『マラルメの辞書学  『英単語』と人文学の再構築』

立花史著 『マラルメの辞書学  『英単語』と人文学の再構築』




詩人ステファヌ・マラルメが英語教師でもあったことは有名だろう。その仕事に必ずしもやりがいを感じていたわけではないというイメージも強く、他ならぬ当人が様々な不平を書き残している。そのマラルメには『英単語』という著作がある。タイトルの通り、英語についての本であるが、この本は言語学者からも、そしてマラルメ研究者からもあまり注目されることはなかったという(邦訳全集では「全集」であるにも関わらず抄訳である)。

マラルメが英語教師を務めていた19世紀後半はフランスにとって教育の大きな転換期でもあった。著者はサブタイトルにもあるように、人文学の歴史を概観し、当時のフランスにおける「ユマニスト」について考察している。フランス語の「ユマニスト」には、「人道主義者という現代的な意味とは別に、大きく分けて二通りの意味がある。ひとつは、ルネサンス期の人文主義者に端的に見られるように、古代ギリシャ=ローマの古典に傾倒する文化人や作家たちであり、もうひとつは――日本ではこちらの意味はほとんど知られていないと思われるが――コレージュ(フランスの中等教育機関)の新設クラスの生徒たちである」。

コレージュの人文学は、「狭義においては、文法と修辞学のあいだの学級を指す」が、さらに「第6学級からコレージュで教えられている事柄すべて」という意味でも使われる。ディドロとダランベールの『百科全書』によると、「とくに、第2学級〔詩を学ぶ学級〕が人文学と呼ばれ、〔…〕この教授職を果たすものが人文学の教授、〔ラテン語で〕humaniatis professoresと呼ばれる」のである。
詩人であり英語教師でもあったマラルメにとって、「人文学」は二重三重に関わりのあるものでもあった。


1870年に普仏戦争に敗れると、フランスでは教育改革が急務という意識が広がった。フランス兵は地理やドイツ語をまるで解せず、自国の歴史さえ知らなかった。ドイツ兵は立派な地図を手にし、将校の大半がフランス語を話せたのだから、その差は歴然としていた。

そこでラテン語の時間を少し減らし、「現用語」重視へと転換が図られた。リセの生徒は英語かドイツ語を必修科目として選択し、重要なのは「単に読むだけでなく、会話を続けられるようにしておくこと」であった。
マラルメはこのように教育システムが転換していく時代に英語教師となった。マラルメがどのような理論に影響され、どのようなメソッドを提唱したのかも扱われており、とりわけ第一章は英語(外国語)教育史に関心のある人にとっても興味深く読めることだろう。

ミシェル・ブレアルは母語であるフランス語教育でもダイレクトメソッドを唱えた。ブレアルは「語学はコミュニケーションの手段である」と考え、このような主張を行った。「言語教育で肝要なことは、まず生徒にしゃべらせることであり、しゃべるための言葉を記憶させることである。そのためには、子どもが興味を持てるように、平易で面白い読み物を与えること、そして覚えやすくて子供の生活環境に適した庶民的な詩や歌を教えることである。目的は、文学や教養に触れることではなく、身の丈にあった語学力を身につけることであり、その手段として、子供の好奇心や想像力にうったえて、記憶を促進する」。

「ブレアルは文法教育を軽視しているわけではない」。むしろ「いっそう洗練された文法教育を提唱している」。ブレアルは、子供たちは授業で教科書は閉じおいて、まず教師の口頭をつうじて規則を知り、教師の言葉を把握したうえで、教科書は「記憶のよすが〔メメント〕」として参照すべきだとしている。

これを受けてマラルメは『最新流行』において、新しい教科書は前年までのような「拷問」ではなく、学者風を吹かすのでもない、「若い女性が手にとりそうなものでありながら、寄宿学校の要求にも<リセ>の要求にも応えているのです」と書いている。

またマラルメは、イラストをふんだんに使ったアウマン・ルブランの『日常図解事典』も取り上げている。ルブランは子供に必要なのは「手引書や概論ではなく、「音、図画、感覚」」であり、子供は母親や外国人と会話や読書の練習をまずつんで、「聴覚器官や発音器官が繊細さや柔軟さ」を身につけ、その次の段階として「知的で反省的な記憶の学習」のために、「知性と五感に訴えかけ」るために、この『図解事典』が有用だとしている。「ルブランのメソッドは、現代外国語の教育を重視し、しかも音・図画・感覚による現場の実践を想定した教育に力を入れ、そこで記憶の合理化強化を図る点で、ブレアルのダイレクトメソッドと同系統のものであることがわかる」。

さらにマラルメは、ダイレクトメソッドのゆきすぎをいさめるジュール・セヴレットにも言及している。セヴレットは、「母語を習うのと同じやり方で彼らに現代言語を教えるように奨励」されていることに警告を発している。「セヴレットの教育方法は、ダイレクトメソッドに、対象年齢にあわせた文法教育を統合したものと見ることができる。そしてこれは、結果的にはブレアルの教育方法と同種のものといえるだろう」。

このあたりは現在でも通じるどころか、会話重視を強調するあまり文法を教えることを禁忌扱いしようとするかのような倒錯的な日本の初等英語教育よりもはるかに進んでいるかのようにすら思えてしまう。
このようにマラルメは当時の最新の外国語教育理論をフォローしており、後に出す『英単語』においてもルブランの影響を感じさせることになる。


