コロンバイン高校銃乱射事件犯の母の回想

1999年に起こったコロンバイン高校銃乱射事件は、日本でこのニュースを知っても精神的にかなり堪えたのだが、アメリカ人であればなおさらだったろう。それだけにマイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』や、ガス・ヴァン・サントの『エレファント』などが撮られることになる。

犯人の一人、ディラン・クレボルドの母がA Mother's Reckoningという回想録を出した。NYTの書評はこちら

一般的にそう認識されているであろう、いじめられていた生徒がブチ切れて凶行に及んだというのはおおまかにいえば間違いとまでは言い切れないのだが、かといってそう単純に割り切れる話ではない。学校にも家庭にも居場所がなかったのかといえば、少なくとも表面上はそのようなことではなかったようだ。母は当初は息子は洗脳されただけなのだ、という否認の気持ちがあったが、「ベースメント・テープ」の発見などにより事実を受け入れるようになっていった。

クレボルドはFresh AirでColumbine Shooter's Mother: I Carry Him 'Everywhere I Go, Always'というロング・インタビューを受けているのだが、ここでこんなやりとりがある。

事件の2年後、2001年にクレボルドは乳がんと診断される。「あなたは本当に生き続けたいと思いましたか?」というのはきつい質問ではあるが、多くの人がそういう疑問は抱くだろう。

クレボルドは「望んでいる死を与えられるというcallかとも思ったが、それよりもまだなすべきことがあるというcallingだと感じた」と答えている。もっと学ばなければならないことがあるし、息子のディランのためにも、亡くなった人たちのためにもやらなくてはならないことがあるのだ、と。ここでのcallというのは文字通りの意味での、神からの呼びかけとしての招命ということだろう。クレボルドの宗教的バックグラウンドは知らないが、このあたりもアメリカっぽいといえばそうなのかもしれない。

なおこの本の収益金はすべてメンタル・ヘルス関連の研究と支援団体に寄付されるということである。


それにしても、この事件以降アメリカで起こる銃乱射事件と大量の死者という事件に「慣れ」が生じてしまっていることには、改めて考えると自分でも少々愕然としてしまうところでもある。つい先日もアメリカで銃乱射事件が起こったが、正直にいえば「衝撃」を感じたのかといえばそうではなかった。

また、あの当時はもちろん高校生の側に立っていろいろと思うところがあったのだが、今このインタビューなんかを聞くと、僕には子どもはいないのだけれど、もし自分が親だったら、なんて方に気持ちがいくようになってもいる。

それだけ僕が年をとったということであるのだが、アメリカの銃乱射に限らず、どのような「慣れ」が生じてしまったのか、この17年というのは世界にとってなんたる年月だったのかということを考えると暗澹たる気分になってくるし、今の17歳はこの世界をどのように感じているのだろうか、という思いにもなってくるのだが、まあ自分が17歳のときにも、親の世代はそう感じていたのかもしれないが。









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