『ラ・ラ・ランド』

『ラ・ラ・ランド』には十分楽しませてもらったが、では映画史的に見てエポックになるような作品だと感じられたとか、あるいは個人的に打ちのめされるような作品だったかというと、そこまでとはいかなかった。この作品を手放しで絶賛している人には「いや、それほどでは……」と言いたくなるし、この作品を酷評している人にもやはり、「いや、そこまででは……」と言いたくなる。これはデイミアン・チャゼル監督の前作『セッション』も同様であった。

『セッション』では、ミュージシャンを目指していたこともあるチャゼルが音楽映画を撮ったのであるが、その音楽考証の杜撰さは玄人筋から顰蹙や怒りを買うことになった。過去のミュージカル作品へのオマージュをふんだんに取り入れた『ラ・ラ・ランド』であるが、シネフィル的な人からは冷ややかな反応も目立つ。後ろから弾を撃たれているような、なんだか不憫な感じもしてきてしまうが、ジャズと映画といえばうるさ型のファンを擁する二大ジャンルでもあるだけに、地雷原に全速力で突っこんでいくようなチャゼルの意気込みというのはその分感じることもできるのだが、その鼻息の荒さにかえってイラっとくる人もいるのかもしれない。

「ジャズは死にかけている。そのまま死なせてやれという人もいる」とセブは言うが、これはミュージカル映画にもそのまま当てはめることができるだろう。死に瀕しているこのジャンルを救いたい。うるさ型がでんと控えることによよって新しいファンが疎外されるというのはどのジャンルにも起こりうることだ。玄人受けばかり狙って「老人向け」に作ったところで新しいマーケットを開拓することはできず、衰退していくだけだ。一方で「未来」に向けてジャズのアップデートを図る(?)キースであるが、音楽に通じているとはいえないミアすらドン引きさせるチープなものになっている(正確にいえば音楽にドン引いたのではなく、意に沿わないことをカネのためにさせられているセブに同情したのではあるが、ミアがこのバンドに心を動かされなかったことは間違いない)。このように、批判を浴びることを恐れて新たなチャレンジができないのであらばそのジャンルは衰退してしまうし(セブはそういうキャラクターでもある)、そんなものどこふく風で堂々とやってのけるのだという風でありつつもまた、「大人」の賢しらさへのシニカルな視線もある。

ジャズ、ミュージカル、業界内幕もの、観光案内的、そしてエマ・ストーンと、これらはウディ・アレンのものでもあるが、アレンは肩の力を抜いて飄々とやっている(「ありえたかもしれない世界」をウディ・アレンがやれば、それはロマンティックなものであっても愛すべき小品として作ったり、あるいはみみっちい泣き言という形になるのだろう)。本作も、それこそキースとセブの絡みの場面なんかはスラップスティック調にやってもよかったのかもしれないし、それもまたミュージカルらしさにもなったのだろうが、チャゼルの場合どうしても力みかえってあらゆる場面で全力疾走しているかのようであり、このあたりも好みが分かれるところだろう。


ベル・アンド・セバスチャンのスチュアート・マードックが監督した『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』は、いかにもベルセバ的世界であり、ファンとしてはチャーミングで楽しめる作品となっているものの、映画として洗練されているかといえばいささか留保をつけざるをえない。『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』と『ラ・ラ・ランド』を比べると、やはりチャゼルの監督としての力量の確かさを讃えずにはいられない。一方で、ミュージカル、引用の数々、原色とくればゴダールでもあるが、『ラ・ラ・ランド』を見ると、やっぱりゴダールはすごいのだな、という気分にもなってくる。

チャゼルの作品は、溢れ出る才能を御しきれない結果としていびつなものになっているのかというと、どうもそうではないようにも思える。彼の監督としての能力が高いことは間違いないが、実は映画的(さらには音楽的)センスというのが今一つなのかもしれないとも思えてしまった。

象徴的なのが、『ラ・ラ・ランド』であるいくつかの演奏場面だろう。これが二流のディレクターによるテレビ番組であるかのように、どうにも格好良くない。セブがネガティブな感情を抱いている場面であえてダサくするのならわかるが、肯定的な感情を持っているはずの場面でも、カメラワークや編集を含めて、「おおっ!」と思わせてはくれないし、むしろこの人は本当にジャズに興味があるのだろうかとすら思えてしまった。このあたりは『セッション』の主人公がドラムの早叩きに執念を燃やすものの「スウィング」には無関心といったたりからもその疑念が生まれる。『セッション』も、そもそも主人公は本当にジャズが好きなのか、それとも自己顕示欲からくるものなのか、音楽学校でジャズを教えることができるのか、といったあたりがテーマになってもおかしくないのだろうが、そのあたりにはチャゼルはほとんど関心がないようであった。

