『アメリカの反知性主義』

リチャード・ホフスタッター著 『アメリカの反知性主義』



森本あんりの『反知性主義』は、アメリカ史のある一面を知るうえでも、また現在のアメリカについて考えるうえでも大いに役立ってくれることだろう。しかしホフスッタター的文脈で「反知性主義」について考えると、森本はいささかその明るい面を見すぎているようにも感じられた……のだが、比較しようにも肝腎のホフスタッターの『アメリカの反知性主義』は大分前に読んだきりであらかた内容を忘れてしまっていたため、久しぶりに再読してみた。

読み返してみるとやはり『アメリカの反知性主義』はホフスタッターの憂鬱さや苛立ちを感じさせるものとなっており、方や森本のほうは「社会の不健全さよりもむしろ健全さを示す指標だった」とあるように、その肯定的な面をより強く見ようとしたものとなっている。これはどちらが真でどちらが偽かということではなく、コインの裏表のようなものと考えたほうがいいのだろう。


ホフスタッターは「反知性主義」という言葉が広く使われるようになったのは1950年代のことだとしている。マッカーシズムが吹き荒れ、「知識人を惹きつける力は近年まれに見るものだった」アドレイ・スティーヴンソンが「凡庸」なドワイト・アイゼンハウアーに二度に渡って破れるという時代だ。1952年には「反知性主義という妖怪にひどく悩まされていたのは知識人だけだった」が、58年には「反知性主義は重大な、そして危険ともいえる国家的弱点だという考えを、大半の思慮ぶかい人びとが受け入れたのである」。

一方でホフスタッターは、「明確な定義もないまま、この用語はわれわれの語法のなかに忍び込み、現在ではさまざまな歓迎されざる現象を叙述するのに広く用いられている」としている。近年日本でも「反知性主義」という言葉が飛び交うようになり、それに対して言葉の濫用だという批判もあるが、しかしそもそも大元であるアメリカでもこのように使われていたのであった(「さまざまな歓迎されざる現象を叙述するのに広く用いられている」という点では、むしろ原著刊行の頃のアメリカでの使用のされ方に忠実であるとしてもいいのかもしれない)。

またこのような「濫用」はホフスタッター自身が招いたという面もあるだろう。反知性主義について論じるには、反知性主義とは何かを定義しなくてはならないはずだが、「本書では、厳密な――あるいは狭い――定義には固執しない」としている。実際に「反知性主義とは何か」の明確な答えを求めて本書を読むと、肩透かしをくらうかもしれない。ホフスタッターがここで試みたのは反知性主義を定義づけることではなく、「反知性主義はつながった一本の糸ではなく、時とともに勢いを変える多用な原因から力を引き出す勢力である」としてあるように、反知性主義としてまとめ得る現象の数々を集め、矛盾するかのようなそのさまざまな現象を個々の文脈に沿って解析することである。

あえて反知性主義を定義づけるなら、それは「知恵」を重んじるが「知識」を軽んじること、「知恵」のある者を称揚するが「知識」のある者(あるいは「知識」しかない者)を侮蔑するメンタリティとすることができるだろう。森本の言葉を借りると、反知性主義というと「知性的なことに何でも反対する」という「反・知性」というのをイメージしてしまうが、anti-intellectualismは「反インテリ」とでも訳したほうが日本語の語感においてはより正確に伝わるだろう。

ホフスタッターもこれをアメリカ合衆国のみに見られる特有の現象ではないとしているように、現実を見ずに机上の空論を弄ぶだけ、衒学的議論に終始して浮世離れしている、考えることはできても行動することは苦手、特権的環境によって得られた「知識」をひけらかして「普通の人」を小馬鹿にしているといったインテリに対する否定的イメージはアメリカや日本に限らず、あらゆる場所で見ることができるだろう。またインテリへの否定的感情は右翼的勢力と結びつきやすいが、だからといって必ずしも反知性主義がそのまま右翼的現象であるわけではない。ホフスタッターがあげる事例の多くが保守・右派層と結びついたものであるが、また左派的な反知性主義も取り上げられている。

「反知性主義は正反対の対立する諸勢力にみられる特徴である。実業家と労働組合指導者は、驚くほど似たような見方を知的階級に対してもちうる。さらに、進歩的な教育自体のなかにも、強烈な反知性主義的要素が含まれている。しかも進歩的教育をもっとも厳しく攻撃する右翼の自警団員も、自分たち自身の反知性主義を標榜する。もっともその反知性主義は、スタイルは違うが、進歩派ほどあいまいではなく、ずっと戦闘的である」。

