『バーニー・サンダース自伝』

バーニー・サンダース著 『バーニー・サンダース自伝』




原著初版は1997年にOutsider in the House(下院のはぐれ者)というタイトルで刊行され、2015年にOutsider in the White House(ホワイトハウスのはぐれ者)と改題して再刊された。「訳者まえがき」にあるように、このタイトルの変更は「言うまでもなく、大統領選挙への挑戦をふまえた」ものである。サンダースによるまえがきとジョン・ニコルスによる長い解説(邦訳で約40ページ)が加えられた以外は大きな異同はないようだ。

邦題では「自伝」となっているが、これには注意が必要かもしれない。苦戦を強いられた96年の連邦下院議員選挙を縦軸に、政治の世界に足を踏み入れた1970年代以降のサンダースの政治的来歴が語られるという形になっており、幼少期や学生時代、家族についてなどはわずかしか触れられていない。サンダースの人となりに関心があるという人にとっては少々物足りないかもしれないが、その分だけ彼の政治信念、政治姿勢というものが存分に語られている。


1970年代にサンダースはヴァーモント州で、共和、民主の二大政党ではない「小さな、平和志向の第三党」である自由連合党から出馬を繰り返したが、いずれも得票率は10パーセントにも満たないものであった。行き詰まりを感じたサンダースは、70年代後半には政治から離れ、教育用の映写スライドを販売する事業を始め、「小学校や高校向けに、ニューイングランドの歴史スライドを書き、生産し、販売した」。「その過程で私は、物を書く技術を向上させ」たとあるように、後に振り返ると自らの主張をわかりやすく伝えることをここから学んだのだろう。

1980年にサンダースはバーリントン市長選挙への出馬要請を受ける。「ガチガチの政治機関と闘って、勝てる見込みはないだろう?」と、当初は再び政治に乗り出すのに消極的であった。しかし76年の州知事選挙の結果を分析すると、十分に勝ち目はあると説得される。そしてその通り、サンダースは当選したのである。

「これは「教育」のための選挙運動ではない。目的は、勝つことだ。そのため、選挙運動は問題志向型とし、ヴァーモント最大の市が抱える最も深刻な問題、市当局から無視されている問題に焦点を絞ることにした。(中略)これは上院議員選挙ではなく市長選挙だ。市民が知りたがっているのは、もし私が市長になったら、地域レベルの生活の質をどう改善してくれるのかということだ。私はそこに焦点を当てて取り組んだ」。

サンダースは低所得者や労働者階級が多く住む地域から草の根の支持者を拡大する運動を始め、「私は市庁舎からずっと締め出されてきた人たちを代表して全力を尽くすつもりだ」と語りかけ、「私は彼らの関心事に耳を傾け、不満を支持した」。

サンダースが民主党に訴えかけるのはまさにこの点であろう。民主党に求められているのは、「現実主義」の名のもとに現状追認的政策を打ち出したり、世論の右傾化に歩調を合わせることではなく、このような政治から見捨てられ、絶望している貧困層、労働者階級、マイノリティ、障害者などの声に耳を傾け、こういった人々の中に入っていき、その支持を獲得するための努力をすることだ。そんなのはただの自己満足で、そんなことをしたところで議席を獲得することはできない? そうでないことはこの自分が証明しているではないか、と言っているかのようだ。サンダースは下院議員、上院議員としてはほとんどの場合民主党の政策と協調し、実質的には民主党の一員と見られながらも長らく無所属を通したのは、このような主張をより強く訴えかけるためであるようにも思える。

「訳者まえがき」にはノーム・チョムスキーの「サンダースは決して急進派ではなく、「ニューディール的民主党員」なのだ」という分析が紹介されているが(以前同じようなことをこちらに書いたが、彼の演説を聞けばそれは一目瞭然である)、それでもあえて「社会主義者」を自称するのも、同じ意識から来るものだろう。

