『コロンバイン  銃乱射事件の真実』

デイヴ・カリン著 『コロンバイン  銃乱射事件の真実』




「コロンバイン高校の事件についてわたしたちは、次のように記憶している。はみだし者でゴス趣味のあるトレンチコート・マフィアの二人組が、ある日突然、学校を襲って、ジョックにたいする積年の恨みを晴らしたと。けれどもそのほとんどが事実と異なっていた。ゴスでもはみだし者でもなければ、ある日突然起きたわけでもなく、ターゲットも、積年の恨みもなく、トレンチコート・マフィアでもなかった。そういった要素はコロンバイン高校に確かに存在し、通説がまかりとおる原因となったが、実際は犯人とはなんの関係もなかった」。

原著はコロンバイン高校銃乱射事件のあった1999年の10年後に刊行されている。著者は犯人二人の生い立ちから犯行にいたる経緯を詳細に追うとともに、事件を防ぐことのできなかった警察の対応や、杜撰な報道で「通説」を流布させることになったメディア、そして被害者や遺族のその後を丹念に描いている。

引用にあるように、いじめられ、家庭にも学校にも居場所がなかった少年が怒りを暴発させたのがこの銃撃事件の真相であると思っている人がいるなら、それは誤った図式である。これらはゲームや映画や音楽の影響といったものを含め、分かりやすい物語に還元しやすいために安易に信じられることになったのだろう。本書を読めば犯人二人の心理がそう単純なものでないことはわかる。僕自身もこれまで少なからずこの「通説」を信じていたが、本書を読んで事件に対する印象はかなり変化した。しかしまた、根本から認識を改めたのかといえば、必ずしもそうではない。本書を読んでもやはり、いわば「ありふれた思春期の物語」に終わっていたかもしれないはずのものが、あのような惨劇に陥っていったことへの衝撃というのが減ずることはない。


エリック・ハリスは身長175センチほど。彼はミリタリー風に短く刈り込んだ髪を整髪料をたっぷり使って逆立てるなど、ファッションには気を使っていた。タバコやマリファナを吸い、酒を飲み、愛車に乗ってドイツのハードコアなインダストリアル・ロックをかけながら、ロケット花火を飛ばしたり遠くワイオミング州までネタを仕入れにいってもいた。同時に宿題はきちんとやり、成績もAがいくつも並んでいた。彼にはちょっとした魅力があり、女の子に声をかければ、それはうまくいった。アルバイト先のピザ屋の店長はエリックのことをかっていた。彼はふざけていいときとまじめになるべきときの区別がつき、店が込み合っても冷静沈着に客をさばいた。しかし最終学年のプロムを前にして、どういうわけかなかなか相手を見つけることができなかった。

ディラン・クレボルドは、エリックと較べるとクールでなかったし、そのことを当人も自覚していた。成績はエリックよりも優秀だが、内気で女の子と話すのは苦手で、身長は190センチもあるが、猫背になっていた。ディランは感情を抑えられないところがあり、下級生のロッカーにいたずらをしたとして呼び出されたときも、いつも冷静沈着なエリックならうまくとりつくろったのだろうが、彼は取り乱して激高してしまった。しかしプロムを前にして、ディランは相手の女の子を見つけることができた。

このプロムの2日後、エリックとディランは凶行に及ぶ。といってもプロムが引き金になったのではない。とりわけエリックは、1年以上前から計画練り続けていた。二人が仕掛けた爆弾が計画通り爆発していたなら、死者は数千人単位になっていたかもしれない。二人が行おうとしていたのは、銃乱射ではなく大量殺人だった。


アメリカではコロンバイン高校事件の前から、学校での銃乱射事件がいくつか起こっていた。しかし二人の動機や、やろうとしたことは、明らかにこれらとは異なるものだ。二人のキャラクターも、類似の事件の犯人とはいささか違った印象を与える。しかしこの二人が、多くの人にとって出会ったこともない特異な人物であったのかといえば、そうではないようにも思える。

