よろめく「アメリカ」

2008年の大統領選挙に向けて、民主党のホープ、若き上院議員バラク・オバマが出馬表明をした時、多くの人が「今回はヒラリーで決まり、これは顔見せでオバマが本気で目指しているのは4年後ないし8年後だ」と考えたことだろう。しかしオバマは本気で勝ちにいっていた。圧倒的劣勢からスタートしても、戦略を磨き上げ、したたかに予備選を勝ち抜いた。もしかすると、オバマはこの時こう考えていたのかもしれない。「自分には残された時間が少ない」。


NPRのこちらの記事を読めばわかるように、ドナルド・トランプは爆発的に票を伸ばしたというよりもなんとか共和党票をまとめたといった程度にすぎず(得票数ではオバマに「大敗」したロムニーと大して変わらない)、ヒラリー・クリントンが一方的に民主党の票を失ったことで勝敗が決したとすべきだろう。

「トランプ現象」を過大に評価する必要はないとすることもできるのかもしれないが、それでも結果を知った直後に感じたショックが和らぐことはない。
言うまでもなく、トランプに投票した人の全てが黒人を見たら石を投げつけ、メキシコ人の家に火を放つというようなタイプのレイシストではない。その多くが、近所に住む、あるいは仕事場の同僚にいるマイノリティともうまく付き合っているのだろう。一方で、差別に基づく不正義が行われていたとしても、「自分には関係のないことだから」と背を向けることができる人たちでもある(非白人においても、得票率は少ないとはいえトランプに投票した人もいたが、こういった人たちもまたトランプが撒き散らした差別は自分とは無関係なのだと思ってのことだろう)。

トランプという個人だけが問題なのではなく、あのような選挙手法が有効であるとの前例が作られることこそが恐ろしく、投票に行かなかった人を含め、そのことへの危機感があまりに薄いいことに暗澹たる気分にさせられた。「ブリグジット」の後、イギリスでは排外主義が一気に高まったとされる。トランプの勝利によって差別的言動が許されるのだと考える人間はすでに出てきている。

もちろん白人ブルーカラー層の苦境は深刻なものだ。その状況に「ワシントン」はあまりに鈍感であった。しかしトランプ支持者の心情に寄り添おうとする人々(日本人を含む)の多くが、差別される側のマイノリティへの視線が欠如している。この感覚こそがトランプを勝たせてしまったのだろう。トランプに投票した人を(あるいはブリグジットに賛成した人を)レイシスト呼ばわりするなという声は左翼的な人からも聞こえる。これは「戦略」としては「正しい」かもしれない。その差別性をいくら指摘したところで、「向こう側」に追いやるだけだというのはそうだろう。しかしその結果として、トランプが撒き散らした全方位的差別(人種差別、宗教差別、性差別、障害者差別)が正当化されてしまいかねないことに鈍感になってはいないか。白人ブルーカラー層にシンパシーを寄せることと、その中の少なからぬ人が持つ差別意識を克服していこうとすることが両立しないわけではないはずだ(「ラストベルト」のブルーカラーにまともな職がないのは、メキシコからの不法移民とは何の関係もない)。労働者階級の苦境の改善に取り組みつつ差別の解消に務めることこそがリベラルに求められているのであって、どちらか一方を選ばなければならないという問題ではない。右派はこれを盾にリベラルは口では偉そうなことを言いながら白人ブルーカラーの苦境をわかっていないという旗を振って、差別をも肯定しようとするが、これに対しリベラルのすべきことは、アンフェアな、問題設定の誤ったリングにのこのこと上っていくことではない。

それにしても、そもそもが、この選挙結果は本当に「忘れられていた貧困層の怒り」によってもたらされれたものであろうか。Trump and Brexit: why it’s again NOT the economy, stupidというやや挑発的なタイトル(これはビル・クリントンの92年の選挙スローガン、「問題は経済だ、愚か者め」を意識してのものだろう)の分析にあるように、何かと比較される「ブリグジット」と同じく、有権者の経済的なバックグラウンドよりも右翼的権威主義との親和性こそが投票行動に反映されたのだと見ることもできる。人種構成を含めて多様化するアメリカの変化についていけない人々が、右翼化、権威主義化し、トランプ支持へと傾いていったようだ。