ヴァーモントはもともとリベラルな州であったのではない。むしろ共和党が一貫して政治的優位に立つ、保守的な州であった。リベラルなヴァーモントであったからサンダースのような政治家が誕生したのではなく、サンダースという政治家の存在がヴァーモントをリベラルにしていったのだといってもいいだろう。


第5章「悪玉を仕立て上げる議会」は97年当時の状況を扱ったものだが、今読んでも、現在のアメリカ政治、そして共和党の現状についてわかりやすく整理したものとなっている。

ギングリッチが進める「ギングリッチ革命」とはつまるところ、「同性愛者や移民への攻撃、性差別、貧困層への攻撃」にすぎない。
「ここに新しいものはなにもない。古いテーマが装いを変えただけだ。右派が繰り出すいつものゴミくずだ。社会問題の原因を合理的に分析せず、金持ちと有力者ばかり代弁して、庶民の要求に応えることができない者は、政治的な成功を確実に手にするために、人々の不安と無知につけ込んで対立を持ち込み、悪玉を仕立て上げるのだ」。

かつて南部の白人労働者は「アメリカで最も搾取された白人労働者だった。その賃金は最低、労働条件は最悪、住居は劣悪。子どもたちの通う学校の水準は最低、大学進学率も最低。しかし彼らは何を持っていたか? 彼らは、毛嫌いして見下せる「黒んぼ」を与えられていた。投票権もなく、同じ水飲み場やトイレを使うこともできず、バスの車内や映画館での座席を分けられていた「黒んぼ」を」。

共和党の方針とは「金持ちや企業経営者の方針」である。「ごく少数のきわめて特権的な人々の利益だけを代表」している共和党は、かつての南部の支配層と同じジレンマに直面する。「どうやって、働く人々と中間層に、彼ら自身の最良の利益に反して投票するように説得すればいいのか。あるいは、同じくらい重要なことだが、どうやって投票に行かせないようにするか。さらに、どうやって、大多数の人々に影響する問題、それをめぐって人々が団結できる問題から意識をそらすか」。

その答えが、「「悪玉」を仕立て上げる、「分断」政治」だ。「白人と黒人とヒスパニックの対立。異性愛者と同性愛者。労働者階級と貧者と福祉受給者。男性と女性。本国生まれと移民。刑務所の外にいる人と中にいる受刑者」、こういった人々を互いに「悪玉」に仕立て上げ、憎悪を煽り、問題の真の在りかから目をそらさせる。

偏見、差別を撒き散らし、対立を煽り立てるトランプ現象は新しいものではない。まさに共和党の長年に渡る政治手法の帰結だとすべきであり、こうした手法はアメリカで繰り返し行われてきたものなのである。

しかも共和党は、「大規模な世論調査をやっていて、多くのアメリカ人が感じているまともな不安や心配を、とてもよく理解している」。もちろんそれらを解消するように努力するのではなく、共和党が大金を投じてやろうとしているのはむしろそれを煽り立て、「そうした不安をうまく利用して、働く人々を分断し、共倒れするよう仕向けることなのだ。公正をつかむかわりに、金持ちの食べ残しをつかまされていることに、働く人々が気がつかないようにすることなのだ」。

ここ20年間、アメリカ人の労働時間は長くなり、賃金は減っている。生活のためには複数の仕事を掛け持ちし、休日もなく働かなければならない。新しく創出された仕事の多くが低賃金で、パートタイムや臨時のものばかりだ。子どもたちが自活するためには大卒の学位が必要だが、大学へやる金などない。そして何よりも、皆保険制度がないために、医療のための借金が「この国の破産の最大の理由」という有様だ。さらに、「自営業の中小業者にとって、給与税はしばしば所得税より高い。それから、学校や地方政府の財源のために、財産税と州税がある。税、税、税」。

「わからないのか? これ以上、税金は払えない。稼いだお金でようやく暮らしているのだ。なぜ政府はそんなに巨額の支出をやめないんだ? なぜ政治家は私からまだまだ税金を取りたいんだ?」