本書のメインテーマはアメリカ史を振り返ることによって反知性主義とは何かを炙り出すことにあるというよりは、知識人と大衆の分断の歴史を描くことであり、幾度か「和解」が行われながら、かくもあっさりとそれ崩壊してしまった歴史を辿り、(原著刊行時の)「現在」の知識人像を明らかにすることで、この課題にいかにして挑むべきかを考察したものとなっている。


といった感じのことは頭に入っていたのだが、久しぶりに読み返してみると忘れていたことが多かったどころか、意味を取り違えて記憶してしまっていたところも少なからずあった。

僕が大きな勘違いをしていたところは、建国間もなくに起こった反知性主義の嚆矢ともいえる事件だ。強力な連邦政府を作るべきだと考える「フェデラリスト」と州権を重視するトマス・ジェファソンの間で激しい論争が起こった。僕はフェデラリスト側が「知性」を代表し、州権重視側(こちらはアメリカでは保守となる)が「反知性主義」的であったと単純化して考えてしまっていたのだが、ホフスタッターはフェデラリストが「反知性主義のイメージを先取り」してジェファソンを批判していたことを取り上げている。ジェファソンを「哲学者」だと評し、その「「空論的」リーダーシップがいかに不安定で危険か」、また「哲学者は政治のやり方も理論一点張りだ」というパンフレットが刊行されたのだという。まさにこれは典型的な反知性主義の表れである。「必要なのは知性ではなく、人格」だとされ、この点でもジェファソンは批判された。

しかしフェデラリストは反知性主義でジェファソンはその被害者だった、とするのは早計だ。「反知性主義でも教条的な平等主義者でもなかった」ジェファソン自身も、「農民と大学教授に道徳について書かせてみなさい。農民は大学教授と同等の、あるいはそれ以上の判断を示すでしょう。農民は人為的な規則に惑わされていないからです」とある手紙に書いている。
このように、建国間もなくに対立していた両勢力はともに反知性主義的傾向を持っていた。

とはいえ、アメリカ合衆国は一種の貴族主義によって運営されていっていた。これは権力と知識人との間に紐帯が存在していたという面でもある。これを完全に打ち壊したのが「ジャクソニアン・デモクラシー」のアンドリュー・ジャクソンであった。これ以降アメリカは、知識人との和解と決裂とを繰り返していくことになる。リンカン政権時、ウィルソン政権時、そしてフランクリン・ローズヴェルト政権時と、知識人との和解が図られるが、すぐに反動がやってくる。とりわけ20世紀に入って以降は右派勢力によるリベラル派攻撃と反知性主義とが結びつくことが多くなる。

ホフスタッターはケネディを取り上げ、彼が多読家であることから、「本を読むこと、さらに本を書くことは、知性があるという定評とその他必要な資質を兼ね備えた大統領候補にとってはけっして致命的な障害にならないことを明らかにした」とあるが、皮肉なことにケネディ政権の「ベスト&ブライテスト」たちの失敗によって、ホフスタッターが毛嫌いしているニクソン大統領への道が開けてしまった。そして反知性主義はこれ以降のアメリカでますます強まったように思える。こう考えるとインテリであることが誰の目からも明らかなオバマ大統領の誕生は、人種的バックグラウンド抜きにしても奇跡的なことのように思えてしまう。


大統領といえば、セオドア・ローズヴェルトは「喜劇的なまでに調子の高い声」で、「ニューヨークの名門一門がつかうお国訛り」で演説をしたため、「政治家としての経歴を不運なかたちで歩みはじめた」のだが、反知性主義を逆手に取ることで成功することになる。彼が全米で人気を集めたのは、「東部の富裕階級に属し、ハーヴァード大学出身の健筆家でありながら、カウボーイや義勇騎兵隊の兵たちとつきあう術も心得ていたのが大きな理由だった」。

ブッシュ・ジュニアはテキサス訛りを選挙で勝つために勉強して身につけたのだが、これもアメリカの伝統といえばそうなのかもしれない。ホフスタッターがスティーヴンソンの敗北について、反知性主義の表れだとする一方で反知性主義だけが要因ではないとしているところは、当時の文脈がわからないと理解できないのかといえばそうではなく、むしろ今の読者の方がよくわかるかもしれない。

