『ビル・クリントン  停滞するアメリカをいかにして建て直したか』

西川賢著 『ビル・クリントン  停滞するアメリカをいかにして建て直したか』





完全に中立公正、客観的な伝記などというものはあり得ない。ましてや同時代の政治家の評伝であれば、なおさらのことだろう。本書はサブタイトルからも窺えるように、リベラルに傾き民心を失った民主党を中道化することで党を、そしてアメリカ合衆国をも立て直した大統領としてビル・クリントンを高く評価する立場で書かれている。もちろんこの評価は民主党リベラル派からすれば大いに異論があることだろう。

クリントン政権/民主党が94年の中間選挙で大敗し右傾化した後に、クリントンは「いまやニュー・デモクラットからニュー・リパブリカンになったのだ」という声が「冗談」として紹介されているが、これはリベラル派からすれば冗談などではなく、クリントン政権の本質を表す言葉と受け止めたことだろう。

ビル・クリントンは96年の再選を目指し、一度は袂を分かったディック・モリスを呼び戻した。ネガティブ・キャンペーンを得意とするモリスは、よくいえば選挙のプロであるが、悪く言えば政治信念もへったくれもなく、選挙の勝ち負けにしか興味しかない人物である。私的なアドバイザーであるだけにも関わらずホワイトハウスを我が物顔で闊歩するモリスには、クリントンの側近の多くも不快感を持ち、ある人物は「ヒトラーとマザー・テレサに同じ日に助言できる男」、「政治的損得勘定でしかものを見ない男。善悪の区別はなく、国益にもっともよいことは何かという視点もない」と評したという。

このモリスが考案したのが、「三角測量」という戦術だった。モリスはクリントンが民主党からの支持を得ようと過度に左傾化し、「ニュー・デモクラット」としての中道的な政治的立場を失ったと考えた。「三角測量とは2大政党の従来の見解を両辺に置き、その中間に大統領の主張を置くという戦略である」。要は民主党リベラル派を切り捨ててでも、共和党の主張を選択的に先んじて取り入れることで機先を制し中道、さらには右の票も取り込もうとする戦術である。

議会共和党が主導した「個人責任・就労機会均等法」は社会保障の受給を大幅に、厳しく制限するもので、クリントン政権内部でも反対が強く、拒否権を行使すべきだという意見もあったが、クリントンはこれを押し切って法案に署名する。これに抗議して保健福祉次官補など数名が辞任することになる。

確かにこれはアメリカに広がっていた社会保障制度への不信感に応えるものとして、選挙に勝つという面ではプラスになったかもしれない。しかし選挙に勝ちさえすればそれでいいのかと、リベラル派は不信感をつのらせることになる。「大きな政府の時代が終わった」と「高らかに謳いあげる」クリンントン政権は、自己責任を強調して貧しい人や失業者を切り捨てる共和党と変わりがないのだとリベラル派には思えただろうし、これは後にヒラリー・クリントンの大統領選挙にも影を落とすことになる。

著者はクリントン政権以降の民主党についてこう評価する。
「民主党左派はニュー・デモクラットの中道路線を嫌い、財政均衡、福祉改革、厳格な犯罪対策、北米自由貿易協定、世界貿易期間の設立協定などクリントン政権の成果を「悪しき妥協の産物。共和党の猿真似」であると否定した。/民主党左派はニュー・デモクラットのことを「民主党に巣食う共和党員ども」と呼び、党の主導権を握った。/2000年の大統領選挙でビルの後継者だったゴアはブッシュに惜敗。2008年の民主党予備選挙でヒラリーも民主党左派の候補であるバラク・オバマに敗れてしまう」。

さらには「オバマ政権は、中道路線を歩んだクリントン政権とニュー・デモクラットに対する「民主党左派の反動」という顔を持つ」とまで書くのだが、この見方はかなり独特で、一般的にはオバマ政権の政策はむしろクリントン政権を引き継いだ中道路線という評価ではないだろうか。まるで民主党が左翼に乗っ取られたかのような口ぶりであるが、オバマ政権が「 民主党左派の反動」によって生み出されたと見えるならば、それはあまりに右寄りの視線であろう。

どちらかといえば、民主党の中道化を狙ったクリントンやゴアらの「ニュー・デモクラット」よりも民主党リベラル派にシンパシーを持つ僕のような人間からすると、このようなリベラル派を切って捨てる民主党中道派の態度にこそ問題を感じてしまう。
このあたりは2016年の民主党予備選挙でも大いに議論されたことであり、執筆、刊行は本選の前であるとはいえ 、大統領選挙の結果を受けて本書を読むと、いろいろと考えさせられることになる。


1992年の民主党予備選挙で、カリフォルニア州知事だったジェリー・ブラウンは、「「アメリカを取り戻せ」をスローガンに掲げて腐敗したワシントン政治からの脱却を訴え、議員の任期制限や選挙資金改革を公約に掲げ、100ドル以上の選挙献金を受け取らないと公言するなど、注目を浴びていた。/ブラウンの外交政策は「零細な農民、ビジネスマン、アメリカの一般家庭が財政赤字から解放されるそのときまで、1セントたりとも対外援助に支出すべきではない」といった極端なものであり、カナダ、メキシコとの北米自由協定(NAFTA)締結にも反対していた」。