ではなぜ『英単語』は等閑視されてきたのだろうか。『英単語』は、「まずもって教育的著作として把握しなおさなければならない」と著者は書いている。

言語学者は、内容の詰めが甘かったり、そもそものマラルメの英語学者としての能力不足もあって、「門外漢の奇書のように敬遠」してきた。またマラルメ研究者にとっては、「必要に迫られた労苦として受け流すか、さもなければそこに無理やり文学的着想を読みとろうと」してしまっていた。文学研究者たちは『英単語』を「文字通り読んでいなかった」のであった。

しかし、『英単語』の持ち味が、その「言語学的厳密さではなくその教育的斬新さであることを考えれば」、言語学と詩に、教育法という極を媒介させた「三極地平」が必須となる。「教育法という極を前景化して、『英単語』を位置づけなおさなければならない。マラルメが本書のなかで何度も強調している「記憶」の鍵もそこにあるのではないだろうか」。

マラルメが『英単語』で試みていることはなんだろうか。「基本単語である「主要な語」たちを一定の規則とともに提示することで記憶しやすくすると同時に、いったん記憶したあとでは、今度は自分で、その規則を他の語たちにあてはめて「図柄」を広げていく。するとそこでは、言語が、偶然とともに、偶然のなかにひそむ、人間の本能に訴えるよな対称性を際立てながら、われわれの目の前に現れるというわけである」。

『英単語』が「奇書」ともされるのは、とりわけ第一巻第一章第一節の「一覧表」に大きな要因があるのだろう。「英単語のうちアングロ=サクソン系の「単純語」だけを、独自の配列で集めた一覧表である」。

マラルメは「一覧表」において、「語家族」というグループに分類を行い、そこに収まらないものを「孤立語」としている。

例えば、dryとthirstは意味は似ているが形態が異なるので同じ語家族にならない。mow(刈る)とmow(積みわら)は、意味的に連想させ、表面上は同じ形態であるが、語源がまったく別なのでこれも同じ語家族にならない。「家」のhouseと家長としての「夫」のhusbandが同じ語家族となり、「パン」のloafとパンを割り振るのがその役目である「領主」のloadもそうなる。

語源を援用しているように、マラルメは英語という言語の歴史をふまえてこれらの語家族という概念を編み出している。しかし惜しむらくは、語源などの知識が少々怪しかったり、また同じ語がいくつもの語家族に入ってしまうなどいささか杜撰な分類であることから、言語学者からすると恣意的な思いつきのように見えてしまうのだろう。

現在では辞書がアルファベット順に並んでいることはしごく当然のことのように思えるが、辞書というものが生み出され、現在のような形態となるまでは様々な試行錯誤があった。かの有名なロジェの『シソーラス』は、当初は概念別の類義語辞典であったが、利用者は目的の単語を探すために索引に頼らねばならず、ついには公式にまずは索引を参照するようにと書かれることになり、事実上アルファベット順に屈した形になった。しかし紙の辞書から、電子辞書やCD-ROM、さらにインターネットの登場により、アルファベット順の利便性は必ずしも自明のものとはならなくなった。辞書というものの「常識」はテクノロジーによって変化が生じようとしている。このような状況下で、マラルメのこの独特の試みはまた光をあてられるべきかもしれない。そしてこのような独自の分類は、当然言葉への感性というものを映し出す。詩人マラルメについて考えるうえでも、やはり『英単語』は様々な示唆を与えてくれる本だろう。

しかしなによりも、著者がいうように、『英単語』は教育を意図して書かれた本である。「一覧表」は「“読む辞典”というより“書く辞典”」なのである。

「語源を調べ、それと単語の形態を見比べて、家族関係を平面的に配置しながら覚えてゆく。マラルメにとって重要なのはこうした発見と記憶の“過程”であって、出来上がった一覧方という“結果”は、記憶のよすが以上の存在ではない。したがってそれが、作成者以外の人にとって辞典の役割を果たすかどうかは二次的な問題である。『英単語』の目的は、自分用の辞典を作って言語史を追体験することなのである」。

英語学習において語源や語根を調べること、また調べた単語を書いて自分用の辞書を作ることは、現在でも語彙力強化のためによく挙げられる勉強法であるが、マラルメが意図したのもそこにあったのだろうか。

いずれにせよ、マラルメが「教育現場に寄り添って「辞書学」を試み」たことは確かであろうし、学生に「辞書学者の仕事の文献学的な“過程”を追体験」させようとしていたのだろう。


実は(ということもないが)僕は詩がまったく読めない人間なもので、マラルメについては通り一遍の知識しかなかった。彼が英語教師で、その職に少々の不満を抱いていたことなどは知ってはいたが、『英単語』という本についてはろくに知らず、本書がなければ、やっつけ仕事のいい加減なものだが詩人の心が感じられなくもないといった印象に留まっていただろう。本書を読んだ後に『英単語』を手に取ると、また違ったものが見えてくるかもしれない。さらには、マラルメや言語学、外国語教育などとともに、記憶術の歴史や辞書学などにも関心がある読者も面白く読めるだろう。

また19世紀後半のフランスでの外国語教育理論は、現在の日本でも参照に値するものであるようにも思える。本書は博士論文を基にした学術書であるのだが、『英語教師 夏目漱石』よろしく、『英語教師 マラルメ』なんて感じで、新書あたりに仕立て直しても結構需要があったりして。



プロフィール

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR