『成城だより』

大岡昇平著 『成城だより』




中断を挟みながら1979年末から85年末までの「日記」であるが、これが滅法面白い。時事ネタから身辺雑記、読書記録から思索、執筆録までとごった煮的な味わいで、「スペース節約のための、文語混じりの備忘録的のへんちきりん言語」で書かれているのがまたいい味を出している。

新宿西口バス放火事件や日航機墜落事故など大きな事件・事故へのリアルタイムの反応という点でも時代を映しているが、何気ない記述にも時代が表れている。

79年の時点で大岡は昔なじみの成城に戻ってきて11年目になる。マンションの建設に備えて窓を小さくし防音ガラスにするなどの「防衛態勢」をととのえていたが、「その後高度成長とまり、家建たず、わが家の前の道は、いつまでも行どまりにて、車入って来ず」という状況だった。このように高度成長が終わった73年以降の十数年というのは停滞期であり、日本経済への悲観論も強かった。

さらに85年11月18日にはこんな記述もある。「円高の影響顕在化す。TVは金属製品と繊維業を取り上げる。年末までに倒産あるべしという。この夏、富士吉田の機業も年内倒産を予想していたことを思い出す。本日円最終値。二〇三円八五銭。/サミット祭りとは関係なく、世は寒冷の経済に入れるなり」。

当時の大岡は想像だにしなかっただろうが、この直前のプラザ合意を経ての円高のショックを緩和しようとした結果がバブルへとつながっていくことになる。
70年代半ばから80年代半ばにかけては停滞や不況といっても90年代半ば以降のそれと比べればかわいいものなのだが、大岡亡き後の90年代半ば以降の日本において、中高年以上の少なからぬ人が不況、とりわけ失業への感性が極めて鈍かったのは、「不況」のイメージが70年代から80年代にかけてのものに留まり続けた結果として、悲観論をつのらせる一方で妙な楽観論も同居してしまっているせいなのではないか、という特に根拠のない仮説を個人的に持っているのだが、このあたりについて考えるうえでもこのあたりの記述はなかなか興味深い。

また大岡はアメリカとの軍事的一体化を進めるのと歩調を合わせるようにして、教科書問題に象徴されるように過去の忘却への欲求を政府自民党や右派勢力がむき出しにしてくるようになったことへの危機感と警戒心をつのらせている。このあたりを読むと、小泉政権や安倍政権というのが自民党にとって突然変異的に登場したのではなく、中曽根政権登場以前からの80年代自民党の延長線上にあるのだということもよくわかる。80年代はまだ党内のブレーキ役がそれなりに機能していたのだろうが、これが完全に失調してしまい、取り繕うこともない剥き出しの自民党になったのが小泉政権以降の自民党とすべきなのだろう。

連載の最後には一票の格差の問題や「純文学売行不振説」について、あるいはテレビの「音を消しても、見るに堪えざるはしゃぎ番組」、文芸誌の休刊や「変貌」について触れられているが、このあたりを読むと日本はある意味では何も変わっていないのではないのかとも思えてきてもしまう。


本書において最も驚かされるのが大岡の飽く事のない好奇心だ。一般論としては、人は高齢になるとどうしても視野が狭くなるし、自分の関心事だけに篭ってしまいたくなりがちだろう。ましてや大岡は冒頭から健康面での不安をこれでもかと書き連ねており、これは単なる心気症ではなく実際に病気のオンパレードでもある(こういう人ほど結構長生きするというのもよくあることだが)。連載開始時70歳を越えていた大岡は残された時間というものを日々意識していたのだろうが、世の中がどうあろうとも知ったことかという風にはならなかった。

