『魔法の夜』

スティーヴン・ミルハウザー著 『魔法の夜』





「南コネチカットの暑い夏の夜、潮は引きつつあり月はいまだ昇っている最中」。14歳のローラは「この部屋じゃ息ができない、この家じゃ」と家を飛び出す。ハヴァストローは母と同居し、半端仕事をしながら小説を書き続けている。彼はミセス・カスコに会うために、母を起こさないようそっと家を出る。彼はその道中、最近出没する女子高生の無法者の一団のことを考える。夜中に人の家に押し入り、食べ物や冷蔵庫のマグネットなど些細な小物を奪い、「私たちはあなた方の娘です」と鉛筆で几帳面な大文字で書いた紙を残していくのだ。狡猾に犯行をやり遂げる彼女たちに町の母親たちは不安にかられるが、ハヴァストローは「彼女たちの自由さ、大胆さ、侵犯を楽しんでいる様子、つねに漂わせている醒めた態度」が羨ましく、「僕の家にも侵入して物を盗んでくれれば」と思う。彼を待つミセス・カスコは、ハヴァストローのことを17歳の子供のように考えてしまうが、彼はもう39歳、そして自分はもう61歳になっている……

一人寂しく暮らす老婆、仮面を身にまとう少女窃盗団、大胆不敵で頭はいいがどこか芝居がかっている友人のささやかな悪行に付き合いつつ不安にかられる高校生、 マネキンと、マネキンを想う酔っ払い。「ほぼ満月のこの夜」、様々な人々が様々な思いにかられていく。

「夜の声たちのコーラス」が挿入される。

 出ておいで、出ておいで、どこからでも、君たち夢見る人に溺れる人、怠け者に負け犬、影を求める者に太陽の孤児たち。出ておいで、出ておいで、出ておいで、君たち失敗者に落伍者、穀潰しに食詰め者、昼の追放者、闇のお気に入りたち。さあおいで、生まれ損ないに生き損ない、黒い想いや紅い熱の幻視を抱えた君たち、おいで、悲しい青い目をした田舎町のイシュメールたち、冴えない女の子たち、ツキに見放された男たち、さあ、愚痴る人に呻く人、終わった人〔ゴーナー〕に一匹狼〔ルーナー〕、薄のろに薄馬鹿、おいで、おいで、青白いロマンチストや酔っぱらった木偶の坊、過去の人に未来のない人、太陽に嘲笑われ昼に滅ぼされた闇の住民たちよ――夜へ出ておいで。

月夜を彷徨うのは、こういった人たちだ。

ある町の一夜を舞台にした群像劇であり、ロバート・アルトマンやポール・トーマス・アンダーソンが映像化したらどうなるだろうかと想像したくなるが、しかしやはりこの肌触りは小説という表現でしか出せないものかもしれない。もちろん映像化されたならば映像ならではの魅力も生まれることだろうし、映画と文学とで貴賎があるというのではなく、ミルハウザーという作家の個性と力量とを堪能できる作品になっているということだ。

自在に視点を変え、様々な手法を用いて綿密な描写さを重ねていくところは、「意識の流れ」を含めてジェームス・ジョイス的でもあるが、前衛表現として意匠を凝らしたといったとっつきにくさはなく、何よりも月夜を彷徨う人たちをたまらなく愛おしくさせてくれる。


どの登場人物もいかにもミルハウザー的であり、柴田元幸氏は「訳者あとがき」で「絶好の「ミルハウザー入門」となっている」としているように、それぞれが独立した作品に仕上げられそうなものを一つの中篇にまとめあげていて、ベスト盤的な趣もある。それだけに、もっと読みたくなる挿話も多い。なかでも「きついジーンズに黒いパーカー、短く濃い金髪は両側とも耳のうしろに撫でつけ」、黒いアイマスクをつける団の「首領」、「サマー・ストーム」を名乗るリンダ・ハリスの物語などは、映像化にもぴったりかもしれない。「夜の姉妹団」も好きな作品だけれど、未見なのだが映画はどんな感じだったのだろう。

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佐藤太郎(仮)

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