チャゼルという人は全体をまとめて観客をフックする力はあるのだが、細部へのこだわりというのが欠けいて(彼について極めて否定的な評価をする人が最もひっかかるのはこのあたりだろう)、その結果一般的なイメージとはむしろ逆に、観客の心をワンショットで鷲掴みにするような、「心震わせるようなショット」というのが撮れない監督のようにも思える。大きな(あるいは最大の)見せ場である冒頭の高速道路の場面も、すごいことはすごいのだが、ちょっといじわるな見方をすると、金と手間隙かけたミュージックビデオかipodの広告のようにも見えてしまいかねなかった。ストーリーとは直接絡まないここは、この作品は衒いなく正面きってミュージカルをやるのだという宣言であり、イントロとしては十分に機能しているとも思うが、それ以上ではないといえばそうとも思える。


考えてみれば、現代でミュージカル映画をやるというのは、『レ・ミゼラブル』のような古典を題材にしたものならともかく、基本的にはあらかじめ負けが決まっている戦いなのかもしれない。ジャンル映画としてミュージカルファンにだけ訴求できればいいと割り切るか、ノスタルジーに訴えかけるか、異化効果を狙うか、こういったあたりでないと厳しいと長年考えられてきたことだろう。そんな中でチャゼルが本作を批評的にも興行的にも成功させたというのは、それだけでも称賛に値することだ。

どうしてもチャゼルには過大評価と過小評価とがつきまとってしまうのであるが(悪名は無名に優るではないが、それもまたチャゼルの才能のなせる業でもあろう)、誉め言葉には聞こえないかもしれないが、「普通に面白い」映画を撮る能力は間違いなく高い映画監督であろう。『セッション』がそうであったように、『ラ・ラ・ランド』も、ふらっと映画館に入って偶然見たのだとしたら、多くの人にとって得をしたような気分になれるくらい楽しませてくれる作品であることは間違いない。ちょっとぶつぶつ言いつつも、僕も十分に楽しめた作品であった。


ストーリー的に気になるところといえば、すでに作中でもスマホの時代になっているにも関わらず、セブは携帯を持っていないのだろうか。映画館での待ちぼうけやミアの舞台に急遽行けなくなるところなど、メール一本入れておけばそれで済むだろうというところでそうしないもので、持っていないとすべきなのだろうが、その割には終盤でミアが残していった(?)スマホを普通に使っているのはどうしたことか(映画館運が悪くて、隣の人に集中力を乱されたせいでいくつか見落とした場面があるもので、このあたりにきちんと説明がなされていたのだとしたらごめんなさい)。

携帯描写といえば村上春樹の『騎士団長殺し』でもやや強引な印象があったが、映画や小説で、とりわけ『ラ・ラ・ランド』のようなすれ違いを描いた作品で携帯という存在が邪魔になるというのはわかるのだが、それならいっそのこと携帯がまだない時代に設定すればいいのではないかと思ってしまう。『騎士団長殺し』の場合東日本大震災を登場させたかったのであの時代になったのであろうが、『ラ・ラ・ランド』の場合携帯が普及する前の時代にしたところでまるで支障がなかったはずだ。


本筋には関係ない話では、セブが帰ると家に姉が無断あがっており、不意をつかれて「ビクッ!」となるところは個人的にツボにはまってしまった。セブよ、お前は意外と気が小さいのか。僕もよくああなって失笑を買うことがあるもので他人事とは思えなかったのだが、セブ(とゴズリング)のあのキャラだけに余計におかしい。ミアがそっと帰宅した時にもなるのだが、よく鍋をひっくりかえさなかった。

あと、僕は昔からエマ・ストーンが好きなもので、パーティでリクエストをする時に腕をぴんと上げたところは可愛らしくてよかった。

一方で雑誌の撮影シーンだが、あれはなんなのだと不快でになってきた。あんなカメラマンが被写体の魅力を引き出せないのは誰にだってわかるし、そんな無能なカメラマンがあの年齢になるまで仕事を続けているうえに、有名雑誌の仕事まで得るなどというのはまず有りえない。もちろんここはカメラマンなどどうでもよくって、セブの置かれた状況とそれがもたらす心理を戯画的に描いた場面だということはわかるのだが、それにしたってアレはないのではないか。チャゼルのこうした粗雑さやいい加減さにイラっとくる人が多いというのも、よくわかる場面であった。



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佐藤太郎(仮)

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