出口調査を見ると、白人ブルーカラー層の多くがトランプに流れたことは確かだが、中高年白人男性を見ても、大卒以上の学歴を持ち、ミドルクラス以上の収入がある人もトランプに多く投票している。そしてほとんどの専門家、メディアが読み損ねたであろうことが、中高年白人大卒ミドルクラスの女性においても、男性ほどではないにしても相当にトランプに票が流れたことだろう。トランプ大統領を生み出したのは、「貧困層の怒り」というよりも、白人中高年層における右翼的権威主義の進行した結果なのかもしれない。収入格差よりも、若年層と中高年、都市部と郊外といった対比ほうがよりはっきりとした相関が出ている地域もある。

日本ではあまり注目されていないが、上院議員選挙でも事前の予想を覆して共和党が多数を確保した。「貧困層の怒り 」なら議会選挙において共和党に逆風が吹いてもいいはずだが、むしろ共和党の権威主義的体質に追い風が吹いた。「格差」がトランプ大統領を生んだという視点だけでこの選挙結果を見るのは、やはりミスリードだろう。

出口調査は投票に行った人の中での割合なので、トランプが勝利を収めた州においても、実数としてはトランプ支持者が溢れ返っているというほどではないだろう。しかしトランプを支持していなくとも、投票所へ足を運んでトランプ大統領の誕生をなんとしても阻止しなくてはならないと考えた人が予想以上に少なかったことも、予想を狂わせた一因であろう。
高い教育を受け安定した収入を持つ「中間層」は、極端に流れずに中庸な政治選択をするので民主主義の守り手だとされてきたのだが、今回はそういった階層が防波堤にならなかったようだ。


少し引いた目で視点を変えると、このような状況を作り出したのはトランプの「強さ」ではなくヒラリーの「弱さ」であったとすることもできる。ヒラリーは潜在的支持層を投票所に向かわせることに失敗した。今にして思えば、ここ数年のアメリカ社会に負の意味で変化の兆候は表れていたが、同時にヒラリーが極めて「弱い」候補であったこともまた事実であろう。ではなぜこんなにも「弱い」候補であるヒラリー・クリントンが民主党の本命とされ、そして敗れることになってしまったのだろうか。

願望と現実を取り違えるというのは誰にでも起こることだ。ここ数年の民主党はまさにこの状態に陥っていたのかもしれない。

大統領選の投票日前に書かれたものだが、Economistのこちらのコラムに、民主党って年寄りばっかりだよね、とある。バーニー・サンダースは75歳、上下両院のトップであるハリー・リードとナンシー・ペロシは共に76歳。ヒラリーの69歳が若く感じるほどだ。このコラムでは、民主党関係者が口を揃えて期待する新鋭カマラ・ハリスを紹介するものであるが(気が早いことをいうと2020年の大統領選挙の候補の一人であろうし、黒人とインド系の血を引くという様々なバックグラウンドを持つ彼女が女性蔑視発言を繰り返すトランプを破って「ガラスの天井」を壊せば、それはさぞドラマになることだろう)、この状況は民主党がここ数年人材育成に失敗してきたということを表しているかのようだ(もっともその点では共和党も似たようなものでもあるが)。

2008年にオバマが大統領選で勝利を収めると、「8年後はヒラリーで決まり」だと民主党指導層は考えたことだろう。有力政治家は予備選の出馬すらためらい、サンダースが出てこなければヒラリーは全くの無風で民主党大統領候補になっていた。しかし当然ながら、民主党はうんざりすほど細かく、頻繁に世論調査を繰り返していただろうし、ヒラリーの不人気ぶりは数字で突きつけられていたはずだ。サンダースにあれだけの人が飛びついたのも、ヒラリーだけはごめんだという人が民主党支持者にも多数いたことを示している。にも関わらずなぜ民主党指導層においてヒラリーが大統領候補となることが既定路線とされてしまったのか。「ヒラリーを大統領にしたい」という願望が「ヒラリーなら大統領になれるはず」という認識にすり替わり、「ヒラリ-なら本選で絶対に勝てる」という根拠のない思い込みを現実だと取り違えたということだったのかもしれない。


