点は多岐に渡るので全てを網羅しているとまではいかないが、重要なポイントはかなり押さえられているのではないだろうか。

本書の方はヒトラー個人やその内面はそれほど重視していないので、そのあたりに興味のある人はまず石田の方を読んでみるのがいいかもしれない。またナチスについてまったく知識がないという人もまずは石田の方から入ったほうがいいかもしれない。一方、断片的な知識は多少はある程度という人は、本書を読むとよく交通整理できることだろう。本書を石田のと合わせて読むことで、その歴史やキーとなる概念、出来事の基本的な部分を理解することができるだろう。


サブタイトルに「1918」とあるように、ナチスにとっての出発点は第一次世界大戦(のドイツの敗戦)にあった。ヒトラーは『わが闘争』で第一次大戦の従軍体験を語り、1945年4月、自殺の決意を固めると「自らの仕事を振り返」り、「ナチズムの短い歴史を語るにあたり、ヒトラーは第一次大戦から話を始めている」。

ヒトラーは第一次大戦終結後も引き続き軍に雇われ、混乱した政治状況の中、極右の活動家として頭角を現していく。差別や偏見に凝り固まるとともに被害者意識をつのらせた退役軍人にとって極右組織は魅力的なものだった。しかしセバスチャン・ハフナーは、「真のナチ世代と言えるのは、一九〇〇年から一九一〇年の一〇年間に生まれた者たちで、彼らにとって戦争は大がかりなゲームにすぎず、戦争の現実とは無縁だった」としている。戦争の記憶がはっきりとあるものの、前線を知らないがゆえに戦争をロマンティサイズした世代がナチの暴力を担っていったのであり、そういった意味でも第一次大戦は出発点だったといえるだろう。

ナチスは自力で権力の座についたのではなく、ヒンデンブルクをはじめ保守との妥協と協力によって政権の座におさまった。このことが示唆するものも多い。
ナチスの蛮行を可能にしたのは近代的技術であった。強制収容所へ大量のユダヤ人などの移送を可能にしたのは張り巡らされた鉄道網のおかげであり、アウシュヴィッツでは腕に刺青で数字が彫られ、これによって管理された。一方でナチスのイデオロギーを支えていたのは近代への憎悪であったとすることもできる。かつてあった(と思い込んでいる)良き世界、良き価値観が「ユダヤ人」や「共産主義者」の手によって破壊されようとしている、それらからドイツ的なものを守るのがナチスである、ということになる。
このような発想は現在の世界においても完全に過去のものになったのかといえばそうではないだろう。

例えば、「一般的に田舎の女性のほうが都市部の女性よりも多産であるという事実を、都会の「アスファルト文化」を軽蔑するナチは見逃さなかった」。「当時の証言によれば、ナチは一九三三年以後の二年で「ドイツ女性を完全に生産現場から引き離し、専業主婦に戻すことを決意している」。労働力不足に陥ったことからこの政策は緩和されたが、しかし戦時になると英米では女性の就業率が約50パーセントまで上昇したが、ドイツではわずかに上昇しただけだった。ドイツがいかにして労働力不足を補ったかといえば、「外国人労働者からの搾取」であった。「ドイツ軍が占領した国々で募集したり徴用したりした労働者、戦争捕虜、SSの強制収容所の囚人を働かせようとしたのである」。

「専業主婦」による多産が奨励される一方で、心身に障害や病気を持つ人へは断種が施された。そして労働力が不足すると過酷な労働条件で外国人を酷使する。こういったあたりを遠い過去の出来事と片付けることは、とりわけ現在の日本においては できないだろう。

「政権に積極的に反対していた人々やユダヤ人その他迫害された人々は除いて、大部分とはいえないまでも多くのドイツ人は、戦争が始まるまでのナチの最初の六年間をどちらかといえば肯定的にとらえていたようだ」。
第一次大戦後の混乱から、ドイツの人々はナチス政権下で「正常な状態」が回復され、「よき時代」が戻ってきたかのような気分を味わっていた。これはムッソリーニ政権下のイタリアにおいても似たような現象が指摘されている。政治的意見を持たず(無論「政治的意見を持たない」ということは現状を肯定するという意味で極めて政治的な姿勢である)、反体制者や少数者がいかなる迫害にあおうとも無感覚でいられる人々にとっては、ファシズムもナチズムも「正常な状態」や「よき時代」をもたらしてくれるものであった。

社会民主党の秘密通信によると、1938年11月に「水晶の夜」が起こるとこのポグロムに「ドイツ人の大多数」が「嫌悪感」を示したが、政権を揺さぶるような事態にはならなかった。
政権がぐらつく可能性があったとすれば、それは戦争だった。36年3月に国防軍がラインラントに進駐すると政権の支持者は沸き立ったが、社民党の地下組織は国民の士気が「戦争への不安に支配された」と報告し、「第一次世界大戦の経験者は大勢いる。戦争に一〇〇パーセント熱中している人々にとって、彼らは強い対抗勢力だ」としている。