スティーヴンソンには「ウィット」があったが、これは格好の攻撃の的となり、「道化」のように描かれることになった。リンカンやセオドア、そしてフランクリン・ローズヴェルトは「単純で親しみやすい」、「土俗性」のあるユーモアをうまく使った。「ウィットは知的に磨かれたユーモアである。ユーモアよりも鋭く、品位や洗練と結びついているため貴族趣味が強く感じられる」。このあたりもブッシュ対ゴアの選挙を思い起こさせるところである。


また完全に記憶から抜け落ちていたところといえば、「たたき上げ」についての記述である。ホフスタッターがベンジャミン・フランクリンを「知識人」に加えていたのは意外であった。フランクリンこそまさに「セルフ・メイド・マン」の代表格、むしろ反知性主義の側がかつぎそうな人物ではないのか。ホフスタッターも、「<たたき上げ>の理想は歴史的にピューリタンの説教とプロテスタントの天職思想から派生したもので、特別新しい考え方ではない。事実、ベンジャミン・フランクリンもこの考え方を説いている」としている。「ただし、フランクリン自身が、その俗受けするだけの処世訓にしたがって後半生を送ったわけではないことを見逃してはならない」ともしている。

「アメリカに特徴的な<たたき上げ>が目立つ存在となったのは、一九世紀はじめだった」とあるように、<たたき上げ>は建国時から広く理想化されてきた考えでは必ずしもなかった。そして自助を唱える文学作品が数多く生み出されていくようになったのもこの頃からであるようだ。

「自助の作家や<たたき上げ>の人びとが唱えた人格の概念には、彼らが漠然と天才と呼ぶものは入っていない」。
「生まれながらに卓越した才能をもつ人間は、人格を発展させる動機も能力もないと見なされていた。平均的な人間でも長所を伸ばし、常識を磨くことによって天才と同等、あるいはそれ以上の存在になれると考えられたのである」。

とはいえ、「自助の文学作家」と<たたき上げ>の意見は必ずしも一致していたわけではない。「自助の文学の作家」は正規の教育を受けるよう奨励した。一方実業界の<たたき上げ>は「こうした記述に納得していなかった」。
実業界では、無料公立学校が「より有能で規律ある労働者を産み出すと考える人びとと、税金を払いたくないとか教育は労働者の不満をつのらせるだけだと思う人びと」とに二分されていた。「彼らの意見がほぼ一致していたのは、教育をもっと「実用的」にすべきだということ、および高等教育――少なくとも昔の古典的大学がそう見なしていたもの――はビジネスには無益だということの二点である」。

「実業界は、高等学校レベルで職業・商業教育をおこなわせるため長いあいだキャンペーンを張り、おおむね目的を達成した」というのは、まるでここ数年の日本の教育「改革」を見るかのようである。

「ハーヴァードのビジネススクールの学部長だったウォーラス・ドーナムは、中西部のあるビジネススクールに、労働組合組織の問題にかんする講座を開くよう提案したとき、「わが校の学生にマネージメントや経営方針に対する疑問を抱かせるものは望ましくない」との返答を受けた」そうだが、このあたりも、「実用的」な教育を望みつつ労働者に余計な知恵はつけさせたくないと考える昨今の日本の教育とも重なる。ただホフスッタッターも書いているように、カーネギーやスタンフォードら富豪によって設立された大学によって、いい意味でアメリカの大学教育が刷新されたという面もあるが、こういったことは日本ではどうだろうか。


「反知性主義は、この国の民主的制度や平等主義的感情に根差している」とあるように、ホフスッタッターも反知性主義に肯定的な面があることも認めている。すでに引用したジェファソンによる「農民」への信頼はその表れだろう。しかしまた、反知性主義は極端な形をとって表れることが多いのも確かだ。

急進主義に染まったドス・パソスは第一次大戦中にこう書いている。「あの馬鹿げた大学、そこに通う立派な若者たち、詰め込み教育者――あらゆるかたちのろくでもない文化や、中産階級的俗物主義をなくしてしまいたい」。