ホフスタッターの『アメリカの反知性主義』、及び森本あんりの『反知性主義』は今回の選挙を考えるうえで必読文献だろう。
アメリカ合衆国は、少数のエリートが権力を専横することへの拒否感がとりわけ強い国である。こちらに書いたように、才気煥発とは言いかねるワシントンが初代大統領に選ばれたのも、彼には実子がなかったことから新たな「王朝」が作られるという懸念が薄かったせいでもあった(予備選と本選で「ブッシュ王朝」と「クリントン王朝」を倒したとはしゃいでいる人がいるのは、まさにこの表れだ)。

このような反権威、反権力、反インテリ志向は健全な懐疑精神であり、民主主義的なものであるとすることができる一方で、民主主義の負の側面である悪しきポピュリズムに容易に堕する可能性を常に秘めた社会だということにもなる。

口から先に生まれたかのような香具師的な人物アンドリュー・ジャクソンの最大のライバルは、第二代大統領を父に持ち、ヨーロッパに長期滞在して複数の外国語を身につけ、大学教授まで務めるほど学識に溢れ政治権経験も豊富なジョン・クィンシー・アダムズであった。泥仕合そのものの激しい中傷合戦を繰り広げた長年に渡る両者の戦いは、ジャクソンの勝利で幕を降ろす。ジャクソンは大統領としてアメリカ独特のリボルビングドアシステムの原型を作り(猟官運動に応え支持者に利権をばらまいたということなのだが、同時に国や地域を統治するのに一部のエリートに頼る必要はない、「普通の人」にもそれは可能なのだという反知性主義を体現したものでもあった)、「ジャクソニアン・デモクラシー」にその名を残すように「大衆」の感覚に寄り添った政治をした。そしてその帰結の一つが、先住民への過酷な迫害であった。大量の命が失われ、生活の根が奪われ、先住民たちはこれ以降さらに苦しみ続けることになる。スピルバーグが『アミスタッド』で描いたように、アダムズはジャクソンに敗れ大統領を退任した後、弁護士として、黒人奴隷のために建国の理念を掲げ法廷で戦うことになる。

このような歴史がそのまま繰り返されることはないだろうが、この「伝統」について民主党はもっと敏感であるべきだったろう。
1960年代後半、民主党は分裂状態に陥る。ヴェトナム戦争を泥沼化させたジョンソン大統領への不満が爆発し、未だはびこる、党を仕切るボス政治に批判が集中した。ジョンソンの後を襲ったニクソンはウォーターゲート事件を引き起こし、共和党支持者の不信はつのった。1976年には、ジョージア州知事を務めたとはいえ中央政界では全く無名であったカーターがあれよあれよと大統領に上り詰める。そのカーターを破ったのはカリフォルニア州知事であったレーガンだが、彼は共和党内では異端的な立場にあった。88年には副大統領だったブッシュが勝利するが、その再選を阻んだのは南部の小さな州アーカンソーの知事だったビル・クリントンであり、この92年には政治経験ゼロの実業家ロス・ペローが旋風を巻き起こした。2000年の大統領選挙は二世政治家同士の戦いとなり、アメリカ政治の寡頭化を印象づけるものであったが、いけすかない政治エリート、退屈なインテリのゴア対田舎の気のいいおじさんのブッシュというイメージ作りに成功した結果、政治家としての能力が極めて疑わしいにも関わらずブッシュは(一応の)勝利を収めた。この時も、民主党側にはいくらなんでもゴアがブッシュなんぞに負けるわけがないという油断があり、問題となったフロリダ以外でも取るべき州を取りこぼしていた。


オバマが2008年の民主党予備選に敗れ2016年の大統領選を目指していたとしたら、この間彼は将来の大統領候補としてメディアに多く露出することになっていただろう。名前が売れると同時に、政治家としては手垢にまみれるということにもなる。上院議員や、あるいは副大統領であれば「ワシントン」のインサイダーと見なされかねない。2008年の予備選ではオバマの政治経験の浅さが攻撃に使われたが、これはむしろ望むところ、オバマの弱みであるどころか強みであった。この機を逃せば、オバマはこの優位性を失うことになる。「今回の選挙で勝つしかない」、2008年にオバマはそう考えていたのかもしれない。

