『白鯨との闘い』

ナサニエル・フィルブリック著 『復讐する海  捕鯨船エセックス号の悲劇』

映画の公開に合わせて『白鯨との闘い』というタイトルで文庫化されているが、今回手に取ったのは単行本の方。ちなみに原題はIn the Heart of the Seaで、映画も同じ。




なぜ「白鯨」云々なる邦題がつけられているのかというと、もちろんメルヴィルの『白鯨』が本書で扱われる捕鯨船エッセクス号が鯨の襲撃を受け沈没したという事件にインスピレーションを得て書かれたものだからだ。

アメリカ文学を代表する、あるいはアメリカ文学最高峰の作品であるとしてもいい『白鯨』は読みやすい作品とはお世辞にも言えない(正直に告白すると、僕も一応は通読しているものの、一応という留保をつけずにはいられないほど、どれほど読めたのかは極めて怪しい)。実際の事件の顛末や捕鯨の実態などが描かれている本書を『白鯨』の副読本的に読むことによって、少しはとっつきやすくなるかもしれない。


1821年2月、チリ沖を北に向かっていたドーフィン号の見張り番が奇妙なものを発見する。望遠鏡を向けると、それはホエールボートだった。「しかしホエールボートにしてはひどく変わっていた。船縁を一五センチほど高くしてある。まにあわせのマストが二本立てられ、手こぎ舟が簡単なスクーナー船に変えられていた」。しかし「舵取りオールのあたりに人の姿は見えない」。舵手がなんとか漂流船にドーフィン号を近づけたが、「船がボートを見おろせる位置にあった数秒間に目にした光景は、船員たちにとって生涯忘れられないものとなった」。最初に目に入ったのは骨だった……

と語られるのはエピローグではなく序文である。このことからもわかるように、メルヴィルは船が鯨に沈められエイハブ船長が海中に消えていくところで物語を閉じたが、語り手のイシュメールが生き延びたように(生き延びねばどうやって物語を語れようか)、エセックス号の船員数名も生き延びた。本書はむしろ、エセックス号が沈んだ後の長期に渡る苦難に満ちた漂流生活とその後を詳しく描いたものとなっている。

18世紀から19世紀にかけての捕鯨がいかなるものであったのかが、そのシステムも含めてよくわかるようになっているが、それと合わせて、先住民のワンパノアグ族の言葉で「遠くの土地」という意味を持つナンタケット島の歴史を描いたものでもある。ナンタケット島は捕鯨を発見し、遠洋捕鯨を行うようになったことで極めて豊かな島となった。しかしペンシルヴァニア州で石油が掘り当てられ鯨油の需要が一気に低下する以前に、ナンタケット島の捕鯨業は没落し、島はゴーストタウンのようになっていった。乱獲によって鯨を獲り尽し、他の捕鯨船が新たな漁場を開発していったのに対し、ナンタケット島の捕鯨業者は古い漁場に固執し、衰退してしまった。

ナンタケット島は捕鯨に翻弄されたといえるかもしれないが、それ以外にも興味深い歴史を持った島でもある。平和主義で知られるクエーカー教徒が中心であったが、船主はこと捕鯨となると「場合によっては捕鯨船員に負けないほどの非情ぶりを発揮した」とあるように、クエーカー教徒らしからぬ一面が発揮されたようにも見える。しかし1820年代にナンタケットの捕鯨船の話を書いたウィリアム・コムストックは、むしろクエーカー教徒であることがこれを助長したとしている。「不幸なことに、(クエーカー教徒は)怒りを表現することを禁じられているため、それがはけ口を失って胸にたまっていく。彼らは口では愛を唱えるが……心に抱いた恨みや悪意のため、人間が本来もつやさしさを発揮できない」。

このクエーカー教徒評が的を射たものかはともかく、捕鯨の衰退とナンタケット島で起こる宗教的分裂とは、卵が先か鶏が先かとも思える出来事であるし、また男たちが長期遠洋捕鯨に出るため、女たちが「うちの人」と呼ぶ性具によってさびしさを紛らわせていたという話もあるように(1979年には「一九世紀の手紙やアヘンチンキのびんとともに、石膏でできた長さ十五センチの張形が見つかっている」そうだ)、クエーカー教徒の一般的なイメージを揺さぶるものという面もあるのかもしれない。

またエセックス号と乗組員の漂流生活にインスピレーションを受けたのはメルヴィルだけではなく、ポーの「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」で人肉食など実際に起こった出来事を扱っている。

エセックス号事件はナンタケット島の人々にとっては長らくあまり積極的に触れたくない話であったようだ。しかし人肉食等はやむを得ないこととして、少なくとも表向きに糾弾されることはなかった。むしろナンタケット島の住人、そしてクエーカー教徒にとってひっかかりがあったのは人種問題であったようだ。エセックス号には黒人の船員も乗船していた。そして漂流生活で最初に「食料」となっていったのは黒人船員たちだった。白人乗組員が黒人を意図的に差別し死を早めたという証拠はない。しかし食料の分配等が公正になされていたのかという疑念はぬぐいきれない。

ナンタケット島は「奴隷解放運動の拠点」であった。島には黒人居住区が発展し、黒人も白人と一緒に船に乗っていることは島の誇りだった。脱走した元奴隷であり、黒人奴隷解放運動の指導者となったフレデリック・ダグラスが白人の聴衆の前で最初に講演を行ったのもナンタケット島であった。「問題は男たちが人肉を食ったという事実だけではない。ナンタケット島の住民は、なぜ最初に食料になった四人が黒人だったのかを、うまく説明することができなかった」。

このように、本書は捕鯨の歴史はもちろんアメリカ史のある一面を浮かび上がらせるものでもある。

時は流れ、一時はすっかり寂れたナンタケット島も観光の島として復活しているようだ。訳者あとがきによると、本書を含めてエセックス号を扱った本も目につくところに置かれ、売り出されているとのことである。そして「街の中心にある捕鯨博物館では、エセックス号に関する展示か常設されているほか、「エッセックス・ギャム」と称する催しが毎日おこなわれている。ナンタケット歴史協会の会員が、エセックス号の惨事について、身ぶり手ぶりをまじえて語るのだ」。

アメリカ文学史やアメリカ史にさらに触れたい人は、ニューヨークあたりに行くついでにナンタケット島まで足を伸ばしてみるのもいいのかもしれない。


とうことで映画の方も観てみたのだが、これは個人的には正直今一つの出来であった。アメリカ文学史上の最高峰といってもいい小説の元となった出来事を扱ったのが本書であるのだが、映画は大枠としては史実にそれなりに忠実ではあるものの、それだけに、ある程度の単純化はやむを得ないにしても虚構化された部分はいかがなものかとなってしまう。それなら『白鯨』の語り直しをやればいいじゃん、というようにも思えてしまった。基本的にはステレオタイプ化されたわかりやすさが優先されており、その結果凡庸になってしまったという印象は否めなかったのが少々残念。

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佐藤太郎(仮)

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