エリックの父は軍人で、家庭では厳しく育てられた。後にエリックはヒトラーを礼賛し、社会ダーウィニズムの信奉者となるが(犯行時には「NATURAL SELECTION(自然淘汰)」とプリントされたTシャツを着ていた。ちなみにディランは「WRATH(憤怒、復讐、天罰)」というTシャツだった)、幼少期にはむしろマイノリティーの友人が多かった。子どもの頃は内気さで記憶されていたが、これを脱した後は、自己顕示欲は強く、授業中によく手をあげ、常に正解を答えた。

ディランの両親はともに学歴が高く、一家の収入も良かった。頭がよく、1年早く学校に通いはじめ、高い潜在能力を持つ子どもの才能を伸ばすためのプログラムに参加したほどだった。頭脳明晰で身長も高かったが、他の子とのこの1年の年の差が影響したのか、ひどく内気だった。母親は清潔好きだったが、ディランは泥んこになって遊ぶのが好きだった。子どもの頃から一度火がつくと手がつけられないようなところもあった。

二人がいつ出会ったのか、正確にはわからない。しかし野球をはじめとするスポーツ観戦や、ゲーム、パソコンなど共通の関心のおかげで親友となる。二人とも理数系の能力が高く、新しいガジェットなどに目がなかった。といっても二人きりの世界に閉じこもっていったのではなく、むしろ友人の数は多いほうだった。


エリックは文学作品を読み漁り、ディランも文章を書く才能に恵まれていた(ゲームや映画や音楽の悪影響が云々される一方で、「本を読みすぎたせいだ」という批判がなかったことにも注目すべきかもしれない)。

エリックがたどりついた結論は凡庸なものだろう。バカは殺しても構わない、自分以外はすべてバカな奴らだ、従って奴らに死を与えるのは当然のことだ、といった程度のものだ。薄っぺらなニーチェ理解から、禁断のナチズムに惹かれ、自分より劣った者を徹底的に見下して暴力的妄想を抱くというのは、自意識過剰な知的な少年にとって、そう珍しいものではないだろう。

ディランは創作の課題に暴力的な作品を提出して教師をぎょっとさせたこともあったが、当初はむしろその刃を自分に向けていた。内気な自分を責め、女の子とまともに話すこともできないことを嘆き、女の子たちに恨みをつのらせつつも、厭世観と自殺願望とを日記に綴り続けた。こちらも思春期の少年にとってそう珍しいものではない。

著者はエリックがサイコパスであった可能性を強く示唆しているが、十代の頃を思い起こせば、自分の周囲にエリックやディランのような少年が一人や二人はいたという人が多いのではないだろうか。では二人をあそこまで至らせてしまったものは何なのか、それはこの二人が出会ったことだったのかもしれない。エリックにとってディランは自分のエゴを肯定してくれる存在であり、ディランにとってエリックは自分ができないようなことを大胆に実行してくれる存在だった。事件後ディランの母は、息子はエリックに洗脳されたのだと考えたこともあったが、そのような面がないとはいえないが、どちらかといえば相互依存的関係にあったとしたほうがいいだろう。

エリックは妄想を次第に現実化していこうとし、ディランもそれに感化されて他者への敵意へと向かっていった。二人の存在が互いのブレーキを壊し、一度動き始めた歯車を自分たちで止めることはできなくなっていったかのようだ。


