『ハクソー・リッジ』のあの人?

『良心的兵役拒否の思想』(阿部知二著)の初版は1969年に出たもので、僕が手にしたのは74年発行の第6刷りであるが、そこにこんなところがあった。

斎藤勇は「日本キリスト教会の先覚者植村正久の弟子であり、信濃町教会の長老」でもあった。その斎藤から阿部は、「大正末年か昭和初年かのころの東大の英文教室」で、はじめてある言葉を聞いた。

「斎藤勇先生が、なにかの講義のときに、君たちは「コンチ」ということばを知っていますか、というように前置きして語られた。それはconscientious objectorを略したもので、conchyと書く。――私は、それによって、はじめて良心的参戦拒否、または兵役拒否という言葉を知らされたのであった。いや斎藤先生は、さらに語をつづけて、その内容についても説明された。それは宗教上の良心にもとづく反戦の行為である。ただしそれは、例えば「クエーカー」のような、絶対に人を殺さぬということを良心にもとづく信条として保持している宗派に属するものにおいて認められるものである。彼らがそのことを申し出るならば厳重な審査を受け、それに通過した場合には病院で傷病兵の看護をすること、あるいは土木工事、鉱石採掘等に従事することを命じられる。それをも間接的に戦争に協力することだとして拒絶するならば、獄に監禁されることになる。これが、第一次世界大戦中に、英、米で実施された法であった」。

「このことを聞いた私は、そののち長く記憶にとどめてきたのではあったが、その間、その認識を深めるべく勉強することもなく、うかうかと歳月をおくり、そのうちに日本は軍事国家となり、太平洋戦争に突入していった。私は良心にもとづく抵抗をすることもなく、多少の逃避的態度をとるのみで、その戦争のあいだをすごしたことを恥じなければならない」。

戦後、関西で疎開生活を送っていた阿部はあるアメリカ兵と知り合い、「この問題は思いがけない姿を見せてくれたのであった」。
大学生であったこのアメリカ兵は、南方戦線を経て日本に来ていた。「あるとき彼は、半ばひとりごとのように、自分はじつは良心的参戦拒否をなしうる宗派に属しているのだが、自分のような未熟者に、この戦争を拒否するだけの思想的根拠と信念とが存在しているかどうかと、あれこれ考えているうちにずるずるにそのまま兵隊になってやてきたのだ、というようにいった」。

さらに阿部はこう続ける。
「彼のことばを聞く前だったか後だったか、とにかくそのころに、アメリカの週刊誌で一人の良心的兵役拒否者についての話を読んだが、私の記憶に大きなあやまりがなければ、ほぼ次のようなことであった。沖縄へアメリカ軍の一部隊が「敵前上陸」をしようとしたが、あまりにも日本軍の抵抗が強烈だったので、いったん岸に取りついたものの、また海上に引きあげなければならなかった。ところが、ふと見ると、断崖の上でしきりに腕をふっているものがいた。撤収におくれた兵がいたことを知って、ふたたび強行して岸へのぼってみると、それは良心的拒否による看護兵であって、彼は部隊が引いたあともふみとどまって傷兵たちを守っていたのであった。彼はその勇敢な行為によって、勲章をさずけられることになった」。


阿部は記憶に頼って書いているので固有名詞が登場しないが、これはおそらくメル・ギブソンによって『ハクソー・リッジ』として映画化されたデズモンド・ドスのことではないだろうか。それにしても、メル・ギブソンのような人によって映画化がなされたというのを知ったとしたら、阿部のような人はかなり複雑な気分になったかもしれない。メルギブはといえば、斎藤勇にその後起こるある事件を知ったら、自分の生い立ちを含めて興味を掻きたてられるかもしれないが、彼によって映画化でもされたら相当に陰惨なものになりそうである。





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