『名編集者パーキンズ』

A・スコット・バーグ著 『名編集者パーキンズ』



『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』としてまさかの(?)映画化の原作。

マックス・パーキンズはスクリブナー社の編集者として数々の作家を発掘、育てていったが、何よりも注目すべきは現在の編集者のイメージを作りあげたのがパーキンズであるということだ。当時の編集者といえば綴りの間違いや句読点を直したりする程度の存在であった。パーキンズはといえばスペリングはひどくそのパンクチュエーションも独特のものであった。その彼が大物編集者となっていったのは、何よりも作家の可能性を見きわめる能力だった。フィッツジェラルドを見出し、ヘミングウェイ、トーマス・ウルフなどアメリカ文学を代表する作家を担当し、S・S・ヴァン・ダインのような推理小説作家に対してもその手腕を発揮した。

一方で、パーキンズはあくまで作家が主で編集者は従であるという立場であり、後にやや肥大化してしまう編集者のエゴからは一線を画してもいた。忌憚なく意見を述べ、粘り強く書き直しをさせ、時にはアイデアも提供するが、自分あっての作家だといった思いあがりとは無縁であった。

パーキンズは書籍の編集者は黒子に徹するべきだと信じていた。「編集者が世間に認められてしまえば、作家に対する読者の信頼が損なわれるし、ひいては作家の自信が揺らいでしまうのではないかと感じていた」。まさにウルフが後にこの状態に陥ってしまう。
パーキンズは編集志望者たちにこう語った。「何よりも心得ておかなければならないのは(……)編集者が作品に何かをつけ加えることはないという点です。編集者にできるのは、せいぜい作家の手足となって奉仕することだけです。自分自身が重要な役割を果たしていると思うのは禁物です。編集者は何ひとつ創造するわけではなく、そこにエネルギーを投入するくらいのことしかできないのです」。
優れた批評眼を持ち、様々な面から作家を支え続けたパーキンズが言うからこその言葉であろう。


パーキンズがその名を高めたのは、なんといってもフィッツジェラルドとの関係であった。無名の若者の持ち込み原稿に可能性を感じ、会社を説得しつつフィッツジェラルドにも作品をブラッシュアップするよう促し、ついにはベストセラーを生み出させることになる。そして人間的にも、フィッツジェラルドとパーキンズとは深い絆で結ばれるのであるが、フォッツジェラルドは1920年代中盤までは享楽にふけり、そしてそれ以降は経済的に追い詰められ、なかなか満足いく小説を書き上げられなくなっていく。それでもパーキンズとの関係が揺らぐことはなく、守護聖人のごとくフィッツジェラルドを支援し続けた。

『グレート・ギャツビー』成立過程など1920年代から40年代あたりまでのアメリカ文学について考えるうえでも興味深い一冊であるが、フィッツジェラルドの紹介で知ることになるヘミングウェイの傲岸不遜っぷりや、登場時からエキセントリック極まりないウルフなど、個性豊かな作家たちの姿も楽しめる。そしてそのような個性的な面々と付き合うことのできたパーキンズも、なかなか個性的な人物でもあった。

パーキンズの奇癖として知られているのが、室内でも常に帽子をかぶっていることだ。階下にあるスクリブナーズ書店で店員に間違われないようにするためとか耳を前方に向けることで話を聞きやすくするためなど、なぜこんなことをしているのかには諸説あるが、どうやら帽子をかぶっていると今にも出かける所のように見えるため、面倒くさい人の相手をしなくてすむというのが理由であったようだ。
常盤新平の『アメリカの編集者たち』を引っ張り出してみたら、モーリー・キャラハンのこんなエピソードがあった。昼食に誘われたので訪ねたところ、「パーキンズは帽子をかぶっているので、キャラハンはすぐ食事に出かけるのかと思ったが、そうではなかった。帽子はこの編集者のトレードマークだったのである」。

また真偽不明の逸話も多く、爆笑もののこんな話もある。猥褻なことばが使われているためにヘミングウェイの作品の刊行の許可がなかなか下りなかったとき、若きパーキンズは老社長を説得しようとし、問題となる厄介な言葉を卓上カレンダーに書き込んでおいた。排便(シット)、性交(ファック)、排尿(ピス)といった言葉が書かれたカレンダーには「今日の予定」という見出しがついていた。これを見た老スクリブナーは「こんなことまで書きとめておかなければ思い出せないとは、きみもよほど参っているんだな」と言ったのであった。もっともこれは都市伝説のようであるが。


本書を読んでいるとこんな編集者と出会うことができた作家はさぞ幸せだったろうと思いたくなってくるのであるが、フィッツジェラルドを筆頭にヘミングウェイもウルフも個人としてはとても幸福であったとはいえないところがなんともね……

プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR