『水を得た魚  マリオ・バルガス・ジョサ自伝』

マリオ・バルガス・ジョサ著 『水を得た魚  マリオ・バルガス・ジョサ自伝』



この回想録は1993年、つまりジョサがペルーの大統領選挙で全く無名だったアルベルト・フジモリに敗北を喫した3年後に出版された。寺尾隆吉の「訳者あとがき」によると、当初は大統領選挙に至るまでのいきさつだけを取り上げるだけの予定であったそうが、曲折の末に、幼少期から作家になることを決意してヨーロッパに渡るまでと、政治の世界に乗り出し大統領選挙に破れヨーロッパに向かうまでとが平行して描かれることとなったそうだ。そしてこれは、読者にとって歓迎すべき結果となった。

死んだと聞かされていた父親が実は生きていたばかりか捨てたはずの母と再び生活をはじめ、死者であったはずの暴虐的な父と向き合わねばならなくなったという、イノセンスの終わりともいえる出来事から語り始められ、『都会と犬ども』をはじめとする自伝的な小説で扱われた素材や、政治への目覚め、作家になるという強い決意といった自伝部分は、作家ジョサのファンなら必読であろう。

しかし政治にまつわる部分では、その評価は大きく分かれるかもしれない。とりわけ左翼的傾向がある人にとっては、ジョサの姿や主張は醜悪とすら映りかねないものになっているかもしれない。ここだけを描かれたら鼻持ちならない自己憐憫的弁明となっていたかもしれないが、幼少期から青年期と、作家として成功し明らかに向いていない政治の世界に足を踏み入れた後のことが平行して描かれることで、両者がぶつかりあい、効果をあげることとなっている。


銀行の国有化に反対するキャンペーンを繰り広げたことからジョサは政治の世界へと入っていくことになる。政治家としてのジョサはよくいえば「自由主義者」であるが、左がかった人の立場からすると元左翼や「保守」にありがちな、単に左に厳しく右に甘いだけの体制派のように見えることだろう。ジョサの政治信念の柱となるのは自由主義、民主主義、資本主義の擁護である。しかし本書を読んでいて異様な印象を与えるのは、チリの経済発展について好意的なことを述べておきながらピノチェトについては全くふれていないことだ。もちろんジョサの言うようにペルーの、あるいはラテン・アメリカの左翼に大きな問題があることは確かだろうが、しかし同時に「お前の擁護したい自由や民主主義とやらはいったい何なのだ」と嫌味の一つも言いたくなってくる。

それもそのはずというべきか、ジョサの周辺にいたのは彼の息子をはじめハイエク-フリードマン路線の信奉者たちであり、彼自身の経済政策もそれに倣ったものである(ジョサも80年代初頭から経済学を学びはじめていた)。ジョサは自分が行おうとしている「改革」は貧困層や労働者のためになるものであるはずなのに左翼ポピュリストの策謀によって歪められたイメージが広まったかのように書いているのだが、当時のIMF路線である緊縮と民営化に基本的には忠実であり、ジョサ大統領が誕生して「改革」を断行していれば、貧困層や労働者は手酷い目に合っていたことだろう。

経済学者のエルナンド・デ・ソトが中心になって書かれた『もう一つの道』はジョサやペルーの「自由主義者」たちに大きな影響を与えたが、デ・ソトの人間性については「主義主張よりも野心を重んじる男」だとして当時から懐疑的な声があった。それでもジョサは彼を重用したが、大統領選で破れると、なんと独裁化したフジモリ政権でデ・ソトのキャリアは「頂点」を迎えることになる。ジョサは一杯食わされたかのような書き方をしているものの、フリードマン(正確にいえば彼の弟子筋とすべきか)のような経済学者が当時ラテン・アメリカで繰り広げていたことにまともに向き合えば、これは驚くようなことではなかったはずだ。ジョサがお人好しであったことの結果というよろは、自分が見たいものしか見ず、都合の悪いことからは目をそらした結果のように思えてしまう。

ジョサの名誉のためにいうと、彼はナショナリズムを煽ることには批判的であり、自らの支持者がフジモリに差別的攻撃を仕掛けることを諌めていた。またカトリック信仰の強いペルーでも不可知論の立場を崩さず、これが攻撃を呼ぶこととなるが、安易な妥協も宗教を政治に利用することも拒んだ(一方フジモリは福音派を動員することになる)。このように真の意味での自由主義者という面も持っていたジョサが経済政策においてはああなってしまうというのはどういったことかとも思えてしまうのだが、政治に乗り出すと妻のパトリシアに「道徳的理由など本当は二の次だったのでしょう」、「本当の理由は冒険心、スリルと危険に満ちた体験に憧れる心、実生活で大小説を書いてやろう、そんな気持ちの方が強かったのよ」と言われている。

『疎外と反逆』の寺尾の「訳者あとがき」にもあるように、ガルシア=マルケスらカストロ政権を熱烈に支持し続ける勢力と、ジョサのようにその独裁や抑圧を批判する勢力との間でラテン・アメリカの作家たちは対立をし、ジョサはついにガルシア=マルケスに文字通りに拳を見舞うことにまでなる。本書ではそこまでは描かれず、まだジョサが左翼的心情を持ったままの青年期までとなっている。あえてそこを空白にして、「ネオオリベ」化した自らを描くことで、この平行して進行する回想はどこか「小説」めいてくるし、パトリシアが喝破したように、「小説」を描こうとすれば、それは因習を打破する「改革者」こそが主人公にふさわしく思えるだろうし、ジョサはそれをなぞってしまったかのようだ。


また図らずもというか、2016年に本書を読むといろいろと考えさせられる点も多い。

ジョサは「後進国の特徴の一つが政府と国家の完全な一致にある」としているが、今の日本にあっては他人事ではない言葉として響く。


ジョサの立場を有権者から今一つわかりにくくしていたのが、彼が既成勢力と組んだことである。ジョサはペルーでは右も左もポピュリズムに陥り、国家への依存を拡大させている点では同じ穴の狢だと批判している。ジョサはコンサルタント会社と契約したが、その世論調査と分析によると、ジョサは既成政党と組まずに無党派として出馬したほうが支持を集められるとされていた。にも関わらず、ジョサは既成政党と組む。それは一つには全国を回らねばならぬ大統領選挙を戦うにあたっては組織の力が欠かせないと思えたからであり、また当選後の政権運営を考えても、無党派で出ることは考えられなかった。このあたりは、ドン・キ・ホーテ的なところもあるかと思えば妙にリアリスティックな発想をするという、なんとも分裂した印象を与える。
そしてこれを逆手にとったのが、投票直前まで泡沫候補と見られていたフジモリであった。

フジモリはまさに自分を既成勢力と対決する政治家であるとアピールした(ジョサは彼の宿敵ともいえる左派勢力からフジモリが事実上の支援を受けていたと考えているが、そのあたりの実態は僕はペルーの政治について無知なものでよくわからない)。

ジョサはポピュリズムを断固として否定し、自分がそれを煽って政権を奪取することなど考えたくもなかった。これは良識的態度のようにも思えるが、一方で大衆蔑視の表れともなりかねない。ジョサは各地で熱狂的な歓迎を受けるが、それが中産階級以上の人々だということにも気付いていた。選挙で勝つためには、多数を占める貧困層からの支持を得なくてはならない。しかし彼は貧困地域に分け入って愛想をふりまいて握手してまわるなどということには、どうにも耐えられない。政治家に向き不向きがあるのは当然だが、どう見てもジョサは政治家向きの人間ではなかった。そしてこの大衆との距離感は、ドブ板的選挙戦術のみではなく政策面でも表れる。