アメリカ共産党と比べて多様性を保っていて社会党の穏健派指導者ユージーン・デブズは「知的という語を非難のためにもちいいるべきではないと諌めた」。デブズはブレーンが必要であることを理解していたし、党は知識人を惹きつけるよう努力するべきだと考えていた。しかし同時に、「知識人の組織が労働者によって運営されるべきでないのとおなじく、労働者の組織も知識人によって運営されるべきではない」とも考えていた。「知識人が公職に就くことに対する彼の恐れは、社会主義運動内での階級分化や官僚制化に対する彼のおそれとおなじものだ」。これはジャクソニアン・デモクラシーと通底する発想でもある。

ジェファソンはもちろん、ドス・パソスも発想としては「善意」であったのだろう。しかしこの知識人への警戒感は、デブズのように比較的穏健な左翼指導者にとっても「恐れ」へとつながっていってしまう。


反知性主義は反近代主義という側面も持っている。これがもっともグロテスクに露出するのがキリスト教「根本主義者」においてだろう。徹底して近代化と戦おうとしたビリー・サンディは、「何千人もの大学卒業生がまっさかさまに地獄へ落ちる。もし私が一〇〇万ドルもっていたなら、九九万九九九九ドルは教会に寄贈する。教育に払うのは一ドルで十分だ」「神のことばと違ったことをいうなら、学者は地獄へ行け」と説教した。

「正統な教義に対する挑戦は、もはや軽視できなくなった。それほど勢力が強まり、社会の中心的勢力や上層部への浸透も進んだからである」というのは、現在のアメリカを見ているようでもある。

反知性主義が反近代主義という側面ももっているとすれば、当然男女平等などという発想はなく、むしろ固定的な性別イメージに固執することになる。「政治活動は男の特権」であり、「政治において重要な役割をはたす能力が事実上男らしさの決め手になる」。一方参政権を求める女性に対しては、「汚い政治活動という男の世界に女性が入り込めば、女性は堕落して男性化してしまう」。男女平等を求めることは男は男らしさを失い、女は女らしさを失うのだと考えられた。「長髪の男とショートヘアの女」という「改革者に向けられた古いきまり文句」は過去のものだろうか。すでに書いたように、セオドア・ロ-ズヴェルトはマッチョなイメージを打ち出すことによって大衆的な人気を獲得した。アメリカ共産党でもある時期までは「肉太の男らしさ」が要求され、ひ弱なイメージのある文学者は冷ややかな扱いを受けた。ケネディ対ニクソンの大統領選挙において決まり手となったのがテレビ討論であったとされるが、ケネディが若く清々しい、男性的魅力を振りまくことに成功したためだったすることもできる。そして公然と女性蔑視発言を続けるドナルド・トランプは、ここでもアメリカの「伝統」を体現しているのかもしれない。


このように、反知性主義そのものが右派的であったり左派的であるのではなく、左右どちらにも見られるものである。ではなぜ、それこそホフスタッターが本書を書くきっかけとなった1950年代のアメリカに典型的なように、とりわけ近年になって右派的反知性主義が目立つのだろうか。

大恐慌が起こると、「圧倒的多数の福音主義者が、いまや政治的にリベラルまたは左翼になってしまった」。しかし、「それでも、平信徒は牧師のように左傾化しなかった。保守派平信徒の多くは、新しい社会的福音主義運動の発展によって、教派の多数派と肌合いの異なる新しい「司祭階級」(ある右派教会人のことば)が生み出されると感じていた。こうして彼らのあいだには孤立感や無力感が高まり、勢力は弱まっていった。しかし、依然としてかなりの数にのぼっていた根本主義者は、こうした感情から、ニューディールに反対する狂信的右翼に加わったのである。十字架の根本主義に国旗の原理主義が加わったのである。原理主義は一九三〇年代以降、一貫してアメリカ政治における極右の重要な構成要素であり、強い根本主義者的思想傾向を示すことが多い。そして政治的原理主義のこうした流れを代表する者たちは、進化論論争にみられた庶民的反知性を保ち続けてきた」。

この粘り強さ、極右との合体、直感的な庶民性といったあたりは、日本の宗教右翼とも共通項を見出せなくもない。


と、2016年に読み返してみても(あるいはむしろ今だからこそ)、アメリカについて考えるうえでも必読書であるということが再確認できるし、またアメリカの現象のみに限らず、日本、そしてその他の地域について考えるうえでも示唆してくれるものは多い。

ところでホフスタッターの伝記あたりも訳されてくれないかな。そうすれば彼の危機感や動機といったものにさらに理解が深まると思うのだが。



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佐藤太郎(仮)

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