個人的な……

新聞等でインフルエンザを「インフル」と略すのはもう見慣れたが、では個人的には違和感が消えたのかといえばそうではない。最近よく目にするようになったものではバングラデシュを「バングラ」と略すのもまたそうだ。紙数に限りがあることは言われなくてもわかっているが、しかしその三文字を略すことで何か有益な情報が詰め込めているのか、という気持ちが拭えないのである。……なんてことをぶつくさ言いながら、このところ久しぶりに『バングラデシュ・コンサート』を引っ張り出して聴いている。




1960年代後半から西パキスタンと東パキスタンの関係は緊張の度を増し、後に独立しバングラデシュとなる東パキスタンからは大量の犠牲者が出て、数多くの難民が発生した。シタールの師であるベンガル出身のラヴィ・シャンカールからの要請を受けて、ジョージ・ハリスンを中心に行われたチャリティーコンサートの模様を収めたのがこのアルバムである。久しぶりに手に取って気付いたのだが、このコンサートが行われたのは1971年8月1日なので、間もなく丸45年ということになる。

「めちゃくちゃになっている こんな苦しみは見たことがない 手を差し伸べなくては 理解しなくちゃ」 「こんなひどい惨事が 理解できないよ めちゃくちゃだ こんな苦しみなど知らなかった お願いだから背を向けないでくれ 声を聞かせてくれ バングラデシュの人たちを救わなくては バングラデシュを救わなくては」というジョージが作った「バングラデシュ」の歌詞は、固有名詞を入れ替えれば今でもそのまま通用してしまいそうなのは、なんとも辛い。



ところで、ラヴィ・シャンカールがチューニングを終えると拍手がわいて、「チューニングをこれほど気に入っていただけたのなら、演奏はさらに楽しんでもらえることでしょう」と言っているのだけれど、これって「待ってました」の拍手なのか、チューニングだと思わずに一曲終わったと思ってパチパチやってしまったのとどちらなのだろう。クラシックのコンサートでもちょっとした間で拍手をしてしまう人がいるが、「やっちまったぜ……」という感じだったのだろうか。


またこのコンサートは、何度かあったビートルズの4人が解散後に同じステージに上る可能性があったものの一つとしても知られている。ジョンは参加するつもりでいたがヨーコをステージに上げるのをジョージに拒まれたために参加を取りやめたとされ、ポールはビートルズ再結成の期待をもたせたくないということで見合わせた。ちなみにここでも披露されている「ワー・ワー」は、映画「レット・イット・ビー」において最も有名かもしれない場面である、ポールがジョージに対してギターを「指導」し、ジョージが気分を害して険悪な雰囲気となるというあの出来事の後に書かれたもので、ポールについての歌だとされている。「君には僕の涙が見えない 君には僕の歌が聞こえない」なんて目の前で歌われてたら、ポールはどんな気分になったのだろうか。









そういえばジョージの追悼コンサートではやってましたね。ポールの表情がやや微妙に思えるのは気のせいか。






それでもなかなか豪華な面々が集まったが、中でも注目を集めたのがボブ・ディランとエリック・クラプトンだった。
ディランはバイク事故以降公の場にほとんど姿を現さず、69年のワイト島でのフェス以来久々のライヴだった。後にトラヴェリング・ウィルベリーズも一緒にやるように、ディランはビートルズのメンバーの中ではジョージと一番仲がよかった。








ジョージの親友といえばなんといってもクラプトンである。当時クラプトンはヤク中アル中で心身共にボロボロでほとんど人前に現れることはなかったが、こちらもジョージの友情に応えた。




それにしても、45年前の人にジョージよりもクラプトンの方が長生きするよ、と言っても誰も信じなかったことだろう。世の中どいうのはなにがどうなるのか本当にわからない。バッドフィンガーも参加しているが、いろいろ哀しくもなってくる。

