ハードボイルド・ハルキ

前回取り上げた『ヒップ』でもハードボイルドが取り上げられていたが、村上春樹訳のチャンドラーの『リトル・シスター』(『可愛い女』ですね)が出ている。
(正直に言うと既訳のあるものより未邦訳の方を優先してほしいのだが……)

村上春樹はデビュー当初からチャンドラーから影響を受けたことをエッセイなどで明らかにしており、何よりも『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』という傑作まで書いている。

ハードボイルドは探偵小説の一ジャンルとも見なせるが、両者には断絶があることも見逃せない。
探偵小説は基本的には秩序回復の物語である。

探偵小説は自由主義国でしか生まれないという説がある。探偵小説といえばアメリカのポーが嚆矢であり、イギリスのコナン・ドイルが大きく広めた。その他にも探偵小説の代表的作家といえば英米を中心であり、逆に旧ソ連から探偵小説は生まれなかった。ロシアでは、例えばドストエフスキーのいくつかの小説などは探偵小説として読めるように、決して下地がなかったわけではないのに。またナチスドイツでも探偵小説は弾圧されていたという話もある。
自由主義国では証拠と法によって人は裁かれるが全体主義国ではすべて恣意的に運用されるため、証拠に基づく推理を行う探偵は受け入れられなかった、というのである。

一方でアンチ・ミステリーというものも量産されている。ここでは、探偵は事件の解決に失敗したり、あるいは推理の間違いが明らかになったり示唆されたりもする。
これと直接関連するわけではないが、探偵小説とは権力にくみする抑圧的なものであるという見方もある。警察に協力し、正義の名の下に時には無実の人までも裁こうとする、という。

事件があり、依頼があり動き出すというフォーマットは同じでも、ハードボイルドはこれらとは違っている。
ハードボイルドにおいて、探偵は秩序を回復させる存在ではない。多くの場合事件が解決したところでそれは後味の悪いものであり、事件が解決したのかどうかすらわからないようなものもある。

チャンドラーの作品を考えてみよう。フィリップ・マーロウは秩序を信じているのだろうか。彼がどれほど活躍したところでロスアンゼルスの街が「きれい」になることはない。マーロウ自身それをよくわかっている。汚職警官も麻薬王も妻を殴る男も身持ちの悪い女も、どれだけ頑張ろうとも一掃されることはない。
一方でマーロウはベストを尽くす。時には依頼内容を越えて、一文の得にもならないようなことにまで首を突っ込む。彼はやるべきことをなそうとする。それが空しい結果に終わるであろうことが予想できても。

蓮実重彦の『小説から遠く離れて』は日本の現代文学の多くが探偵小説の形式をとっていることを指摘したものである。村上春樹も俎上に乗せられている。ご存知の通り蓮実は村上春樹に否定的であるどころか嫌悪を隠そうとしない(ここではそれほど露骨ではないが)。
ただ、蓮実は春樹が探偵小説の土俵に乗っているのではなく、ハードボイルドの土俵に上がっているのだということを本当にわかっていたのだろうか。両者が異なるものであるということを。

村上春樹の小説はハードボイルド的である。
『風の歌を聴け』を考えてみよう。
デビュー作であるこの中篇は、肯定的にも否定的にも都市の消費的生活を享受する新しい感受性を描いたもの、という受け止められ方をした。
時系列がばらされているのでわかりにくいが、この作品の主人公の「僕」は、ほんの数ヶ月前に恋人に首を吊られたばかりで帰省してきたのである。

村上作品について「クール」というものをキーワードにあげる人がいる。僕がこの小説から感じたのは、「僕」とは、チャンドラーの有名なセリフを借りると、クールであるのではなく「クールでなければ生きていけない」ことを思い知らされた人間なのである。
同時に村上作品の主人公がデスペラート、やけっぱちになるということもあまり想像しづらい。多くは斜に構えているが、だからといって東京を爆破してしまおうとか行きかう人を誰でもいいからぶっ殺そうとかいう行動に出ることはまずない。

「クール」であり続けるは不可能なことでもある。村上作品の「哀しみ」とはここに由来する。クールでい続けることができればどれだけいいことか。しかしそうやって生き続けようとすることは、負けのわかっている戦いに赴くようなものでもある。喪失と生の中で引き裂かれていくのである。

絶望的で、秩序が回復しないとわかっていても、その中でベストを尽くさねばならない。これは定言命法的なことなのである。
村上春樹のハードボイルド性とはそこにある。
そして『ノルウェイの森』もその例外ではない。

と、こんなことを書いたところで、時間があったら映画『ノルウェイの森』でも見に行きますかね。




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佐藤太郎(仮)

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