大岡はもともと数学を趣味としていたが、齢70を越えて数学の個人教授を受けようとすらしている。丁度この頃は柄谷行人がゲーデルの不完全定理にはまっていた時期だが、大岡は数学用語の濫用を厳しく批判している。柄谷との間でちょっとした論争となったが、大岡は馬鹿げたものなど読みたくないとなるのではなく、むしろ柄谷やその周辺、そして数学関連について旺盛な好奇心を発揮し、多くの本に目を通していく。大岡は論争家、毒舌家といても知られ、本書でもその一端を窺うことができるが、決して思いつきやその場の感情で罵詈雑言を撒き散らしていたのではなく、膨大な読書量と知識欲とに支えられたものであった。そして論争を経て柄谷とは対談もするようになる。


『地獄の黙示録』についてのエピソードは大岡の好奇心をよく表しているだろう。
1980年4月9日、文芸誌を手するがロラン・バルトの死については各誌間に合わなかったようだ。「昴」には作家・詩人・批評家9人による『地獄の黙示録』評が載っていた。大岡はまたアメリカで繰り返しこの作品を観て脚本も読み込んでいた立花隆による評論にも目を通している。そして立花の詳細な分析と比べると、英語を聞いて理解できる佐伯彰一やシノプシスとダイアローグを読んでから観た中田耕治など少数を除くと、「あとは誤解に基づいてとんちんかんな印象を語ったり、はぐらかしたりするのみ、近来の珍事なり。筆者はこういうことは大好きにて、たちまち浮かれ出した」としている。

もちろん大岡はただほくそ笑むだけではななく実際に作品を観に行く。「さて「地獄の黙示録」始まる。音楽「ジ・エンド」良し」と感想を書き始める。翌日には「ジム・モリソンの「ジ・エンド」」を買うつもりでレコード屋に行くが、そこに二枚組みのサントラがあったのでこれを買い求める。

立花とは面識はなかったが連絡先をきいて電話をかけ、作品を観て疑問に思ったことを問い合わせを行う。脚本も取り寄せて読み始める。また『地獄の黙示録』の原作というか元ネタのコンラッドの『闇の奥』の訳者で旧友の中野好夫にも電話をする。「Kurz」をクルツとドイツ語読みにしたのはなぜなのかの仮説を立てて中野に質問をするが、中野は「わからん、何しろ古いことだから」と言うだけで、立花の論文も読んでいなかった。「horror」を「地獄だ」と訳したことについても同様だった。後で調べて返事をするということだったがそれには及ばないとし、邦題や字幕担当の戸田奈津子(という名前は出していないが)が中野訳に引きづられたのか、「とにかく目下「地獄」の元凶になっているぞ、岩波文庫『闇の奥』は増刷するよ」と言って電話を切った。

また「とんちんかん」な評が出たのがなぜなのかについても考える。大岡が観たのは35ミリ版で最後に大爆破シーンがあるものだったが、何人かに問い合わせをしてみると試写は特殊な環境で行われ、また大爆破シーンのない70ミリ版であったことも判明する。立花が35ミリ版と70ミリ版を見比べて論じているので自分も70ミリ版も観たいと思うのだが、寒いせいで外出がおぼつかないと嘆いている。

大岡はもちろん『地獄の黙示録』を評価したのであるが、かといってコンラッドやコッポラに特別な関心を払ってきたというのではないだろう。70歳を越えた老人があの映画を観てここまで興味を持ち、いろいろと調べ始めるというのはそうできるものではない。『地獄の黙示録』の主な撮影はフィリピンで行われたのだが、アメリカの映画監督が莫大な予算をかけてフィリピンの大地をぶっ飛ばすというのは、従軍してフィリピンで死線を彷徨った経験を持つ大岡にとってはいろいろと思うところもあったのだろうが。





映画といえば、「「こわいですね」のおじさんにだまされて「エイリヤン」なるSF愚作を見てばかをみた」ともある。僕は『地獄の黙示録』も『エイリアン』もどちらも好きなのだけれど、こちらはお気に召さなかったようで。
「「こわいですね」のおじさん」というのは淀川長治のことだろう。大岡は蓮実重彦とは親しく映画についてもいろいろと教えてもらっていたようだが、蓮実と淀川の対談をみて、淀川がこれほど映画の知識を持っていたとは、と驚いている。淀川長治のすごさというのはコアな映画ファン以外にとってはむしろ盲点なのかもしれない。