そして「テレビでは毎晩、恐ろしい犯罪の報道が流れる。殺人、レイプ、暴行、強盗。全く無分別な犯罪がある。走行中の車からの銃撃。一足のスニーカーをめぐる子どもどうしの殺人。親が自分の子どもにおこなう、言語に絶する行為」。

「多くのアメリカ人が説明を求めている」。
「私は法に従っている。ルールに従って行動している。なぜ、通りを歩くのを怖がらなければならないんだ? なぜ、子どもが安全に通学できないんだ? 警官を増やして彼らを刑務所に送るのに、なぜ私に課税するんだ? なぜ彼らは仕事に就けず、善良な市民になれないんだ? なぜ政府は私の銃を取り上げようとするんだ? 家族を守るために、それがいちばん必要な時だというのに」。

「要するに、多くのアメリカ人はこう思っているのだ」。
「この世界は急速に変わっている。私は混乱し、不満を溜め込み、怒っている――そして将来のことが心配だ」。

「まあ、落ち着きたまえ。ニュート・ギングリッチと、そのお抱え世論調査屋と同僚たちが、あなたの言うことを聞いてくれる。行動の準備もできている――議場で、大胆に、強く、すばやく」。
97年のことなのでギングリッチになっているが、これをトランプに換えればそっくりそのまま現在にあてはめることができる。つまりトランプは共和党の異分子などではなく、むしろここ数十年の共和党のやってきたことを剥き出しにしただけなのである。

「残念ながら多くのアメリカ人は、合法移民と非合法移民の違いがわからないし、経済問題を抱えている他の国と同様、外国人嫌悪が激しくなっている。ある人々にとって、この問題は、私が最近見かけたTシャツの文句のように要約される。「英語を話せないやつは、合衆国から消え失せろ」。カリフォルニアでは、ウッドランド・ヒルズのある看護師が、「一〇年間、何事もなく近くを歩いていた学校で、反ヒスパニックの侮辱の言葉とともに石を投げつけられた」と『タイム』誌が報じている」。
まるで2016年のアメリカを見ているようだが、このような状況はすでに20年前には始まっていた。

当時の共和党が「さまざまな偏見にとらわれたアメリカ人の不満や無知に訴える」ものとして持ち出したのが「福祉改革」だった。
「税金をたくさん負担して、働かない怠け者のためにお金を使われるのはイヤじゃないですか? あなたが必死に働いてる間、一〇代の黒人が家で赤ん坊といられるよう、あなたがお金を負担するのはイヤじゃないですか? メキシコ人たちに、真夜中に国境を越える誘因を与えるのはイヤじゃないですか? 福祉改革はあなたのためなのです!」
トランプがやや「新しい」とすれば、金持ちに対しても表向きは牙を向いているところだ。しかしその内実は20年前の共和党ほぼそのままだとしていいことは、メキシコ人に対する口吻を見れば明らかだろう。


ではこれと対峙した民主党はどのような政策を打ち出したのだろうか。ビル・クリントン政権、そして民主党は、「これをもって完全に右旋回し、リチャード・ニクソンも即座に拒否しただろう政策を受け入れた」のである。「働く人々と貧困層の利益を六〇年間守ってきたことを誇」っていたはずの政党が、共和党化してしまった。議会が共和党に抑えられたという事情もあるにせよ、クリントンはこれと闘うどころかむしろ迎合する動きを見せた。リベラル派のこのフラストレーションが2000年の大統領選挙におけるネーダー支持につながり、結果としてブッシュ政権を生み出すことになってしまう。

サンダースにとって、ヒラリー・クリントンが無風で民主党大統領候補になってしまうことはあの悪夢を再現することに感じられたであろうし、ヒラリーを、そして民主党を左に引っ張り返すためにも、何としても予備選でリベラル派の存在感を発揮しなければならなかったのであり、それは民主党大統領の誕生にも寄与することになるという確信もあったのだろう。

