『緊縮策という病  「危険な思想」の歴史』

マーク・ブライス著 『緊縮策という病  「危険な思想」の歴史』




不況時に緊縮策をとれば景気はさらに冷え込み、その結果税収は落ち、財政状況はますます悪化する。このような事は経済学を学んだことがない人でも直感としてすぐにわかるはずだ……と言いたいところであるが、日本のみならず、世界的に見ても不況時に緊縮こそが答えだと信じてしまう人のほうがむしろ多数派かもしれない。さらには経済学を学んだことのある人どころか、権威あるとされる経済学者の中にも、依然としてこのような主張をする人までいる。本書で詳述されるように、緊縮策の結果として手痛い思いをした経験を持つ国は歴史的に数多くあり、その教訓を嫌というほど学んでいるはずなのに、なぜ緊縮策という「ゾンビ経済学」はかくも蘇ってくるのだろうか。

本書では『ゾンビ経済学』も参照されているように、著者の立場はケインジアン、またはリベラル派経済学者とほぼ同じだとしていいだろう。結論は明快である。
「緊縮が不公正だからではなく(不公正ではあるが)、債権者よりも債務者が多いからではなく(そうではあるが)、民主主義にはインフレ・バイアスがあるからではなく(そうではないが)、要するに緊縮は機能しないからである」。

つまり緊縮策は倫理的な問題を別にしても、経済学的に不合理で誤った政策であるのだ。

ではその機能しないはずの緊縮策が相も変わらず主張され続け、実行に移されてしまうのはなぜなのか。本書ではサブプライム問題やリーマン・ショック、ユーロ危機のメカニズムが明らかにされ、それに続くケインズの復活とすぐさま起こるバックラッシュについて検討され、そして日本を含む過去の緊縮策の失敗例が列挙される。これだけであればリベラル派経済学者による類書と重複するが、本書の最大の特色は、著者の専門が政治学だけあって、思想としての緊縮策の源泉を探っているところにある。

「新自由主義〔ネオ・リベラリズム〕」は本書においても標的にされているが、著者はこれをさらに遡り、緊縮の思想的原点として、ジョン・ロック、デヴィッド・ヒューム、アダム・スミスといたイギリスの自由主義者を挙げる。「ロックの言う自由主義(リベラリズム)は個人と国家を対置させる経済的自由主義である。緊縮の思想史はここから始まる」。

ここに「国家とはそれとは一緒に生きられず、それなしでは生きられないが、その支払い負担は出したくないもの」という、「緊縮を生み出す自由主義者のジレンマが誕生したのである」。

「以上の理論家のだれ一人として、直接に緊縮支持論を主張していない点に留意されたい。だからこそ、われわれは緊縮の欠如に焦点を置いたわけである。ロック、ヒューム、スミスは、国家の建設やその抑制で頭がいっぱいであった。国家は支出削減の政策を正当化するほど十分な支出をしていなかったが、その債務は真剣に検討すべきであった。経済的自由主義の中心にある政府債務にかかわる病的な恐怖に、緊縮の起源が看取される。政府債務は貯蓄者を誤らせ、商人を悩ませ、貯蓄された富を破滅させる。/ロックは何においても国家を制限するために自由主義を唱えた。ヒュームは国家について真の必要性を認めていない。というのは、商人が生産的な階級であり、お金はそこに流れていくはずだからである。スミスは国家の役割を認めているが、その資金調達に苦慮している。国家を支えるための納税をできる限り少なく抑えたいが、そのような支えがなければ自分が支持している資本主義は政治的に持続し得ない。放蕩(消費)ではなく、スミスのいう倹約(貯蓄)がすべてを牽引しているが、にもかかわらず、政府債務――税収が不十分で国家が放蕩であるために負うことになる債務――は発行されることになり、われわれの自然な貯蓄性向の足を引っ張り、引いてはスミスのスキーム全体を脅かす。ヒュームは債務を制限するための経済的論拠を提示し、それはあまりにもお馴染みのものになったため、修正されもせず現在でも繰り返されている。しかし、債務を教訓劇に仕立てたのはスミスである。彼は債務反対の道徳的議論を展開し、それは現在でも依然として鳴り響いている」(p.156)。