「ワシントン」のインサイダーへの不信感はアメリカの伝統であるだけでなく、ここ50年でますます高まり、とどまることを知らない。8年前にはこのことをわかっていたはずのオバマですら、今回は冷徹な計算をめぐらすことができなかった。2008年の予備選の結果、ヒラリーというカードは失われたのだと、民主党指導層はそう認識すべきだった。もちろんその見通しを覆し、ヒラリーは予備選を勝ち抜くことになっていたかもしれない。「過去の人」と見なされた逆境を乗り越えそのようなムーヴメントを起こすことができたとしたら、それは彼女が「強さ」を身につけたということになる。しかし初めからスタートラインに一人だけ立たせるようなレースを行うことに決めていたのでは、そのような強さが生まれることはない。この8年間民主党は次の大統領候補となる人材の育成を怠ったし、それは民主党全体を弱体化させることにもなった。


ただ、ここまで民主党指導層の目を曇らせた「ヒラリーを大統領にしたい」という願望はわからなくもないところもある。

リベラル派がヒラリーを嫌う理由はいくつもある。オバマ対ヒラリーでは、彼女がイラク戦争に賛成していたことが徹底的に突かれた。そればかりでなく、ヒラリーの上院議員としての投票行動は極めてタカ派色が強かった。大統領になるということはアメリカ軍のトップになるということでもある。共和党との本選では「女に軍のトップが務まるのか」という攻撃が行われることを当然予想していただろう。タカ派的投票行動を取ったのはこれへの予防線であったとも考えられる。リベラル派から見れば、ヒラリーは権力を手にすることこそが目的であり、信念も何もあったものではないと写ることになる。

民主党と共和党、どちらがウォール街に近いのかは言うまでもない。しかしウォール街はリスクヘッジとして民主党にも大量の資金を流しこんでいる。長年に渡って大統領最有力候補とされたヒラリーは、ウォール街としてはなんとしても取り込みたい相手であり、ヒラリーにしても「ビジネスフレンドリー」というイメージを作り出せることは中道派の票を得るうえで悪くないことだと思えたのだろう。しかしビル・クリントン政権で何が行われたのかをリベラル派は覚えている。ゴールドマン・サックス出身のロバート・ルービンに率いられた経済チームによって、ほとんど共和党と変わりない経済政策が取られた。グラス-スティーガル法の撤廃はリーマンショックの直接の要因である。ルービン一派の民主党への影響力は強大で、オバマ政権ですらこの呪縛から逃れられず、金融規制強化などは遅々として進まなかった。

クリントン政権はまた社会保障の削減や厳罰化なども進め、この点でも共和党とほとんど差がなかった。ゴア政権はクリントン政権の三期目であり、こんなのにはうんざりだとリベラル派は感じていたし、ヒラリー・クリントン政権もビル・クリントン政権の延長にすぎないと感じられたことだろう。

ビル・クリントンがホワイトウォーター疑惑などで共和党の集中砲火を浴びると、ヒラリーはこれを右翼による陰謀だと言った。この物言いは必ずしも大袈裟なものではなく、右派のクリントン夫妻に向ける憎悪は常軌を逸したものになっていく。一方で付け入る隙を与えるほうが悪いのではないかとすることもできるだろう。ティーパーティは、そしてトランプは「オバマは実はアメリカ生まれではない、出生証明書は偽造されたものだ」とわめき散らしていた。話にもならない馬鹿げた陰謀論であり、まともな人は誰も相手にしなかったが、これくらいしかオバマに向ける「陰謀」の材料がなかったということでもある。しかしクリントン夫妻は叩けば山のように埃が出てくる。二人が清廉潔白だと思っている人は、民主党支持者でもほとんどいないだろう。クリントン財団が設立された時、ヒラリーが大統領を目指していることは周知の事実であった。ならば慎重のうえにも慎重を期するべきなのに、不必要な危ない橋をわざわざ渡るというのは理解し難いことだ。国務長官時代のメール問題にしても、周囲の忠告を受け入れずに事態を悪化させたのは他ならぬヒラリー自身であった。


