敵は緊縮策である

イギリスの政治・社会事情に通じているわけでもなく、ただの印象論ではありますがちょっと思ったことをダラダラと。


イギリスの国民投票によるEU離脱については様々な角度から分析できるだろうし、その作業がなされていくことと思うが(ウェールズにおいて離脱票が多かったというのは政治学というよりはむしろ心理学の領域かもしれない)、投票から数日たっても、もちろん様々な経緯が絡んでのことであるとはいえ、やはり最大の要因はナショナリズムと排外主義によるものだったのではないかとの印象は強い。

アメリカでの「トランプ現象」は共和党自身が種を播き水をやってきたことの結果だとの指摘は多い。イギリスではサッチャー時代にすでに、労働者階級に対して移民が職を奪う、移民が社会保障を食い散らかす、移民に厳しいのは保守党だという働きかけがなされていた。今回の国民投票では年齢が高くなるほど離脱派の割合が多くなっていっているが、これはサッチャーに票を投じ続けた人々が眠れる記憶を呼び覚ましたということだったのかもしれない。

そもそもデヴィッド・キャメロンは先の下院選挙において、スコットランド国民党の伸張を受けて、労働党に投票することはスコットランドを失うことだとイングランドナショナリズムを煽り、さらに国民投票を公約に入れたのも、保守党よりさらに右のUKIP票を削るための選挙戦略でもあった。この戦略は「成功」を収めたのだが、キャメロンにとって誤算だったのは、恥知らずにもナショナリズムを掻きたてた自身よりもさらに厚顔無恥なボリス・ジョンソンがこのムードを利用し、キャメロン追い落としを図るという挙に出たことだろう。

離脱に投票した人々は「エリート」や「インテリ」が右往左往することに溜飲を下げたかったというような見方もあるが、これではまさにエリート中のエリート、特権階級もいいところのジョンソンが中心的役割を果たした離脱運動に引かれていったことの説明がつかない。ジョンソンの特異なキャラクターのせいもあろうが、トランプ支持者と同じように「見たいものしか見ない」という層が着実に育っていった状況をジョンソンらが利用して首相の座を奪おうとしたというところではないだろうか。

今回の国民投票で特徴的であったのは、右から左まで、資本家から労働者階級までほぼあらゆる層にとって不利益をもたらすであろう決定がなされたことである。こちらに書いたように、アダム・スミスは「金持ちや権力者を崇敬」するような傾向は社会の道徳感情を蝕み、さらには資本主義の利点まで腐食させていくことになることを懸念していた。国家という強い存在と同一化し、富裕層と対峙するのではなく手っ取り早く叩ける移民にその標的が向かった結果、資本家にとってすら不利益をもたらす状況が生まれたのであった。

もちろんジョンソンはそんなことは百も承知で大嘘をつき煽動を行ったのだろう(離脱派のキャンペーンに誠実さという文字はない)。このように少なからぬ部分が保守党内部における権力闘争という「政局」にも起因していたものでもあろうが、それを実行に移させたのは労働党の弱体化でもあろう。政治的混乱が吹き荒れ、大不況がやってこようとも、(自分が率いる)保守党が選挙に負けることはないという確信が、ジョンソンにはあるのではないか。


イギリスにおいて教育・医療・住宅といった問題が、とりわけ労働者階級を直撃していることは確かだろう。しかしこれらは移民によってもたらされたものではなく、近年の保守党政権によって押し進められた緊縮策の結果であり、保守党がナショナリズムや排外主義を煽るのはこの事実から目をそらさせるための策略でもある。

今回の国民投票において労働党はほとんど存在感を発揮することができなかった。
緊縮策という病』にも書かれていたように、そもそもEUは緊縮を志向するドイツの「オルド自由主義」をその政策の基盤に置いている。もっと俗な言い方をすれば、非常に「ネオリベ」的である。ジェレミー・コービンはもともとがEU懐疑派であり、彼が残留運動に力が入らなかったのも当然のことなのかもしれない。

一方でEUは、労働者の保護という点に関しては保守党よりは遥かにマシであり、EUという「頚木」が外れれば保守党政権が何をしでかすかわかったものではないのであるが、「ここはひどい所であることは確かだが、あいつらに言いくるめられて向こうに行けばもっとひどいことになるぞ、もっともここにとどまっていても状況はロクに改善されることはなさそうけれど」と言ったところで人を惹きつけることはできないだろう。

