『優しい鬼』

レアード・ハント著 『優しい鬼』




この小説の主題をあえて一つあげるとすれば、それは暴力かもしれない。男性による女性への、白人による黒人への、そして黒人による白人への。何よりも、アメリカ合衆国という国家の歴史における、拭い去ることのできない奴隷制度という暴力。

しかし、血塗られた物語を連想すると少々異なるものかもしれない。主要な語り手であるジニーは、14歳で遠縁の男と結婚する。その男の家には、12歳と10歳の少女がいた。楽園〔パラダイス〕という土地での新しい生活は、悪夢的なものなのかもしれない。ひらがなが多く読点の少ない文章は舌足らずな幼さを感じさせるとともに、現実感を奪い去って、悪夢的というよりも夢幻的な印象の方が強くなる。

19世紀半ばのアメリカの田舎での生活。ジニーは夫の暴力による被害者であり、また白人による黒人への暴力の加害者でもあるが、被害者という意識も、加害者という意識も、どちらも希薄というよりは皆無だ。ジニーにとって世界はこういうものであり、こうして生きていくより他なく、かすかな分岐点の気配を感じようとも、積極的に道を切り開いていくことはできないかのようだ。

そして本作の語り手はジニー一人ではない。時代を越え、性別を越え、そして人種を越えた語り手たちがいる。ある部分はトニ・モリソンの作品を連想させるかのようでもあるが、白人男性作家であるハントが黒人女性の「声」で語るということに、危うさがないわけではないだろう。それでもハントは、多様な「声」で本作を語る。19世紀半ばから20世紀初頭というのは、アメリカにとってとてつもなく大きな変化が起こった時代でもある。ハントは時代史としてそこで翻弄されていく大きな物語を提示するのでもなく、また個人史、あるいは一族の栄枯盛衰を網羅的に描くのでもない。時代の変化によって、反省的に意識が変化していく模様というのとも、異なるものだろう。

「現実」から切り離されたかのように見えなくもない物語世界であるが、しかし、ジニーの語りがそうであるように、これはやはり世界そのものを描いている。アメリカ合衆国の、そこに住む白人の、黒人の、男性の、女性の「声」で、それは年表のように具象的に掴めるものではないが、この世界が、そこに生き、死んでいく人々の姿が語られていくのであり、この「声」は、遠い場所で翻訳を通して物語に触れる読者の耳にも、ありありと響くことになる。


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佐藤太郎(仮)

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