レコード化にあたりプロデューサーをジョージと共に務めたのはフィル・スペクターであるが、この30年ほど後にあんなことになるよ、と当時の人に言ったとしても誰も……驚かないかもしれない。

ちょうど『オール・シングス・マスト・パス』が出た後ということでこのアルバムから多くの曲が演奏されている。ご存知の通り、フィル・スペクターは未完成のまま放り出された「ゲット・バック・セッション」をアルバム『レット・イット・ビー』に仕上げるが、ポールはスペクターによる過剰プロデュースに激怒した。一方ジョージとジョンはスペクターをソロ・アルバムのプロデューサーに起用しており、『オール・シングス・マスト・パス』もフィル・スペクタープロデュースである。




個人的にはタイトル曲の「オール・シングス・マスト・パス」は『アンソロジー 3』に収録されることになるギターでのシンプルな弾き語りの方が合っているような気がしなくもない。ポールは「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」がスペクターにストリングスと女性コーラスを足されて大仰なアレンジにされたことに腹を立てたのだが、個人的には「オールシングス・マスト・パス」も装飾を削った方がより曲の魅力が引き立つように感じられる。





ではジョージとフィル・スペクターは合わないのかといえば、「ウォール・オブ・サウンド」が全開となっていて心地よい曲も多い。まあこのあたりのアレンジというのは完全に好みの問題で、「ヒア・カムズ・ザ・サン」(これはフィル・スペクターは関係ないが)なんかは僕はやっぱりあのシンセがないと物足りないなあなんて感じるのだが(ジョージはいち早く電子楽器にはまっていた)、『バングラデシュ・コンサート』でのようにシンプルにアコギだけで十分だし余計な音を加える必要なんてないじゃん、となる人の方が多いかもしれない。



『オール・シングス・マスト・パス』の中では個人的には分厚い音の「ホワット・イズ・ライフ」が一番好きなのだけれど、この曲のどこがどう好きなのかと訊かれてもうまく答えられそうにない。




個人的な好みの問題といえば、ちょうどジョン・カーニー監督の『シング・ストリート』が公開されているが、前作『はじまりのうた』のキーラ・ナイトレイの歌声はもうどんぴしゃに好みで、これを聴いただけでもうたまらんという感じになった。



一方で同じ曲を歌っても、アレンジや歌手によってこうも異なるのかというのがこちら。アダム・レヴィーンのバージョンはアレンジも歌い方もとにかく苦手で、もう笑ってしまいたくなるくらい嫌なのだけれど(なんだよ、あの裏声は!)、これなど理屈の問題ではなく、それを言っちゃあおしまいよという言葉を使えば、生理の問題なのだろう。









音楽映画といえば『ラブ&マーシー』はブライアン・ウィルソンの精神が1960年代に崩壊していくのと80年代についに回復し始める様子とが平行して描かれるのであるが、映画そのものの出来がどうというのではなく、個人的な好みでいえば80年代のパートはいらなくて60年代の『ペット・サウンズ』の成功から『スマイル』の挫折のみでもよかったんじゃないかとも思ってしまった。まあそれならいっそのことハル・ブレイン(『ラブ&マーシー』でもいい味を出していた)を狂言回しにして50年代後半からの10年ほどのアメリカの音楽シーンを描くというような映画があってもいいのかもしれない。フィル・スペクターも大活躍することになるしね。






という感じで『オール・シングス・マスト・パス』も聴いているのだけれど、『バングラデシュ・コンサート』には未収録ながらリハは行われていて、『オールシングス・マスト・パス』には収録されているディラン作の「イフ・ノット・ユー」であるが、聴き返すたびに思うのだけれど、これって「ピース,ラヴ・アンド・アンダースタンディング」の、とりわけエルヴィス・コステロ版に影響を与えているような気がするのだが、個人的な思い込みだろうか。こういうのって一度そう聞こえてしまうともうそうとしか思えなくなってしまうのですよね、という感じで現実逃避をしている……









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佐藤太郎(仮)

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