これに続く自由主義者たちの立場は分かれた。
「自由主義の一方の側は、ロックやヒュームでみたように国家の役割を否定しているが、スミスの場合は国家の存在を認知している。リカードは国家の敵対者として市場を見直す伝統を例示している。ミルの著作は一九世紀の自由主義の別の側面も示しており、それは国家の成長と歳入の要求に適応している。国家の役割を巡るリカードとミルの緊張関係は決して独特のものではない。それはむしろ経済的自由主義にとって一般的であったし、今でもそれは変わらない。その結果として、自由主義思想は十九世紀後半から二〇世紀前半にかけて二つの非常に異なる道に分かれることとなった。一つの道は新しい自由主義(ニュー・リベラリズム)であり、それは主として英国の動きであり、自由主義はリカードやミルを超えてより介入主義的な方向に向かった。もう一つはオーストリアにつながり、そこでは自由主義はより原理主義的な転換を遂げた」(p.160)。

「新しい自由主義(ニュー・リベラリズム)」は「ミルの修正」の流れを汲み、マーシャル、ケインズ、ベヴァリッジへと繋がっていく。一方「リカードの拒否」の流れを汲むのが、「自由主義の最善の防禦のためには、さらなる再分配や国家管理を論じるのではなく、経済において果たす役割から国家は完全に撤退すべきである」というオーストリア学派の「ネオ・リベラリズム」となっていく。


本書においてもっとも注目すべき箇所は、ドイツに起こったオルド(秩序)自由主義についてだろう。
オルド自由主義が出現する1930年代のはるか以前から、「まずは貯蓄、買物はその後」という倹約が、「ドイツの経済思想のなかで緊縮という核を形成していた」。オルド自由主義は国家の役割を否定するのではなく、かといってイギリスのニュー・リベラリズムのように需要サイドに立つのでもなく、国家の役割を「市場が有効に機能するのに必要な枠組みとなる条件を設定することにある」と考えた。

「オルド自由主義の主張によれば、正しい経済憲法は単純に理論から演繹して、国家によって押し付けられるものではない。それは適用されるコミュニティの構成員によって積極的に支持されねばならない。また、憲法に規定された条件でその構成員が行動する、という互恵的な義務に基づいた実施が重要である。要するに、だれもがルールに従うことが重要であり、みんながそうすることがそのルールを制定し正当化することになる。/そうするための適切な国家政策は、ケインジアンが主張するように、投資を後押しすることでも、金融政策を通じて物価水準を操作することでもない。そうではなく、私的権力の制限にかかわる関心を考えると、政治的に独立した中央銀行の金融政策に支えられた競争政策が、経済憲法の制度的な核を成す」(p.186)。

オルド自由主義者は「既存のビスマルク型の家父長的な福祉国家へと組み入れられ」、「一般的な正義感を満足させることができる法的ルールのシステム」となった。「オルド自由主義者は、本当は経済憲法を福祉国家に結びつけたくはなかったものの、状況と政治によってそういう形で規定されることとなった。すなわち、市場経済は社会的にならなければならなかったのである」。

第二次大戦後、西ドイツはオルド自由主義に沿った経済運営がなされた。それがあまりにうまくいったため、「(政策)オプションとしてケインズ主義を真剣に検討することはめったになかった」。中央銀行の独立性は極めて強く、また「オルド自由主義の用語を使えば、支出は乱費に等しく、中央銀行というのは特にそのような乱費の阻止を企図したものである」。

「仮にルールが競争の強化を通じて繁栄を築く枠組みを確立できるなら、需要サイドや消費ではなく、貯蓄と投資という供給サイドが重要であろう。オルド自由主義は自由主義を現代化したかもしれないが、その経済学は多くの面でスミスやヒュームと同じように古典的なままである」。

ではなぜオルド自由主義に注目することが必要なのだろうか。

「ルール・義務・強力な金融当局・弱い議会・破綻を救済する支出の禁止といったことに対する、ドイツの教訓がもしもお馴染みのものに聞こえるとすれば、それは当然だ。それがEUの基本設計なのである」。

つまりEUは第二次大戦後の(西)ドイツの経済運営を基に設計されている。ユーロ危機を悪化させる緊縮政策や硬直した金融政策にドイツが固執する理由として、しばしば第一次大戦後のハイパーインフレのトラウマが挙げられるが、これはむしろ第二次大戦後の成功体験に依るものであり、それは心理面のみならず制度としてEUに組み込まれてしまっているのである。
しかし、もしすべてのヨーロッパの国がドイツになったら、この政策はうまくいくのだろうか。