ちなみにこの章における筆致はマイケル・ムーアの作品を連想させるが、本書にはそのムーアがサンダース支持者として登場している。今回の予備選でもムーアはもちろんサンダースを支持したが、これはその場の思いつきなどではなく長年続けてきたものである。ムーアの作品は「ドキュメンタリーではなくプロパガンダにすぎない」という否定的な意見は左派的な人にもよく見られるし、僕も「ドキュメンタリー」として評価しようとすればそのような評価をせざるをえないとは思う。しかし政治的に考えると、その特徴はエンターテイメント性にあるとすることができるだろう。ムーアはわかりやすく、そして面白く自らの主張を伝える巧みな(主として編集)テクニックを持っている。そして良くも悪くも、サンダースも似た能力を持っており(これは教育用スライドの作成を通して身につけたものだろう)、この二人の結びつきは必然的なもとすべきだろう。


サンダースの主張は20年前からまったくブレていない。では彼は、批判的な人がそう言うように、現実離れした夢想家的理想主義者なのだろうか。サンダースが市長から政治的キャリアを始めたことを思い出そう。もし彼が極端に偏った政治をしていれば、富裕層や保守層から激しいバックラッシュが吹き上がったことだろう。しかし実際は、市長を務めた後も連邦下院議員、そして連邦上院議員とむしろステップアップしている。バーリントン市政もサンダース後継の進歩派が優位にあるようだ。これは彼が実務家としても優れていることを示している。

「解説」にあるように、ブッシュ政権時には通称「愛国法」をめぐって連邦政府の肥大化を懸念する共和党保守派とも共闘し、また軍拡や外国への軍事介入には批判的でありつつも、退役軍人のためにはジョン・マケインとも協力関係を築く。このようにプラグマティストという一面も持っているのである。このあたりが、労働党党首として内紛を誘発してしまうばかりで党勢を伸ばせないジェレミー・コービンとの大きな違いだろう。仮にサンダースが大統領になっていたら、大混乱に陥るという大方の予想に反し、存外無難にこなすことになっていたかもしれない。

一方で、これは予備選の最中にクリントン支持者から突かれていたことだが、銃規制の問題をめぐっては歯切れが悪いという印象は否めない。サンダースは殺傷能力が高い銃器の規制には賛成しており、自分が全米ライフル協会からいかに目の敵にされているかを強調しているのだが、それでいてブレイディ法には反対票を投じた。「銃規制が進めば猟銃も取り上げられる」というのはNRAと共和党による馬鹿げたプロパガンダであるが(銃の所持が認められていない日本でも猟銃を持つことはできる)、とりわけ田舎に行けばいくほどこのような思い込みは激しいともされる。サンダースの本音がどこにあるのかはわからないが、ヴァーモントで政治家をやるうえではこれが限界ということなのかもしれない(「解説」でニコルスはサンダースの立場は「率直で明確」としているが、これは少々苦しいだろう)。民主党の他の政治家からは、ヴァーモントにはヴァーモントの事情があるように、うちにはうちの事情があるんだ、という恨み節も聞こえてきそうではある。

また本書では、ネガティブ・キャンペーンにはもちろん反対で、これに同じ手法で対抗するのではなく別の方策で逆襲すべしとしてあるのだが、先の予備選ではサンダース陣営によるネガティブ・キャンペーンとされても仕方のないものも散見された。清廉な選挙手法もヴァーモントという小さな州だから可能であったまでで、広大な州や全国を相手にするのではそうはいかないというようにも思えてもしまう。