ブラウンの主張である「腐敗したワシントン政治からの脱却」や保護主義は2016年におけるバーニー・サンダースを彷彿とさせるものがあるし、対外援助に対して敵愾心を表し、アメリカ国民を最優先に考えるべきだとしていることや「アメリカを取り戻せ」というスローガンはドナルド・トランプをも想起させる(ブラウンのスローガンは「take back America from the confederacy of corruption, careerism, and campaign consulting in Washington」というものだった)。

また92年の大統領選で旋風を巻き起こした、経済に強いというイメージが売りである実業家のロス・ペローもNAFTAに反対の論陣を張っていた。政治経験のない、ワシントンのインサイダーではないビジネスマンであることを強調し、保護主義を唱え、政策に一貫性が欠けその場の思い付きのような言動を繰り返すことでは、ペローとトランプの間にも共通点は多い。
このように、トランプはここ数十年のアメリカのポピュリズムの流れをふまえてあのような主張をしていたことは間違いない。

クリントンに代表されるニュー・デモクラットは、民主党が「人種マイノリティ、同性愛。フェミニズムの活動家の党」「増税容認の党」「犯罪に甘い党」「福祉受給者や貧困者の党」といった「レッテル」から逃れなければならないとし、「従来までのリベラル一辺倒の主張を繰り返し、労組や人種団体・フェミニズム団体、環境保護団体・消費者保護の団体などの中核的支持基盤に訴えかけるだけでの路線だけでは、選挙に勝てない時代が来てしまった」と考えた。
クリントンは「忘れられた中間層」の代表であることを強く押し出し、「60年代以降、民主党に背を向けていった有権者層を取り戻すこと」を狙いとした。

トランプ支持者というとすぐに白人ブルーカラー層を思い浮かべる人も多いかもしれないが、実際にはミドルクラス以上の収入がある白人中高年層もかなりがトランプに流れた。あるいはヒラリーは、選挙戦術だけを考えたなら、ビルと同じように中間層に狙いを絞った方が票を固めやすかったのかもしれない。

しかし、ブラウンもサンダースも民主党予備選で敗れ、ペローも「旋風」止まりであったにもかかわらず、トランプはといえば共和党予備選ばかりか大統領本選でも勝ち抜いた。これをブルーカラー層の不満を吸収したことやミドルクラスが「実利」でトランプを選んだとするだけでは、分析は不十分だろう。

民主党左派はワシントンのエリートが政治を仕切ることを批判し、経済政策では保護主義を訴えることである程度の成功を収めることはできたが、勝つことはできなかった。ブラウンやサンダースやペローになくトランプにあったものは何か。いったい何がトランプを勝たせたのかは、「 ヒトラーとマザー・テレサに同じ日に助言できる男 」であるモリスがクリントン側近に復帰し、政策にも口を出すようになり右傾化した後のクリントン政権の動きから見えてくる。

96年4月に「反テロ及び死刑厳格化法」が制定され、「これによりクリントンは「犯罪者に厳しい」「安全保障に力を入れている」というイメージを強めた」。

「96年9月、「不法移民改革および移民責任法」の成立により、移民法が大きく改正された。これによって出入国管理が厳格化され、不法移民の国外追放の簡素化のほか、不法移民の行政サービスの受給禁止、移民の家族呼び寄せに対する制限などが設けられた。/さらに、クリントン政権は不法移民と知りつつ雇用した企業を罰する法案の制定を議会に要求したが、これは否決に終わった。なおこの時期、メキシコ国境に警備隊を増員し、国境フェンスも増設している。/同じ9月には「結婚防衛法」が成立した。この法は夫婦としての一組の男女間の合法的結びつきのみを結婚とみなし、これに当てはまらないカップルに連邦法上、夫婦に与えられるべき権利を認められないという規定が定められていた。/93年にハワイ州で同性カップルの結婚を認めようとする動きがあり、それに続こうとする州も出はじめていたが、結婚防衛法はそうした動きを封じるものである」。

「クリントンは福祉改革、テロ対策、不法移民対策、同姓婚への反対、規制緩和・自由競争の促進といった領域では三角測量の戦略に従って、「保守的」な立法を成立させていった」。
こうしてクリントンは再選に成功するのである。

「犯罪者に厳しい」というタフでマッチョなイメージを作り出し、同姓婚を阻止しようと法改正を行うといったことは共和党のイメージ及び政策を取り入れたものであり、さらには「不法移民の国外追放の簡素化」や「メキシコ国境に警備隊を増員し、国境フェンスも増設している」というのは、トランプのやろうとしていることと見紛うほどである。
トランプが共和党予備選を勝ち抜いたときに、「トランプは差別主義者であるにも関わらず勝ったのではなく、差別主義者であるからこそ勝てたのだ」といったような意見を目にしたが、アメリカで選挙に勝つにはこれが最も「効果的」な姿勢であるという状況は20年前にはすでに生じていたのであったと考えることもできる(実はオバマ政権にしても、このような政策を部分的にとっている)。