「ドイツは次のことを忘れていた。すなわち、ドイツを豊かにしてくれた輸出主導型秩序の構築に関して、その時期や文脈の両方が独特だったのは、他の諸国が同じ時期に同じことをしていなかったおかげである。今ではドイツとEUは欧州の他のすべての諸国がドイツのようになることを望んでいる。しかし、もしすべての国がドイツになったら、別種の「合成の誤謬」になり、機能しないだろう。マーティン・ウルフは次のように鮮やかに述べている。「みんなが経常収支黒字を示すことができるか? もしそうならだれに対して――火星人に対して? また、もしみんながまさに貯蓄余剰を出そうとすれば、永遠のグローバル不況以外にどんな結末がありえるだろうか?」(p.193)。


なぜ明らかに失敗に終わった政策に固執するのかといえば、それはまさに緊縮策がプラグマティックなものではなく「思想」であるためなのかもしれない。本書でも触れられているように、IMFが主導したワシントン・コンセンサスの押し付けは壊滅的な結果しか残せなかった。しかし兄弟機関ともいえる世界銀行から批判されても、IMFは意に介さなかった。IMFに言わせると、失敗に終わったのは政策が間違っていたからではなくその実行が不十分であったせいであり、これはむしろIMFの理論の正しさを証明しているということになる。それが何をもたらしたのかを考えると度し難い屁理屈であるが、IMFは責任逃れの言い訳ではなく本気でそう信じていたのかもしれない。

さすがのIMFも近年その誤りをようやく認めるようになってきたが、緊縮策に固執する経済学者の影響力は依然として強力である。そして非経済学者においても、これも近年のヨーロッパや北米の左派の動きによって多少は流れが変わってきたとはいえ、やはり依然として緊縮策こそが答えだとの意見は根強い(これに先立つ中南米の左派政権による経済運営が持続可能なものではなかったことも影響がないとはいえないのかもしれないが)。


また非経済学者が緊縮策に固執するのは、「思想」というよりも「倫理観」の誤った適用ということなのかもしれない。本書の例を借りれば、これは「不道徳なパーティの後に起こる道徳的に正しい痛み」なのだと主張されると、そうなのかと思い込んでしまいたくなる。そしてこれによって、「われわれのなかでパーティに招待された人はほとんどいないのに、会費は全員が払えと要請されている」ということが覆い隠されてしまうのである。

リーマン・ショックもユーロ危機も国の支出過剰によってもたらされたものではなく、銀行をはじめとする民間金融機関によって引き起こされたものであるにも関わらず、なぜか(というか意図的に)「公的債務」の問題にすり返られてしまう。

「債務増加で債務を解決できない」と言われると、なんとなく納得してしまいたくなるかもしれない。国家財政と家計のアナロジーは成り立たないのであるが、「赤ちゃんから老人まで含めて国民一人あたりの借金はいくら」だとか、「年収○△円の人が毎年X□円も使うなんておかしいでしょ」と言われると、つい「支出を減らせ」という気分になってしまう。
このような「常識的な考えが、その単純さゆえに誘惑的」であり、さらに、「保守派が(またもや)大嫌いな福祉国家を放逐できることから、緊縮という考え方は、決して死に絶えないように思われる」。

このような「思想」と対決するためには、まず本書で例証されているように緊縮が「実際にはうまく機能しないこと」を実証的に明らかにし、それをわかりやすく伝えていく必要があるだろう。さらに倫理的な面でいえば、緊縮策とは「富裕層の誤りを貧困層が負担することに依存していること」はいくら強調してもしすぎるということはない。

緊縮策で最初に、そして最も手ひどい打撃を受けるのは貧困層や社会的弱者である。この点については、著者には強い動機がある。著者はスコットランドの貧しい家庭の生まれなのである。母が幼い時に亡くなったため、父方の祖母に育てられた。「家計の所得は政府小切手、つまり国家からの退職年金と肉体労働者である父親からの時おりの施しであった。私は生活保護児童だったのだが、そのことに誇りを持っている」。

著者は貧困家庭からアメリカの名門大学の教授にまで登りつめた。「私が今日こうしていられるのは、今や危機そのものを生み出したと非難されているもの、すなわち国家のおかげだ」。