このようなプラグマティストとしての面をどう評価するかはそれぞれだろう。サンダースについて、何を訊かれても結局は格差の問題にばかり話を向けるという不満もあるが、サンダースは堂々とこう語る。「民主党は、大勢の人々が直面している経済問題に、そそぐべき力をそそいでいないのです」。
「民主党が犯した最大の過ちは、経済を議題から外したことなのです」。こうして経済(あるいは格差や貧困)を最大の論点とするのに成功したおかげで、ヴァーモントの人々には「バーニーは私たちの見方」という感覚が生まれ、「彼が生殖の自由や同姓婚の法的権利の熱烈な支持者であるために躊躇したと思われる人々の間にも、支持者が生まれるのだ」、とニコルスはしている。

「問題は経済だ、愚か者め」というのはビル・クリントンがブッシュに挑んだ際の大統領選挙のスローガンの一つであったが、皮肉なことに、クリントン政権はこれを金持ちや特権階級に擦り寄るという形で示すことになってしまう。サンダースは「経済」といってもそういう意味ではなく、不満を抱き、不安にかられる庶民という、民主党が本来目を向けるべき人々にきちんと向きあうべきだし、それが選挙を戦ううえでもプラスになるのだと、自らの行動で訴えかけている。

もっともこれも評価は激しく分かれることだろう。本書にもあるように、サンダースの経済政策とは保護主義そのものである。今回の予備選でも、ライシュのように彼を支持したリベラル派経済学者もいたことはいたが少数派で、多くが冷淡であり、中にはトランプと同類の無責任なポピュリストだと口を極めて非難した民主党支持の経済学者もいた。経済学者的には自由貿易を完全否定して保護主義こそが雇用を守る答えだというのは受け容れ難いであろうし、そんなものは大衆受けを狙っただけのものだと写ることだろう。


共和党が不安にかられた人々を煽ることに成功した背景にあるのは、なんといってもアメリカ人の「無知」である。『ワシントン・ポスト』の世論調査として、こんな数字が引用されている。副大統領の名前を知っているのはわずか40パーセント、地元選出の連邦議員の名前を66パーセントが知らず、75パーセントが地元選出の2人の上院議員の名前を知らない。さらに回答者の40パーセントが、連邦政府歳出の最大の項目は福祉か対外援助だと思っている。ちなみに「要扶養児童家庭扶助」の予算は140億ドルで、連邦予算のわずか1パーセント。むろん対外援助はもっと少ない。

日本人がこれを嘲笑することができるかといえば、もちろんノーである。生活保護における不正受給の割合や、外国人による犯罪発生率を尋ねたら、実態とはかけ離れた珍妙な数字が出てくることは確実だろう。これを「民度が低い」などと片付けるのは簡単なことだが、そんなことをしたところで何も変りはしない。

さて、日本のリベラル派は本書から何を学べるだろうか。やはりなんといってもまず、労働者や貧しい人々の不満や不安と向きあうべきだということが挙げられる。カネのことばかり言うなというのはカネを持っているからこそ言えることであって、日々の生活に追われている人にとって最も気がかりなのはやはりカネのことである。こういった人々はそこに付け込まれ、右派の策動に乗せられてしまうことも多いのだが、そういった人を見下したり馬鹿にしたりするのではなく、そういった人々の中に入り込んでいかねばならない。リベラル派が勢力を伸ばすことがあなたがの生活を楽にすることにつながるのだということをアピールできなければ、不安につけこみ感情に訴える右派に対抗することはできない。

またサンダースは、正しい政策さえ訴えていれば自然と支持は集まるはずだなどという寝言は決して言わない。本書を読めばわかるように、「ドブ板」とされる手法を積極的に用いている。自己啓発セミナーから直行してまいりました! なんて雰囲気の「改革派」を気取る政治家志望者はこういった地道な活動を否定し、「あの人はうちの町内会の祭りにいつも顔を出してくれるからね」なんて理由で投票してしまう人を侮蔑的に扱うのであるが、選挙を戦ううえで何よりも心強いのはこういった人だったりする。もちろんこういった人々の多くが「保守的」な価値観を持っているのであるが、それに迎合するのではなく、そういった人々をどうすれば進歩的とされる政策に引き寄せることができるのかを考えるべきであろうし、それこそがサンダースの言う「経済」であろう。

