『マッドメン』

諸星大二郎著 『マッドメン』




宮崎駿は諸星の作品、とりわけこの『マッドメン』から強い影響を受けたとされているが、実際に読んでみるとなるほど、疑いようもなくその通りであった。「バルス」という言葉も出てくるが(『マッドメン』においてはピジン語で飛行機を指し、現地語で鳩の意味であるとされている)、何よりも『もののけ姫』に与えた影響が大きい。コマ単位での視覚的イメージもさることながら、ストーリー的にもかなりの影響を与えている。また『風の谷のナウシカ』の漫画版の、とりわけその後半も『マッドメン』からの影響は相当にあるだろう。


文化人類学者である波子の父はニューギニアでの調査から帰国した。彼はコドワという、「ガワン族のしゅう長のむすこ」を連れ帰った。コドワは西洋式の教育も受け、英語と日本語ができ、近代的な科学知識も身につけていた。同時に、精霊の存在をはじめとする伝統的な世界観もまた保ち続けている。波子はコドワの奇妙にも思える言動にとまどうが、彼に好感もおぼえる。しかしコドワの出自にまつわる話を偶然耳にし、父がなぜコドワを日本に連れてきたのかを知ってしまう。コドワは父が死んだのでニューギニアに帰ると言い、波子に魔除けのお守りを渡して、「おれナミコがすきだ ナミコがそれつけていればきっとまた会える……」と言うのだった。そして波子の周囲に恐ろしい事件が起こることになる……


『マッドメン』の「マッド」は泥のほうのmudであるが(この作品からインスピレーションを受けた細野晴臣によるYMOのMadmenはレコード会社が綴りを間違えてしまったのだそうだ)、狂気の方のマッド・サイエンティストならぬマッド・アンソロポロジスト(人類学者)、あるいはマッド・アルケオロジスト(考古学者)が影の主役といってもいいだろう。

「文明」と「未開」の間に立つコドワを通して、かつての人類学にあった歪んだ動機や欲望によってもたらされる悲劇を象徴的に描いたとも解釈できよう。一方で、「マッドメン」にしろ「ペイ・バック」にしろ、その信仰や伝統が英語で言い表されるように、一見すると「善意」の側、つまり「未開の部族」などと蔑むのでなく彼らの伝統を尊重したうえで記録しようと考えている側も、どうしても根本的な部分で矛盾を抱えてしまうことにもなる。見ようによってはこの作品も「未開人」の「野蛮」な風習を描いたとも受け取られかねないのは、まさにこの矛盾を体現しているかのようだ。諸星自身が人類学や比較神話学の知見を大いに取り入れ、そのようなアカデミックな知の蓄積があってこそ生み出せた作品であるが、それゆえにこの矛盾も本質的に孕んでいるところもあるようにも思えてしまう。

宮崎の場合は、諸星から影響を受けた『ナウシカ』や『もののけ姫』ではSFや遠い過去の物語とし、「現実」や「現在」から切り離してこの矛盾を回避することで大衆的な人気を得ることができたともできるだろうし、また無謀とも思えるテーマに挑むことに惹かれることが、彼をあそこまでの監督に成長させたということでもあるのだろう。

と、どうしても宮崎についても語ってしまいたくなるのだが、宮崎駿云々というのを置いといても、確かになかなかすごい作品であった。



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佐藤太郎(仮)

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