『シニカル理性批判』

ペーター・スローターダイク著 『シニカル理性批判』



「あえて賢くあれ(sapere aude!)、汝自身の悟性を用いる勇気を持て、これがすなわち啓蒙の標語である」。

イマヌエル・カントは『啓蒙とは何か』で、「まだ自信に溢れていた近代の主観的理性論のスローガンをこう定式化した。「いまだ」理性の基準に従わない世界の様々な動向を、主体的な努力によって制御することができるとする、懐疑的楽天論と自負とがそこにあった。カントが参集を呼びかけた「自ら知ることができる」が、「現状」に絶望した近代が知らない、みずみずしい性質の勇気によって支えられている」。


では現状に絶望した、「みずみずしい性質の勇気」を失った人々はどうなるのだろうか。

「かつて見た世界の破局や今また忍び寄る破局を考えれば、歴史に鬱屈した今日の生活感には、もはや、こんなものをまともに信じることはできまい。この生活感、「自身の悟性を用いる」気など毛頭ないような顔をしていることもしばしばだ。理性の勇気もあらかたに失ってしまったゆえに、啓蒙の遺産を受け継いだ跡取りたちは、今日、神経質で疑い深く、幻想などけっして抱かず、全面的なシニシズムに至る道を歩んでいる。人間的な文化が生んだ様々な理想に言及するにしても、嘲笑か無効宣告という形でないかぎり、もはや耐えられないかに見える。啓蒙された虚偽意識としてのシニシズムは、勇気をかなぐり捨て、あらゆる積極性をはなから欺瞞と決めつけ、ひたすら無事に生きることに徹する頑なで曖昧な賢さになった。最後に笑う者は、胸膜震盪に襲われたかのように笑う。シニカルな意識は、あらゆる時代の「悪しき経験」をすべて足し算し、あとはただ見晴るかすかぎり過酷な現実が延々と広がる一様性だけしか認めない。近代のシニカルな意識とは、あらゆる「不道徳な知見の蛇の道」(カント『永遠平和のために』)が絡み合い縺れあう糸玉である。新手のシニカルな態度において、辛苦の世界史的な学習過程が完了する」。


日本では犬儒派と訳されるギリシャにおけるキニシズムがシニシズムへと変化する過程で何が起きたのだろうか。そしてニーチェに代表される哲学においてシニシズムがどう扱われていたのか。「ワイマール症状」とは右にも左にもシニシズムが浸透しきったものであり、まさにこのシニシズムこそがナチを生み出し育てていったものとなる。

スローターダイクのいう啓蒙を打ち壊すのも他ならぬ啓蒙であるとはどういうことだろうか。高田珠樹は「訳者あとがき」でこう書いている。「カントは『啓蒙とは何か』の中で、啓蒙を、人間が「自分自身のせいである未成熟状態」から脱却することであると説いた」。しかし、世の中には本音と建前というものがあることを学んだ、世の裏を知り、世慣れした「大人」はこのような主張をどう思うだろうか。

「個人は人類の一員として、目先の利益や自分の所属する組織や集団に縛られることなく、人類の普遍的な理念に従うべきだ、などといったたぐいの話は、大概のところ、単に世間知らずの人間が説く題目にすぎない。現実の中で生きてゆく、生き残るには、そのような題目に付き合っているわけにもいかないのだ。世の中には別の理論や仕組みが働いており、若いうちなら青臭い議論のひとつも愛嬌だが、いい年をして、二十歳前後の若造みたいなことを言っているわけにもゆかない、というのが本音だろう」。

「啓蒙の理想が単なる建前にしか感じられず、それが本気で説かれることに対して苛立ちを覚える。しかし、考えてみれば、この苛立ちもまた啓蒙の所産である。啓蒙が、無知と素朴という「蒙を啓く」ものである以上、啓蒙に対する素朴な信頼も、啓蒙自身によって打ち砕かれるのだ。近代の啓蒙主義の理念が、社会におけるあらゆる権威と強制が所詮、人間の作為によるものであることを暴露し、人間の意志にまさる基準など存在しないと断定したとき、価値や権威の絶対性を嘲る相対主義やシニシズムはすでに用意されていたといえよう。啓蒙自身に対する懐疑もまた啓蒙の必然的帰結なのである」(「訳者あとがき」)。