また政治家以外のリベラル派にとっても、本書が示唆するものは多いだろう。
ヴァーモントがもともとリベラルな州であったのではなく、サンダースという存在によってリベラルになっていったと書いたが、ではサンダースはこれを一人でなしとげたのだろうか。サンダースは一度は政治の世界から離れようとしていたが、その彼を呼び戻した人たちがいた。二大政党間に埋没し選挙ではいつも泡沫扱い、当選など想像だにできないという苦境が続いても、ヴァーモントの進歩派は粘り強く活動を続けていた。こういった人々がいて、初めてサンダースは政治家になることができたのである。

投票に行くことと選挙に出ることとの間には、やれること、やるべきことがたくさんあるはずなのに、ここ十数年、日本のリベラル派はそういったものをあまりに軽視してきたのではないだろうか。「選択肢がない」と嘆くのは簡単だが、では選択肢を作る努力をどれだけしてきただろうか。逆に右派は地方選挙等でも「草の根」的な掘り起こしを熱心に行い続けている。日本社会全体が右傾化していることは確かだが、政治家の右翼化は世論の実態以上に進むことになったが、これは右派による「地道な努力」の結果でもあろう。その結果、いわゆる「地盤・看板・鞄」のない日本の政治家や政治家志望者にとって、極右化することはリスクであるどころかカネと票を手っ取り早く集める手段と写っているのが現状だろう。

政治家というのは特殊な職業である。もし僕が選挙に出たら、半日もたずに発狂するのは確実だ。だから政治になど関わりあうべきではないとなるのでなく、一人ひとりが、自分のやれることに関わっていくこと、そういった積み重ねなくして民主主義というのは持たない。国政にいきなり革命的な変革をもたらす政治家でなければ興味を持たないというのではなく、地方議員、首長候補を発掘し、物心両面で支援し、育てていかねばならない。面倒くさいし、近所や友人知人からは白眼視されることになるかもしれない。満たされることよりも失望する方が多いだろう。それでも、こういった地道な努力をたゆむことなく続けてこそ、民主主義というのはようやく機能することになる。


言うまでもなく、サンダースも完璧な政治家などではない。サンダースの主張や手法に対する批判は多いし、個人的にもその姿勢に共感するところは多いとはいえ、その批判にも的を射たものが多いとも思うし、政策などで同意しかねる点も多々ある。それでも、サンダースとトランプは左右の違いがあるだけでポピュリストという点では同じ穴の狢にすぎないという見方には反対しておきたい。民主的社会主義者を自称するこの老政治家は、民主主義に絶望したり、端から関心を持ってこなかった人々に政治参加を呼びかけ、そのことによって少数の利害によって政策が決定される寡頭化する政治の流れを変えようと試みている。民主主義を信じているとしていいだろう。民主主義はその性格上完璧なものにはなり得ない。しかしサンダースのような存在があることで、民主主義を鍛え、より強くしていくことはできる。

民主主義とは投票さえあれば成立するのではない。差別や偏見による大衆煽動と民主主義は似て非なるものだ。人間は誰もが不安を抱え、多かれ少なかれ偏見を持っている。トランプは人間のその弱みにつけ込んでいる。そしてこれは民主主義というシステムが持つ弱みでもある。トランプや彼の周囲に群がる人々、そして共和党右派は、人間や民主主義の持つ弱みにつけ込んで私的な利益を得ようとしている。このような人々が試みるのは、民主主義的な社会を支える基盤の破壊だ。民主主義を腐らせ、民主主義的な社会が弱くなればなるほど、こういった連中は肥え太ることになる。

2016年に限らず、民主主義とは常に岐路に立っている。そのことを忘れ、安穏と無関心を決め込んだり冷笑することもまた、民主主義を弱くしていくことになってしまうのである。2016年のアメリカ大統領選挙は、まさにそのことを極端な形で見せつけている。
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佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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