『初夜』

イアン・マキューアン著『初夜』





彼らは若く、教育もあったが、ふたりともこれについては、つまり新婚初夜についてはなんの心得もなく、彼らが生きたこの時代には、セックスの悩みについて話し合うことなど不可能だった。

これは冒頭の一文の引用であり、この作品の要約ともなっている。

文学において、セックスはしばし主題として取り上げられる。
これは最も濃密なコミュニケーションであり、謎めいた、秘密の私的領域に属するものでもある。文学が人間を、そして社会を描くものである以上、セックスを無視することなどできない。

結婚式を終え、夫婦はホテルで食事を取る。すでに初夜への駆け引きは始まっている。
不安と(当人からすれば極めて当然と思われる)欲望を抱いているエドワード。
一方フローレンスは「入れられる」「挿入される」ということへ、不安どころか嫌悪感すら抱いていた。

この小説の絶妙さは1962年という時代設定にある。
ヴィクトリア朝的なカマトトぶった偽善的潔癖主義は過去のものとなっているが、しかし性の解放が始まるのはもう少し先のことだ。二人はセックスへの知識も想像力も圧倒的に欠けている。
このカップルは保守的なわけではない。なにせ二人とも労働党支持であり、出会うきっかけは反核運動である。少なくとも政治的には「進歩的」であり、文化的にも後ろ向きなわけではない。

二人の恐れや不安や欲望を丹念に描きながら、出会いや生い立ちを振り返る。
共に家への不満や違和感を覚えるという共通項がある一方で、二人の間には埋めがたい、ピエール・ブルデューいうところの「文化資本」の溝が横たわっている。

詳しくは読んでもらいたいが、男にとっては耐え難い結果に導かれんとする。
これは微妙な齟齬であったのかもしれない。もう少し、何かが違っていればすべてうまくいったのかもしれない。
しかしこの微妙な差異がセックスにおいては取り返しのつかない破綻をもたらすものになるのかもしれず、またこれは人間関係というものがいかに微妙にして脆いものであり、わずかの偶然や行き違いが決定的なものになってしまうかの隠喩ともなっている。

作品としては「魂を揺さぶられる」とか「圧倒的読後感」といったものではないが、むしろそれだけに、マキューアンの精密な筆致が生きてくる秀作であるように思える。
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佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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