さて大岡はジム・モリソンの「ジ・エンド」、つまりドアーズにも関心を持ったのだが、これに限らず音楽についても好奇心旺盛である。

80年1月には、天沢退二郎の「シンガーソングライターの中島みゆき」という発言を目にして、娘に「シンガーなんとかってなんだ」と訊く。「ずれてるわね」と娘は中島、アリス、松山千春などのニュー・ミュージックのレコードをごっそり持ってきてくれた。

「中島みゆき悪くなし。「時代」「店の名はライフ」など、唱いぶり多彩、ひと味違った面白さあり。詞の誇張したところは抑えて唱い、平凡なところは声をはる。歌謡曲とは逆になっているところがみそか」という感想を持つ。友人の埴谷雄高がすでに中島を知っていたのをくやしがるが、埴谷の知らなかった『ニュー・ミュージックの衝撃』という本を読んでいたので、「抑えてやった」と得意がる。また同日にはアバがチャートの一位になったというのでそのレコードを買って聴いてみると、「残念ながら、音楽は外国種のほうがいいようなり」としている。

それでも大岡はニュー・ミュージック贔屓になったようで、ニッポン放送のベスト・テン番組を聞いて歌謡曲よりもニュー・ミュージック勢が優勢だったことには「なんとなくいい気持ちになり」とし、またファンだった南沙織の引退以来見る気がしなかったテレビの歌番組も、「ニュー・ミュージックで、少し聞く気になった」としている。

これで音楽熱が昂じたのか、80年3月にはピアノを孫にあげたために自宅に楽器がなくなっていたので、「電子楽器カシオトーン」を買い求める。「音は電子的擬似音なれど、フルート、ハーブ、バンジョーなど、生まれてから手をふれてみたことなき楽器の擬似音を出してみて愉快だった。わが灰色の毎日に挿入されしかすかなる希望」とある。

ところが80年5月には「もうニュー・ミュージックは古い」という事態が起こる。大岡は角川書店から出ていた「バラエティ」という情報雑誌を読んでいたが、YMOがチャートで快進撃を始めていた。さっそくYMOを「買って来るとなかなかいける。ポップの如き音の豊かさなれども、透明を目指して、ふしぎなリズムと旋律あり、寄席的機智あり」。

ちょうどゲラを届けに来た作品社の寺田博に「こういうのを知っているか」と自慢しにかかったのだが、寺田からはすでに息子からシンセサイザーをせがまれていると返されてしまった。ここで大岡は驚きの事実を知る。「イエロー・マジックのキイボードを演奏する坂本龍一とは、寺田君の元河出書房における先輩坂本一亀氏の息子だ、という。「げっ」と驚くのはこっちなり」。

「親子の仲はよくないとのこと」としつつ、さっそく一亀に電話をかける。例の如く無愛想な声であったが、息子の話題を出すと「声がやわらぐ」。「パブリック・プレッシュア」のライヴ盤について、「あれは一分半のことだったけど、実に日本的な泣きのような擬音を出すなあ、それに観客が実に早く反応するなあ」と言うと、「電話の先でほころびる口許が見えるようである」。
「さてジャケット写真のどれが龍一君か」、「「アンチ・モラルへの擬装」その他ナウいキャッチフレーズは色々あれど、三人の中で、親父に似て生まじめなマスクを探せば、それが龍一君である」。




また85年12月には「ヘンドリックス」のレコードを買いに行く。これは「ジミーなくいまのヘンドリックスはバーバラという女性歌手なり」。ここで大岡はジミヘンの方も思い出して聴きたくなったのだがロックやポップスは山小屋で聴くことにしているので手元にレコードはなかった。ロックつながりでいうと、「先々号ぐらいで「ロック」なる題の新人小説現れたが、小説自体はちっともロックでなし」としてある。さらには吉田秀和に「破門されるを覚悟にて」、「息子の選択にて「村八分」「ローリング・ストーンズ」「クラッシュ」を買ってあ」り、これに「胸騒ぎ」がするのであった。