このように欠点や瑕疵をあげていけば切が無いのであるが、しかしヒラリーに向けられてきた批判や懐疑は正当なものばかりであったとはいえない。

ヒラリーとビルは当初夫婦別性を選んだ。しかしビルが知事選に敗れると、周囲はアーカンソーでは夫婦別性など受け入れられない、同じ姓を名乗るべきだと迫った。ヒラリーはこれを受け入れ、姓を二重化させヒラリー・ロダム・クリントンと名乗るようになったが、このような選択ほぼ女性にだけ迫られるものである。ヒラリーのオポチュニスト的行動の少なからぬものが、女に経済はわからない、女に軍のトップをまかせられるかといった女性であるがゆえに加えられる攻撃への防衛反応でもあっただろう。

スキャンダルまみれであったビル・クリントンは「愛すべき駄目男」として今でも高い人気を誇っている。ビルがこれほど人気がありながらヒラリーが蛇蝎のごとく嫌われているのは、二人の人格によるものだろうか。男の浮気が大目に見られることがあっても、女の浮気が大目に見られることはまずないない。同じことをしても、男を見逃しても女に対しては徹底的に懲罰を加えなければ気がすまないといったタイプの人間はまだまだ多い。

ヒラリーの「悪名」を一躍轟かせたあのクッキー発言にしても、文脈をふまえれば専業主婦を馬鹿にしたものでもその生き方を否定したものではなく、女性にも多様な生き方があるべきだといった程度のものであるが、右派はここぞとばかりに叩きまくった。

「むかつく女だ」、トランプは公然と言い放ったが(ついもれたものではなく、「受ける」という確信があっての計算づくの発言だろう)、もしヒラリーが同じような感情的言葉をトランプに向けていたら、いったいどうなっていただろうか。
保守的なジェンダー観を持つ人間にとって、ヒラリーは絵に描いたような「むかつく女」である。頭が切れて弁が立ち仕事も優秀、そして何より野心を隠さない(ちなみにミシェル・オバマも頭が切れて弁が立ち仕事も優秀な弁護士であるが、彼女のファースト・レディーとしてのイメージ戦略は明らかにヒラリーを反面教師にしたものだ)。野心を持たない男など「女々しく」て嘆かわしい、野心を持つ女など虫唾が走る、このような感覚は今でも根強い。ヒラリーが感情を隠せば冷たい女だと言われ、感情を表せばやはり女は女だ、政治には向かないとされる。

あの「ドヤ顔」の作り笑いは散々揶揄の対象とされてきたが、いくら言われてもやめることができなかったのは、どちらを向いても中傷される中であの表情に追い込まれたということだったのだろう。皮肉なことに、大統領への道を断たれた敗北スピーチがヒラリーの過去最高の演説だともされた。これは、彼女が「希望」や「夢」を伝える積極的なメッセージを発する能力が欠如している政治家であったというのではなく、権力の頂点を目指す女性政治家という立場から外れるまで、がんじがらめにされ、その能力を充分に発揮することができなかった結果だったようにも思えてくる。

こういった状況を長年見続けてきた民主党幹部は、ヒラリー・ロダム・クリントンをなんとしても大統領にしたい、いや、そうすることで社会を変えなくてはならないのだと考えるようになり、冷徹な計算ができなくなったということだったのかもしれない。