第二次大戦後の旧枢軸国の人々は、戦後にその政治体制を嫌悪するようになったのではなく、あくまで戦争末期の体験をひどいものだったと考えるようになっただけだったという見方がある。日本において戦争体験者が政治・官僚・メディア・財界の一線から引いていった90年代半ば以降に、戦争体験という重しのない世代によって急速に右傾化が進められていくことになったことを想起してもいいだろう。

ナチス・ドイツにおいては、戦争への不安は緒戦の快進撃によって霧散していくことになる。これは一般の国民に限ったことではなかった。日本に「海軍善玉論」があるようにドイツには「国防軍神話」がある。アデナウアーをはじめとする戦後の保守政治家などもこれを使い、ドイツの免罪に利用しようとした。著者はこれへの対抗としてなのだろう、国防軍がいかにナチスと結びつき、その蛮行を担ったのかを比較的丁寧に描いている。

緒戦が好調だったことから、軍には戦闘ばかりを重視する空気が支配的となり、兵站などを軽視することとなる(兵站軽視といえば何といっても日本軍の体質でもあった)。そして戦局が悪化しても、ドイツ軍のエリートたちは「軍人としてのプロ意識から遠ざかり、ナチの人種国家によって堕落したために、合理的な戦略眼を育てる代わりに、「勝たねばならないから勝つ」程度のことしか主張できなくなってしま」うのだった。日中戦争もよく「ゴールのないマラソン」に例えられるように、何を目的とした戦争なのか、他ならぬ戦争の実行者たちにすらわからないような異様なものであったが、このあたりも日独に共通していた傾向だったのだろう。
もっとも著者は、あの日本ですら本土決戦を行わずに降伏したのにドイツでは焦土と化すまで戦い続けることをヒトラーや国防軍は強いたとするのだが、日本の専門家でないので仕方が無いとはいえ沖縄戦などを考えると複雑な気分にさせられる部分ではあった。

敗色が濃厚となり、ドイツ軍は大量の死者を重ねていく。一般の国民も空襲による破壊や「アジア人」であるソ連軍の侵入(ヒトラーの人種観によれば当然アジア人は劣等民族となっているわけで、日本の自称愛国者がナチス好きというのは何重にも歪んだものである)におびえ、大混乱状態となる。
連合国はナチスの残党とのゲリラ戦も覚悟していたが、敗戦が決まるとドイツから抵抗らしい抵抗は起こらず、「何百万もの人々を動かしたムーヴメントと、未曾有の暴力をもっとも恐ろしい形で爆発させたイデオロギーは、ドイツの敗北後、消失したのである」。

このあたりも日本のそれと共通点が多い。大戦末期の惨状と大混乱による苦悩と喪失により、マイケル・ヒューズの言葉によると「自分たちの多くが他の数百万のヨーロッパ人に苦しみをもたらしたことは無視して、自分たちはナチズムと第二次世界大戦の犠牲者で潔白だという集合的記憶をまんまと作り上げたのである」。ザビーネ・ベーレンベックが第二次大戦の回顧録を検証してこう述べている、戦争は「事故・悲運・天災ということにされた」。もっとも第一次大戦後とは違い、「戦に倒れた英雄という大衆の信仰は繰り返されず、「運命」の犠牲者になったことを嘆くだけだったのである」。

本書は1949年11月から翌年5月にかけて、ハンナ・アーレントが戦後はじめてドイツを訪れる場面で締めくくられる。「アーレントによれば、ドイツ人は自己憐憫にかられ、自分自身の運命にばかり気を取られ、自分たちの責任を探求するなどとてもできる状態ではなかった」。

「一九四四年から四五年の恐怖によって、ナチ・ドイツは非難されるのではなく同情される「かわいそうなドイツ」に変わった。ドイツ人の目から見れば、自分たちはナチズムの加害者ではなく戦争の犠牲者なのだった。この認識が実際に疑問視されるまでには、少なくとも一世代の時間を要することになる」。

ナチ・ドイツと戦前・戦中の日本は差異や決定的な相違も多々あるため、安易な同一化をするべきではないし、単純な類型化には慎重であらねばならない。しかしまた、類似点が多くあることもまた事実であり、このことから学ぶべき点もあることも確かだろう。戦後に被害者感情が支配し加害者としての面を直視できなかったという共通点である。しかしドイツ社会は「一世代の時間を要」したとはいえ、全てとはいえないまでも多くの保守層を含めて加害責任とある程度向き合うコンセンサスを作り上げた。一方日本社会は完全に逆行を開始してしまっているという現実を直視しなくてはならないし、そのためにもナチ・ドイツと戦後ドイツの歴史を勉強する意義は大きいだろう。



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