原著の刊行は1983年。古代ギリシャに始まりワイマール共和国に蔓延したシニシズムがナチズムを生み育てるまでを論じた本書は、左翼退潮の時代であった当時の状況を反映したものだろう。ワイマール時代は「理念が反故にされ、善意が有効性を持ちえない時代」であった。「リベラル派にさえ見られたナポレオン待望論や、社会民主党の政治化たちをも蝕む短絡的な現実論、あるいは「小売商人」たちに巣食う戦略的発想、人体を一種の義肢の集積と見なし、広大な宇宙の中では個人の苦しみなど無に等しいと考える人間観。こういった様々な精神的兆候が、翻ってみれば、すべて最終的にヒットラーの政権獲得に道を開き、ファシズムと戦争を準備するものであった」。

「西ドイツでも七〇年代に入って左翼運動が、自閉的となり、内部崩壊の過程を辿っていった。啓蒙的言説は、社会に対してストレートなメッセージを発することができず、次第に自嘲的、自虐的となってゆく。かつてワイマール時代のインテリたちのシニカルな言説が結果としてナチズムを許容し準備したのと同じように、ここにも新たなファシズムの生育する地盤が用意されているのではないか。こういったいささか悲観的な展望と危機感とが原著執筆の動機となっている」。

1996年に書かれた「訳者あとがき」の中で、高田は原著刊行から10年以上がたって、本書についてどう評価しているのだろうか。まずファシズムへの危機については「ワイマール時代とはかなり異なった経緯を辿ったと言うべきだろう」と、スローターダイクの悲観的な「時代診断や予告」が「さいわい、これまでのところ確証されなかったわけである」としている。一方で「われわれは今なお、このシニシズムの明けきらぬ薄明かりの中を生きているのだ」ともしている。

「本書で、ディオゲネス流の「素朴で健全」な批判と揶揄に、社会変革の希望が託されるのには、違和感や抵抗感を覚えられる方も多いのではないかと思う。世の「不健全」な心情の分析に発揮される著者の腕前に比べて、その主張はどこか凡庸で時代遅れにさえ映る。しかし、考えてみれば、何か積極的な希望を語ろうとして、凡庸でないことなどということは土台ありえない。むしろ、彼の語りにまず凡庸さを感じてしまうところに、われわれの悲観的なシニシズムの根深さが現れていると言えよう」。


訳書刊行からさらに20年が立った今、スローターダイクの分析、及び危機感は、むしろ切実さを持って感じられるようになったとすべきかもしれない。

スローターダイクが本書で描く、啓蒙の跡取りであるがゆえに啓蒙に侮蔑の念を抱き、啓蒙の理想を嘲笑うのは、まさに日本の「ネトウヨ」、あるいはアメリカの「alt-right」に代表される、世界各地に見られる近年台頭した新たな右翼とほぼそのまま重なるかのようだ。

「人間的な文化が生んだ様々な理想に言及するにしても、嘲笑か無効宣告という形でないかぎり、もはや耐えられないかに見える。啓蒙された虚偽意識としてのシニシズムは、勇気をかなぐり捨て、あらゆる積極性をはなから欺瞞と決めつけ、ひたすら無事に生きることに徹する頑なで曖昧な賢さになった」というのは、まさに今日の新しい右翼の姿の一部であろう。

「理想」を語る者は単に過酷な「現実」を知らない(あるいはそこから目をそむけている)愚か者で嘲笑の対象であり、自分たちは賢くもこの「現実」を認識し、それに適応しているのだということになる。もちろんこれは実際には、現実を変えるという「勇気」を持つことができず、「ひたすら無事に生きる」ことを願い権力や既成事実に追従することを正当化する言い訳にすぎないのであるが、啓蒙を説く「エリート」を馬鹿にすることによって得られる満足感も加味されるだけに(こういった人々ははたから見れば「強いものに弱い」だけなのであるが、当人の意識としては反権威主義だと思い込んでいる、あるいはそう思い込もうとしているというのもよく見られる)、一度この誘惑に屈すると逃れられなくなるのだろう。