大岡は僕の祖父より少し上であるが(僕とほぼ同年齢の孫もいる)、自分のじいさんとドアーズやYMOやジミヘンやクラッシュについて話ができるかもなんてことは想像してみたことすらなかった。

孫といえば、孫が読んでいた『じゃりん子チエ』についても高く評価し、また娘や若い友人の影響で少女マンガも大量に読んでいる。85年2月には、吉本隆明が「マンガ特有」の、「言う」や「いう」ではない「ゆう」という表現や、「こんにちは」ではなく「こんにちわ」とすることを論じていて、これは「老生には魅力あり」としつつ、大岡は「ただし永年の訓練のより、マンガは字ではなく絵から絵へ読む習慣熟しつつあり、吉本のように文を論ずる気になれず」としている。このあたりはむしろ大岡の方がマンガの魅力の本質を感じとっているようにも思える。


大岡はテレビについてはいろいろと文句も言っているが、当時の平均的70代男性と比べるとかなりのテレビ好きなのではないだろうか。

80年2月には「テレビにて「三年B組金八先生」を見る」とある。「受験日、妊娠女子生徒の出産重なり、長面短躯の日本的先生、活躍す」。「少し綺麗事すぎる」、「ほんとらしくない」ともしているが、「人気上昇、同時間の退屈な刑事番組「太陽にほえろ」を食いつつあるのは目出たし」としている。

85年4月に渋谷に出てきた大岡はこう書いている。「われ六歳より二十歳までこの辺で育ち、生きたハチ公を見たこともあり、東京にラッシュアワー生まれ、渋谷駅前に出現せし群集の目撃者なれど、かかる過剰は知らず」。

通して読むと、この連載中にも時の流れを感じさせる出来事も多い。
80年1月にはこうある。「七時半よりクイズ番組を頭の体操に見て、八時からは「西遊記」がひいきの番組なり。夏目雅子の三蔵法師が可愛いが、好評を意識してか、女の表情を出しかけているのはいかがなものなりや。美人が坊主に扮しているから魅力あるなり」。

そして85年9月には「夏目雅子逝く」とある。本書は小林秀雄をはじめとして古くからの友人知人が次々と鬼籍に入っていくことの記録ともなっているが、テレビを通して知っているだけの、年若い夏目雅子の死はどういう気持ちにさせたのだろうか。

「四、五年前のテレビ連続番組「西遊記」の三蔵法師に扮せる姿思い出さる。われに男装女子、男っぽい女への倒錯あるはたしかなり。なぜだろうか」。こういう「倒錯」があるからこそかえって「女の表情を出しかけている」のを「いかがなものなりや」と思ったのかもしれない。
また自伝である「幼年」で、大岡は幼少期に父の懲罰から逃れたいためもあって「自分を女の子にかえて下さい」と祈ったことがあるともしている。「男装女子、男っぽい女への倒錯」は幼少期の記憶の反響ということでもあるのだろう。

それにしても、自分が70歳を越えたときに、テレビで見る孫ほども年の離れた女性にフェティッシュな視線でもって「可愛い」と感じてしまうことを想像するのはなかなか難しくもあるが、あるいは驚異的な好奇心を持ち続けた大岡であるからこそ、そう感じられたのか、それとも世の70代男性の多くがそういった視線でテレビを見ていることもあるのだろうか。




85年のフィクションベスト5をあげ、この連載はこう締めくくられる。「一九八〇年代は国家と個人の間が再び緊張せし時代と了解す。さればその関係をふくみとせざる作品は、老生に興味なし」。

この年のベスト5は以下の通り。

一位 野上弥生子 『森』
二位 日野啓三 『夢の島』
三位 加賀乙彦 『湿原』
四位 島田雅彦 『天国が降ってくる』
五位 村上春樹 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』




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