さらには労働党は保守党と同じく、あるいはそれ以上に深刻な内部対立を抱えており、メディアの格好の餌食となっている。これこそがジョンソンの楽観の源であろう。

本来ならば、現在の苦境は移民によってもたらされたものではなく保守党政権による緊縮策のせいだという主張を全面に押し出して保守党と対峙すべきであるが、労働党右派はブレア時代の幻想に捉われ続け、コービンら左派はこれを押し戻すだけの力も戦略もないまま手をこまねいているだけである。


ギリシャのシリザについては左右双方から厳しい評価があるだろう。しかし、個人的には早々に政権が瓦解してギリシャは極右の手に落ちるのではないかと恐れていたのだが、意外なほどのふんばりをみせている。
スペインでも選挙があり、イギリスの国民投票の結果の余波なのか、反緊縮を掲げるポデモスは事前の予想ほどには議席を伸ばせなかったが、それでもその存在感は健在である。そしてスペインでは極右は伸張していない。

シリザやポデモスをとりあえずは「左派ポピュリズム」と呼んでおこう。ハンガリーやポーランドなどEU圏内の東欧諸国の多くの極右化はますます進行しており、またドイツやフランスなどでも極右はその勢力を拡大させている。こういった国々には左派ポピュリズムの大きなうねりは見られない。もちろん南欧と西欧、東欧では社会状況も経済状況もまったく異なるので単純な比較はできないが、左派ポピュリズムの欠如は極右の勢力拡大の歯止めのなさにもつながっているとも考えられる(もっともこれは卵が先か鶏が先かということなのかもしれないが)。

アメリカにおいて、バーニー・サンダースの支持者がトランプ支持者と同類だとされるのはヒラリー・クリントン陣営による印象操作という部分もあったので鵜呑みにしてはいけないが、しかしサンダース支持者の一部の言動を見るとそのような傾向は皆無であるとも言い切れない。言葉を代えれば、サンダースがいたからこそ踏みとどまれた人もいたとすることもできるだろう。

もちろんこのような左派ポピュリズムには危うさもあって、民主党予備選終盤でのサンダース陣営によるクリントンへのネガティブ・キャンペーンの質については首をかしげざるを得ないものもあったように、「ダークサイド」に落ちてしまう可能性を孕んでもいる。またイタリアの五つ星運動のように、まさに「右も左もない」、とにかく手っ取り早く受けそうなことならなんでもアリというポピュリズムの極地のような勢力を生み出してしまう危険性も秘めてもいる。


左派ポピュリズムは主要メディアにおいては当然ながら評判が悪く、バッシングを招くか無視されるかのどちらかであろう。左派政党が左派色を薄め、「ビジネスフレンドリー」で「持続可能な社会保障」のための「痛みを伴う改革」も適宜行うという姿を打ち出せば、メディア受けは非常にいいことだろう。しかしそうなれば、わざわざ左派政党に投票する必要はなくなり、労働者階級や貧しい人々がナショナリズムや排外主義など直接感情に訴えてくる保守・右派政党に吸い寄せられていくこととなる。

アメリカでもリベラルがアイデンティティ・ポリティクスなどにばかりかまけていた結果経済的苦境にある労働者の支持を失っていったという指摘もあるが、個人的にはこの手の見方は要注意であるとは思っている。しかしまた、大学教授が大学生に語りかけるように政策を訴えても労働者階級にはまるで響かないという指摘は、無視していいものではないだろう。同時に、苦境にある人々に寄り添うことは大切であるが、因果関係を転倒させて排外主義に惹かれる人々の正当化に陥れば、それこそ保守・右派陣営の思うツボともなる。

世界のあちらこちらから谺する「取り戻す!」の掛け声はなんとも憂鬱にさせられるものであるが、「あんなものに惹かれる連中はトンカツ屋に駆け込む豚の群れのようなものだ」と悪態をついたところでどうなるものでもない。

左派勢力が労働者階級にアウトリーチするためには何が必要なのだろうか。
まずは敵は緊縮策だという認識を、最低限の土台として築き上げることことが重要であり、これができない限り左派は、扇情的な右派にいいようにやられ続けてしまうことになるだろう。
左派は今回の国民投票の結果から大いに学び取る必要があるが、間違った回答を導き出して回り道している余裕はない。もちろんこれはイギリスの左派に限った話ではない。


敵を見誤るな、真の敵は緊縮策である! と、それが言いたくてダラダラ書いてしまいました。



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佐藤太郎(仮)

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