「英国という福祉国家のおかげで――より裕福な欧州諸国との比較ではボロボロではあったが――、私は飢餓に陥ることがなかった。祖母の年金と無償の学校給食が空腹を満たしてくれたのである。また、公営住宅のおかげで住居がないということもなかった。私が通った学校は無償であり、人生における遺伝子のすごろくで無作為に与えられた知能をもっている人々が地位を上昇させる梯子として実際に機能していた。/自分自身により深くかかわるところで私が気になるのは、仮に緊縮が唯一の前進とみられるのであれば、「労働者が銀行家を救済している」現世代にとって不公正であるばかりか、次世代には「私」のような人間は生まれないだろうということだ。英米のような社会が一九五〇年代から八〇年代まで自明のものと考えていた、私や私のような人々を生み出すことを可能にした社会的移動性は、今や実質的に機能を停止している。若年失業率は先進世界を通じて、多くの場合記録的な水準に達している。緊縮策はこのような問題を単に悪化させるだけだ。より高い成長とより多くの機会を創造するという名の下に、福祉国家を縮小するのは不快な戯言である。本書の目的はすべての読者にこの点を銘記していただき、そうすることで将来はすでに特権を有している少数者だけのものではないということを確実にするのを後押ししたい。率直に言えば、世の中では福祉児童から教授になる人がもっと増えてもいいだろう。それは残りの人を誠実にさせる効果があろう」(pp.6-7)。


本書にはこのような記述もある。

「インフレ期に関する奇妙な点は、所得分布でずっと上層にある人々が大勢の貧困層との一体感をほぼ表明する唯一の時期だということである」。「インフレが頭をもたげるといつでも、「主に貧困層にとって打撃になる」との声を耳にする」。しかし、「これはせいぜい話の半分にすぎない。なぜなら、インフレはおそらく高所得者に対する課税と考えた方がよいからだ」。

「インフレは特定階級にかかる税金である」。富裕層が何ら気にかけていないはずの貧困層との「一体感」を表明するのは、実際には「税」をかけられるのを拒もうとしているだけのことなのである。そして「緊縮が要求するデフレはより有害な政治をもたらす」。自己防衛として給与カットを受け入れると、その給与カットによって消費が減り、「他の全員に対する需要を縮小させる」ことになる。「それは例の合成の誤謬である。勝者はおらず敗者しかいない。欧州周辺国が過去数年間にわたって証明しているように、勝とうと務めるほど結末は悪くなる」。

そしてF・D・ル-ズベルトのこんな言葉が引用されている。「全員一致でこう認識しよう。(……)連邦債務はそれが二五〇億ドルであれ四〇〇億ドルであれ、国民の所得が大幅に増加して初めて支払うことができる」。


経済を縮小させるのではなく拡大させるべきだ。財政再建は富裕層から「インフレ税」をとることによってなされるべきで、その際に中・低所得者のケアをしっかりとやり、社会保障制度は守らねばならない、というのは「リフレ左派」的とでもいう政策であろう。著者はその点では紛れもない「リフレ派」であろうし、僕もこのような政策を基本的に支持している。一方で、とりわけ第二次安倍政権誕生以降の、すべてとはいわないが少なからぬ「リフレ派」(濱口桂一郎風にいうなら「りふれ派」とでもいおうか)経済学者の醜悪とすらいっていい言動を見ていると、なんとも気がめいってくるのが現状でもある。

安倍政権は税控除等を通じて富裕層への優遇策を講じる一方で貧困層に対する締め付けはむしろ強化している。このような政策は倫理的に問題があるばかりでなく、経済政策としても、デフレ脱却とは矛盾するものであるはずだ。しかしこういった政策的不合理性を軽視ないし無視し、安倍政権の行うこと(あるいは行わないこと)をできるだけ好意的に解釈し擁護しようとしている「リフレ派」経済学者を見ると、最早目的と手段とを取り違えてしまっているようにも思えてくる。

本書は日本の「リベラル派」にこそ読まれるべきなのだが、手に取るべき人々の手にはなかなか渡らないのだろう、という嘆息が聞こえるようだし、僕も類書について書く際に同じようなことをいってきた。しかしまた、本書のこのパセティックとすらいっていい「序文」を読むとこうも思う。政治的リベラル派(ここでは中道左派という意味)による「リフレ派」経済学者、あるいは経済学者全般に対する不信感がいったいどこから出てきているのかということに、(とりわけ日本の「リフレ派」の)経済学者は嘲笑をもって応える前にもっと正面から向きあうべきなのではないか。「倫理」を動員して緊縮策を説くことが得意な経済学者がいる一方で、これに立ち向かうべき立場のはずの経済学者が真の意味での倫理的課題に向き合って自らを省みることが苦手であるというのも、この不幸な状況を生み出している一因なのではないだろうか。




プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR