『アレグザンダー・ハミルトン伝  アメリカを近代国家につくり上げた天才政治家』

ロン・チャーナウ著  『アレグザンダー・ハミルトン伝  アメリカを近代国家につくり上げた天才政治家』


ミュージカル『ハミルトン』にインスピレーションを与えたこの伝記の邦訳が早く出て欲しいと前に書いたのだが、ごめんなさい、とっくの昔、原著刊行直後の2005年に出ておりました。邦訳が出た頃は僕もハミルトンにそれほど関心を持っていたわけではなかったもので見逃していて、その後もエアポケットに入ったように気がつかなかった。ミュージカル『ハミルトン』がこれだけ大ヒットして日本でもそれなりに注目を集めているのだから、日経BP社ももうちょっと宣伝すればいいのに(と他人のせいにしてしまったりして)。


この伝記を読むと、ハミルトンの生涯を物語化したくなるというのはよくわかる。フィクションとして書けば「やり過ぎ!」と言われかねないほど、まさに波乱万丈のものだ。

ミュージカル『ハミルトン』は「マイノリティー」としてのハミルトンに焦点をあてたものとなっているようだ(僕はもちろんまだ未見であるのだが)。しかし、「証拠がないにもかかわらず、今でもカリブ海やアフリカ系アメリカ人社会では、ハミルトンは西インド諸島出身の孤児というからには、黒人の血が混じっていたにちがいない、と広く信じられている」ものの、 著者はこれについては否定的である。ハミルトン存命中からこの話は「孤児」であるという出自とともに中傷として出回っていたのだが、これをむしろ読み換える形でハミルトンに黒人の血が流れていると積極的に主張されるようになったのだろう。そしておそらくミュージカル『ハミルトン』もその系譜であるように、本書はあくまでインスピレーションを与えたものであって、「原作」とはいささか異なるのだろう。

チャーナウはモルガン家やジョン・D・ロックフェラーなど経済系の伝記を書いてきた人であり、邦訳が日経BP社から出ているところからも想像できるように、ハミルトンをアメリカという国家の基礎を構想し実現した人物であるとともに、アメリカ型資本主義の守護者としての姿も描いている。

「政治と経済両分野の革命で活躍した建国の父はほかにいない。唯一フランクリンが後一歩まで迫っただけだ。ハミルトンの斬新さと偉大さはまさにここにあった。彼はアメリカ経済の未来を鋭く予見した。そのビジョンは、一部の動揺を招きつつ多くの人を魅了し、最終的にスタンダードとなった。歴史に境界線を引くとすれば、ハミルトンが立っていたのは明らかに現代の側だった」。

そして歴史家のゴードン・ウッドのこんな言葉を引用している。
「一九世紀末、ハミルトンはアメリカ資本主義の創始者にたたえられたが、この栄誉も、二〇世紀になるとたいていの場合マイナスに受け取られるようになった」。

この評価をプラスに変えたい、これがチャーナウの狙いであっただろう。


社会状況が違うので当たり前だが、ハミルトンを現代の政治地図にあてはめようとするとなかなか難しい。それでもあえてするなら、中道左派という意味ではなく、自由主義者という意味での「リベラル」といったあたりになるかもしれない。ハミルトンはその生い立ちもあって「建国の父」たちの中でいち早く奴隷解放を主張した。アメリカ独立戦争ではワシントンの副官を務めたが、また独立後は復讐的な政策については弁護士として反対した。彼は公正な法の支配を強く打ち出したし、それは資本主義の発展にも寄与するものであった。財務大臣として近代的なシステムの創設に力を尽くしたが、現代から見れば彼の政策は「供給側(サプライサイド)重視の経済学」を先取りしたものでもあった。ハミルトンは民衆に幻想を抱かず、理想主義者というよりは現実主義者であり、それだけに権力を全面的に信用せず、強力な三権分立のアメリカの政治システムを作ることになる。

ミュージカルの影響もあって、この伝記に中道左派的な意味でのリベラルなハミルトン像を期待するとやや肩透かしをくらうかもしれない。
とはいえ、もちろんその凄まじい生涯はこの伝記でも十分に堪能できる。


「アレグザンダー・ハミルトンは、英領西インド諸島のネーヴィス島生まれと自称していたが、これを裏付ける記録は残っていない」。

ハミルトンの生い立ちには謎が多いが、不幸なものであったことには間違いなく、当人もあまり思い出したくもないものであったようだ。
「私生児」であったハミルトンは十代前半で「孤児」となるが(この経緯だけでディケンズめいた一冊の小説にできそうである)、商社で働きだしたことで彼は実地に経済を学ぶことになる。また砂糖プランテーションで行われる過酷な奴隷労働、あるいは身の回りの世話をしてくれた黒人女性の奴隷の優しさにも触れ、このことは後の彼の資本主義観と奴隷問題に強い影響を与え続けたことは間違いない。この当時の西インド諸島は辺境の地というよりも資本主義と収奪の場であり、その両方が先鋭化して表れた場所であった。

天才的な頭脳を持ち野心を抱いているハミルトンがこの島で一生を終えるはずはなかった。その才覚は注目を集め、彼の教育のために基金が作られ、アメリカへと渡る。
しかし正規の教育を受けていなかったため、まずは大学進学のための準備としてラテン語、ギリシャ語、高等数学を学ばねばならなかったのだが、これをわずかな期間ででマスターするというところも、まさに天才というより他ない彼の資質を示すものである。なおハミルトンはこの頃染み付いた、暗記をするためにぶつぶつつぶやきながら歩く癖が終生変わらぬものとなり、そのせいで「霊感を授かったか気がふれたかのように見えることがあった」そうだ。

ハミルトンは自分の生年を1757年としているが、チャーナウは55年としている。ハミルトンは自分の天才っぷりをアピールするためにも、年少で大学に入学したということにしたいためにサバを読んだようだ。彼は超然として浮世離れした天才ではなかったし、権力欲というのも人一倍強かった。しかし彼の批判者が中傷したように金銭に汚かったのではなく、彼なりの倫理観は強く持ってもいた。このあたりの複雑な人格はその不幸な生い立ちのせいもあるだろうし、十代後半の頃にはすでに形成されていたのだろう。

大学在学中に独立運動に加わり、ワシントンの副官となり、軍人としても有能ぶりを示す。彼は前線に出て軍功をあげたかったのだが、ワシントンは有能なハミルトンをなかなか手放さず、これに苛立つことともなる。このあたりもハミルトンらしい。

ハミルトンは味方も多いが敵も多いというタイプの人間だった。溢れ出る才覚は年上の人もたちまち魅了することになる。同時に彼はワシントンのように鷹揚に人に接することができず、やり過ぎてしまう傾向もあり、それが強い反発も招く。前述の通り清廉潔白な私生活というわけではなかったものの彼なりの倫理観は持ち続けていたのであるが、政敵に付け入る隙も与えていた。

著者は宿敵にしてハミルトンの命を奪うことになるアーロン・バーをハミルトンと光と影のような存在として描くのであるが、バー以外にも彼を恨み続けた人は少なくないし、それは少なからずハミルトン自身が招いたという面もあるだろう。


ハミルトンは西インド諸島からアメリカへとやって来て、文字通りの八面六臂の活躍を繰り広げ、後に振り返ればおそるべき先見の明をもってアメリカ合衆国のシステムを構想し、実際に作り上げていった。

一方でアメリカ史上初のセックススキャンダルの当事者となり、不当なものとはいえ金銭スキャンダルを突かれ続けた。ハミルトンに対して王制支持者、貴族主義者、あるいは巨大官僚機構を作り上げて独裁化するのではないかという懸念を持つ人は少なくなかった。ハミルトンはむしろアメリカでは保守にあたる、権力を疑い小さな政府を志向していたとしていいのだろうが、このような疑念を招いたのは彼の権力欲に依るところもあるだろう。

前述したように、ハミルトンは西インド諸島出身の「孤児」という生い立ちもあり、黒人の血が流れている、あるいはワシントンの私生児であるという噂を立てられた。彼もまた政敵に対しては手段を選ばないところもあり、ジェファーソンをはじめライバルたちの私生活を含めた部分を攻撃することを厭わなかった。このあたりはラッパー同士による「ビーフ」を連想させなくもないし、ミュージカル『ハミルトン』をラップにしたというのは作者は慧眼であろう。

そんなハミルトンも、権力の座から離れるとその生活は満たされないものとなっていき、息子が決闘で亡くなるのを眼の前で見せられる。そして自らも、ハミルトンの鏡のようにこれまた満たされない状態に追いこまれていた副大統領バーとの決闘によって、命を落とすのであった。


この伝記の冒頭では、副大統領アーロン・バーとの決闘により1804年に49歳で死亡した夫より半世紀長生きした妻のエリザベス・スカイラー・ハミルトンの姿が描かれる。90歳を越えてなお凜としている彼女は中傷によって傷つけられた夫の再評価を願い、たくさんの人を雇って資料を丹念に収集、精査したが、伝記作家は次々と変わり、結局四男がこれを引き受け7巻本の大部の伝記となるものの、この完成を見ることなく97歳で亡くなった。これまた大部となったこの伝記を書くにあたり、チャーナウは彼女にこの伝記を読ませるつもりで書いたのかもしれない。




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