コンサル会社は選挙の鍵となる貧困層や労働者からなる「C及びDセクター」(日本で一時話題になった「B層」のようなものだと考えればいいのだろうか)について分析を進め、ジョサは世論調査に同行もしている。そこで教育もない貧困層がなぜフジモリを支持するのかと質問されても政策面ではまともに答えることができず、やっとあげられるのは彼の公約にある一時金の支払いのみ。ジョサに投票しないのはなぜかというのにもまともに答えられず、「金持ちの味方だから」と答えるのが精一杯だった。ジョサはこれを嘲笑的に描いているのだが、曲がりなりにも政治家を志すならば、こういった人々をせせら笑うのはではなくどうすればアウトリーチできるのかをこそ考えるべきだったろうし、それができない以上敗北は当然の結果だったろう。

対するフジモリはポピュリズムに徹底した。福音派を使って宗派対立を煽り(これは当然階級間の争いも喚起する)、ジョサの「改革」イメージを取り入れるとともに、貧困層にもアピールを試みる。泡沫候補扱いだったフジモリはメディアなどのチェックが甘かったが、有力候補となって以降は疑惑の数々が持ち上がり、またかつての同僚たちからは人間性に対する批判が噴出した。しかしこれらがいくら報道されようとも、一度火がついた勢いは衰えることがなかった。政策的には矛盾しており、人間性にも問題ありとされながらもそれらが考慮されることなく支持が爆発的に広まるというのは、トランプ現象あたりとも重なるものがある。

しかしこれまたジョサがわかりにくいことをする。そのようなフジモリと徹底対決する道をとることを逡巡し、決選投票ではあえて自分が降りて政策を飲ませることによってフジモリを左派から引き剥がし自陣営に引き入れようと考えるのであるが、これは頓挫する。ジョサの支持者からしたらこのような動きはたまったものではなく、本気で大統領になりたいと考えていたのかと疑いたくなるだろうし、大統領選挙に敗れたわずか三日後にペルーを離れヨーロッパに向かったことがその答えだといえるだろう。

確かに当時のペルーにおいては右の勢力も左の勢力も大きな問題を抱えており、「右も左も既成政党はどうしようもない」といった形でポピュリズムを煽ることが最も手っ取り早く支持を拡大できた手段であったのであろう。そしてこれは現在では多くの国に見られる現象となっている。ではフジモリはそのようにして当選していかにして政権運営を行ったのかといえば、憲法、国会等を停止するクーデターを起こし、独裁制を敷いたのであった。フジモリは一方では貧困層への配慮を怠らず(現在でもフジモリ支持者には貧困層が多いとされる)、人権を無視した強権手法によってゲリラを鎮圧して「強い政治家」のイメージを広め右派からの支持を集め、さらにはジョサ的な「改革」まで断行した。とにかく「受けること」をするためなら原則も一貫性も完全に無視するというポピュリストの「強み」を大いに発揮したといえるだろうが、ご存知の通り大統領職を追われると在職中の人権侵害や殺人により訴追されることになる。その後フジモリを救済しようと、彼の日本国籍が抹消されていなかったことを使って選挙に引っ張り出したのが日本の右派勢力であったことは、なぜか日本ではそれほど大きく扱われないが、いろいろと滅茶苦茶な話である。 本書執筆時はすでにフジモリは独裁化し、ジョサはこれを繰り返し批判しているが、まさかこんな展開になるとはジョサも予想できなかっただろうが。


ジョサの回想から脱線してしまったが、作家ジョサができるまで、人間ジョサの政治的変遷といったあたりからももちろん興味深いのであるが、ラテン・アメリカのみならず、現在の世界の多くの地域で見られる現象について考えるうえでも、結果として注目すべき一冊になっているようにも思えてくる。予言的な小説というものがあるが、本書は予言的な回想とでもすべきものになっているかのようでもある。


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佐藤太郎(仮)

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