むろんこれはインターネットが生み出したものではない。スローターダイクの危機感が70年代から80年代前半の社会状況から生じたものであるように、現在日本に蔓延するシニシズムの多くがすでに80年代には見られたものだ。現在のSNSでも、あえて差別語を使って顰蹙を買うことを積極的に望み、それに抗議する人を嘲笑することであたかも自分が優位に立っているかのような態度を取る人がいるが、このような人を見ると「80年代的だなあ」と思えてしまう。日本の「80年代的」感性とは、啓蒙を「口うるさい学級委員長」といったようなものに矮小化しようとしたものだとしてもいいだろう。啓蒙によって得たものによって啓蒙を矮小化し、啓蒙を無効化しようとする。もちろんこういったものは80年代前後の日本に初めて生じたものではなく、啓蒙の落とし子として啓蒙とともに常に併走してきたものであり、さらにはシニシズムの誕生にまで遡ることができる。


現在世界各地で起こっていることを考えるうえでも、本書は今だからこそ広く読まれるべき重要な一冊であるのだが、正直にいうとあまり頭に入ってこなかった。といってもこれは訳者のせいではないだろう。高田は「訳者あとがき」でこう書いている。初めて手にした時、「読みはじめると、理論的な記述や論証と違い、エッセイ風の曖昧な文体や、時にとどまるところを知らない饒舌の閉口させられ、キニシズムとシニシズムとの関係についての基本的なテーゼなどは一応理解することはできたものの、冗談とも本気ともつかない著者の文章のそれぞれが最終的に何を志向しているのかしばしば見当が付かず、当惑させられたことが記憶に残っている」。

僕はドイツ語をまるで読めないので確かめようがないが、ドイツ語ができる人にとっても頭に入りづらい文体なのではないだろうか。また文体のみならず、その長さのせいもあるだろう。

ソクラテスやプラトンの時代に、「富や名声に頓着せず、薄汚れた姿でアテネの町を徘徊」するディオゲネスは「世間の権威や当時の風習を嘲り諷刺」した。スローターダイクはその「権威に対して噛み付く」姿に「啓蒙が備える否定と抵抗の精神の原型を見て取る」。「ところがローマ時代のルキアノスとなると、同じく世間を嘲り嘲笑すると言っても、その矛先は、むしろ権力に対してではなく、権威や権力を昔と同じ論調で批判し続けるかつての仲間たち、キュニコスに向けられる。権威に対抗するとは言いながら、そのもったいぶった口調は何だ。批判精神と称しながら、素朴でおめでたい。おまえたちこそ時代から何も学ばず、自分の在り様すら理解していないのだ……」と、このあたりは現在のある種の人々のメンタリティを的確に言い表しているかのような注目すべきところである。遠慮会釈なく大胆不敵、挑発的に権力に噛み付いていたキニシズムがシニシズムへと変質すると、権力への懐疑ではなく権力に噛み付く存在への懐疑へと変化し、権力へ噛み付く存在に対して噛み付くようになったのであった。それにしても、「訳者あとがき」では簡潔にまとめられているこの主張にスローターダイクはいったい何ページ費やしているのか……。

もちろんこの「饒舌」っぷりがたまらないという人もいるのだろうが、多くの人にとっては本文を読み通すのは結構骨が折れることになるかもしれない。そういう人はとりあえず「訳者あとがき」だけでも目を通してほしいし、どこかの誰かが本書の内容を手際よくまとめたうえで原著刊行後の社会状況などをふまえて論じたものを出してほしい。「凡庸」と嘲笑われようとも、啓蒙の旗を高く掲げることが求められている時代になってしまっているのだから。


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佐藤太郎(仮)

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