ではこの凶行を止めようがなかったのかといえば、そうではなかった。むしろ止める機会は幾度もあった。二人の行いはいたずらで済まされるものではなくなっていき(いじめに関していえば、二人は下級生などに対してはむしろ加害者の側だった)、ついには警察沙汰にまでなり、二人は矯正プログラムを受けてさえいる。またエリックがパイプ爆弾を作ろうとしていると警察に通報されたこともあった。エリックの危険なウェッブサイトも警察は把握していたが、家宅捜査できるだけの証言を得ていたものの、うやむやのままに終わってしまう(そして警察は後にこの事を隠蔽しようとする)。エリックの父親もパイプ爆弾を発見したが、手を打つことはなかった(エリックの両親は事件後沈黙を守り続けているために、家庭環境などがいかなるものであったのかは不明な点も多い)。クレイボルト家は経済的にも精神的にも恵まれた家庭であったが、それだけに息子を信じる気持ちが強く、逸脱行為を直視することができなかった。

一つ間違えば、死者の数はゼロが一つ多いどころではない、とてつもない惨事になっていた可能性もあった。一方で、少し違っていれば事前に計画は露見し、思春期の少年にありがちな妄想を暴走させた未遂事件として、大人たちに冷や汗をかかせただけで終わっていたかもしれない。それだけに、いったいなぜあの事件が現実に起きてしまったのかということが、重くのしかかり続ける。


本書は事件に至る経緯のみならず、その前後、とりわけ事件後にも多く紙数が割かれている。
コロラドは「福音派のバチカン」と呼ばれることもある土地で、「サタン」の存在は説教によく登場していた。信仰心に篤い福音派がいかなる反応を示したのかはなんともアメリカ的光景であるが、サイエントロジー等の新興宗教団体が信者獲得のために乗り込んでくるというのは、どこにでも起こりうることでもあろう。

マリリン・マンソンが槍玉にあげられツアーは中止に追い込まれるが、全米ライフル協会の集会は強行された。遺族の一人が抗議に赴くと、少年が比較的容易に銃を入手できたために起こった事件であるにも関わらず、銃規制賛成派に踊らされているだけだと逆に批判を浴びせかけられるといった一幕も、またなんともアメリカ的である。

事件直後には犯人像について様々な噂が広まった。コロンバイン高校にはゴスもトレンチコート・マフィアもいたが、二人はそうではなかった。しかしメディアはこの噂を報じ、あたかもゴスの影響で事件が起こったかのように受け取られた。マリリン・マンソンはそのとばっちりを受けたのであるが、『ボウリング・フォー・コロンバイン』でのインタビューで、犯人たちと話す機会があったらなんと言ったかという質問に、「なにも言わない」、「彼らのしたいことを聞く。誰もしなかったことだ」と答えたのはさすがである。一方でエリックが一時心酔していたバンド、KMFDはファンに対して「国中の人と同じく、コロラドで起きたことに胸を痛め愕然としている……いかなるナチス信仰も許されるものではない」とのメッセージを発表したが、メディアからはマンソンへのバッシングとは対照的に、KMFDと事件との関連性自体が無視された。

事件後に、犯人たちはジョックとともに福音派も狙っていたとされ、右派メディアは好んでこの話題を取り上げたが、これも実態に基づくものではなかった。また事件直後に、二人のことを知りもしないジョックが犯人を「オカマ野郎」だとし、「変態」が「触り合って」いるのを見たとまで語った。主要メディアはこの話題を報じることを避けたが、右派メディアやキリスト教右派は騒ぎ立てた。

本書では触れられていないが、この事件をモチーフにした『エレファント』は、ガス・ヴァン・サントの立場は右派とは正反対であるものの、事実との比較という点では安易な報道や右派によって掻きたてられた噂に結果として近いものになってしまっている。もちろんあの作品はあくまでフィクションなので、これによって『エレファント』の評価が左右されるべきではないが、皮肉といえば皮肉な話である。

自分の見たいものを投影することができる事件だったということでもあり、それゆえに「通説」が今でもまかり通り続けているのだが、ショッキングな出来事を「消化」するためには、人はそうせざるをえないのかもしれない。


こちらに書いたように、昨年ディランの母は当時のことや事件についての回想録を出版している。エリックの家族は依然として沈黙を守り続けているようである。


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佐藤太郎(仮)

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