トランプはそれを「法の厳格な適用」といったオブラートに包んだ表現を使わずに、直接的に、臆面も無く、差別まで含めて言い放った。選挙結果を見るとトランプは必ずしも強い支持を集めたわけではないが、それでもヒラリーが広く支持を集めるのに失敗したということは、こういった言説に対抗しようとするアメリカ社会の強い意志が失われていたということを表している。

本書でも触れられているように、クリントンは幼少期の体験もあって黒人とも緊張せずにリラックスして、親しく付き合うことができた。恵まれない家庭環境に育ったこともふまえて、トニ・モリソンがクリントンを「アメリカ史上初の黒人大統領」と呼んだことは有名である。そのクリントンですら、アメリカに蔓延るメキシコ人への差別感情を政治的に利用したのだとされても仕方ないであろう(と、そこまでの表現がきつすぎるにしても、白人を中心として広く行き渡った差別感情と正面から戦わなかったし、仮にそうしようとしても、モリスのような男は選挙に不利に働くと徹底して反対したことだろう)。

なんといっても注目すべきは、上下両院を共和党が支配していたにも関わらず、「クリントン政権は不法移民と知りつつ雇用した企業を罰する法案の制定を議会に要求したが、これは否決に終わった」ことである。つまり、「実利」的にみれば、共和党支持者ですら企業が不法移民を雇用するのを禁じられると困ると考えていたということになる。メキシコ人がアメリカの白人の職を奪っているのではなく、白人がやりたがらないようなきつい仕事を低賃金で担ってくれるメキシコ人なくしては、アメリカは最早経済的にも社会的にも回らなくなるほど依存を深めている。このあたりは、「外国人実習生」という名の事実上の労働者(ただし移民と違って数年で追い出す)を劣悪な環境下で酷使しておきながら、実習生がその人権無視の境遇に耐えられずに逃げ出すと、「治安への脅威になる」などと煽り立てる日本の右派とやり口は同じである。

クリントンの名誉のために言うと、中絶をめぐっては共和党の求めに対し拒否権を行使しているし、環境問題でも「リベラルな成果を達成している」。とはいえ、「かくして、巧みに「保守とリベラルの中間」に絶妙な軌道修正を果たしたクリントン」とまで称賛することにはためらいを覚えざるを得ない。著者は「クリントンの評価はいまなお上昇傾向にあり、その名はもはや民主党支持者に安心と安定を与える「優良ブランド」になった感さえある」として、「ヒラリー・クリントンが「もう1人のクリントン」として早くから注目されてきたのも、こうした背景によるところが大きい」と書くのであるが、「クリントン・ブランド」は予備選でも本選でもヒラリーに対してむしろ逆風として働くことになる。

少なくともヒラリーは差別発言を行わないし、差別煽動的政策を掲げてもいなかった。トランプは個別的な政策の是非以前の問題として、山のような差別発言を繰り返す時点で論外としなくてはならないはずだった。民主主義社会の責任ある一員であれば、トランプ大統領の誕生だけはなんとしても阻止するという強い意志と行動が求められたが、学歴や収入に関わらず、とりわけ白人中高年層の少なからぬ部分がそのような価値観を最早持ってはいないのだということが、2016年の大統領選挙によって露になってしまった(もちろんこれはアメリカの白人中高年層だけの問題ではなく、トランプやその周辺の深刻な言動をも「おもしろいネタ」として扱う日本を含む各国のメディアも同罪である)。そしてその兆候は、ビル・クリントン政権の時にすでに表れていたとすることもできるだろう。


あと政策とは関係はないが、こんなエピソードもある。93年の予算案を通すのにクリントン政権は苦しむ。共和党が全員反対に加え民主党からも造反者が出てしまう。上院は50票対50票となり、上院議長である副大統領ゴアの1票でかろうじて通るという有様だった。下院は218票対216票で可決されたが、これは最後まで態度を決めかねていたマージョリー・マーゴリーズ=メズビンスキーが賛成に回ったおかげであった。「最後の1票」を投じたせいかはともかく、マーゴリーズ=メズビンスキーは翌年の中間選挙で落選してしまうことになる。時は流れ2010年には、このマーゴリーズ=メズビンスキーの息子のマーク・メビンスキーがクリントンの娘のチェルシーと結婚することになるのである。だからなんだといえばそうであり、別に政略結婚だというわけではないが、「ワシントンのインサイダー」のネットワークを見せ付けられているように思われてもしまいかねない。


すでに書いたように、クリントン政権への評価という点では僕は著者とはかなり意見が異なるのであるが、現在のアメリカ社会・政治を考えるうえでクリントン政権を功罪両面から様々な角度で検証することは不可欠であろうし、そのための貴重な情報を与えてくれる一冊となっている。


プロフィール

Author:佐藤太郎(仮)
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