逆に冷徹に計算をめぐらし続けることができるのが経済保守の富裕層だということが、今回改めて示された。ひたすら「小さな政府」を求める経済保守にとって、妊娠中絶や同性婚の禁止などどうでもいいことだろう。「政府はできるだけ小さくあるべきだ」として富裕層への課税強化、環境や銀行の過度の投機的行動への規制などは徹底的に否定しながら、個人の選択に委ねられるべきことに政府がずかずかと立ち入り介入することは平気で認める。「金持ちを守れ、金持ちがひたすら栄え、貧乏人が野垂れ死ぬ社会にしよう」などと訴えたところで集票には限界があるが、宗教保守を煽れば票は簡単に手に入る。倫理的問いや論理的整合性など気にも留めない、これこそが保守/右派の「強さ」の秘訣である。とにかく権力を手に入れさえすれば、あとはどうにでもなる。白人の偏見や不安に付け込み、それを煽ることで票を稼ぐというのは共和党が南部や中西部で長年に渡って行ってきたことだ。トランプの戦略もその延長線上にあり、今回それがついに北部でも有効になってきたことが示されてしまった。

トランプが大統領になれば経済は滅茶苦茶になると言われたが、富裕層やウォール街は本気でトランプ大統領誕生の阻止に動いたのだろうか。確かに献金等は過去と比べると控え目であったが、しかしヘッジファンド等の人脈はトランプ陣営にしっかりと食い込んでいた。ウォール街からカネをたんまりもらっているとヒラリーを罵倒し続けたトランプは、殊勝ぶった勝利演説で金融規制強化を否定し、私はあなたがたの味方だとウォール街にウィンクしてみせた。「市場」はそのメッセージをしかと受け取り、株価は一気に上昇した。


一番おそろしいのは、トランプが政権運営に行き詰ったり、支持率の大幅な低下が起こった時に、批判をかわすためにカードとして差別を持ち出すことだ。こうなれば大統領自らがヘイト・スピーチを行いヘイト・クライムを呼びかけるという異常な事態にもなりかねない。権力を保つための「賭け」としてはあまりに危険なものであるが、共和党を長年支えている勢力ならば、健康のためなら死んでも構わないという人間よろしく、リベラルが権力を持って社会の流れを変えるのを目にするくらいなら、世界が滅ぶ方がマシだとすら考えているのかもしれない。

「ヒラリーもトランプも同じくらいひどいからトランプが勝とうが別にショックはない」だの「トランプ当選のショックによって人々は目覚めるはずだ、むしろこれはチャンスなのだ」などと寝言を並べ立てている人は、ヒトラーが政権を握ろうとしていた時にドイツ共産党が何と言っていたかを思い起こすべきだ。ちょっとしたショックが起こったところで人が目覚める事例は少ない。むしろより深く蒲団に潜り込み、自己正当化に走り現実から目を背け、落ちるところまで落ちてようやく気がつくことになるが、そのような事態は何としても避けねばならないことも歴史が与えた教訓であったはずだ。


この選挙結果にショックを受けるなんて馬鹿らしい、アメリカなんてもともとそんな国だろ、という冷めた意見もあるだろう。僕もアメリカの文化、社会、政治などに多少なりとも関心があるので、その歴史においてとんでもないことが平然と行われてきたことも知っているし、嫌なところや駄目なところも人並みに認識はしているつもりだ。

トマス・ピンチョンは、黒人奴隷にとって運命を分ける線となることをそうとは知らずに引いた二人の人物を主人公にした『メイスン&ディクスン』において、「建国の父」たちを胡乱な、暗い影をもたらす人物として描いた。しかしピンチョンはまた、「もう一つのアメリカ」を、緑溢れる可能性に満ちた「ヴァインランド」を幻視し続ける作家でもある。スティーヴ・エリクソンが『きみを夢見て』で描いたように、アメリカは惑い、よろめく。それでも前進していくのが(象徴としての)「アメリカ」なのである。「もう一つのアメリカ」とは現実の国家であるアメリカ合衆国を指すのではないが、やはり合衆国と深く結びついているものであり、それはまた様々な意味で世界に強い影響を与える存在でもある。そのアメリカが踏ん張ることが出来ずに、惑い、よろめいたあげくに倒壊してしまうことになるかもしれない、それほど危機感を与える出来事でありながら危機感が薄かったことが、さらに不安をつのせていくのである。

もっとも、若年層の投票行動を見ればそこまで心配する必要はないという声もあるだろう。むしろ若年層の投票行動を考えると日本の方がはるかにヤバいのでは、と言われるとまさにその通りで……


プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR