『パリ・レヴュー・インタビュー  作家はどうやって小説を書くのか、たっぷり聞いてみよう!』

『パリ・レヴュー・インタビュー  作家はどうやって小説を書くのか、たっぷり聞いてみよう!』





1953年春(正確には52年の冬とのこと)に創刊された「パリ・レヴュー」の名物企画である作家へのインタビュー集。

収録されているのはⅠがイサク・ディネセン、トルーマン・カポーティ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、ジャック・ケルアック、ジョン・チーヴァー、ポール・ボウルズ、レイモンド・カーヴァー、ジェームズ・ボールドウィン、トニ・モリソン、アリス・マンロー、イアン・マキューアン、Ⅱにはドロシー・パーカー、アーネスト・ヘミングウェイ、アイザック・バシェヴィス・シンガー、ジョン・アップダイク、カート・ヴォネガット、ガブリエル・ガルシア=マルケス、フィリップ・ロス、エリザベス・ハードウィック、ジョン・アーヴィング、スーザン・ソンタグ、サルマン・ラシュディと、50年代から2000年代まで、錚々たる面子のインタビューが読める。

ただこれを「インタビュー」としていいかどうかはいささか迷うところではある。青山南が「訳者解説」で「パリ・レヴュー」のインタビューの手法について触れている。創刊時はまだテープレコーダーも普及しておらず、また他の雑誌でも作家へのロングインタビューなどは行われていなかった。そのせいもあってか、一般的な意味でのインタビューとは異なる手法で行われている。一回のインタビューをそのまま記事にするということはまずなく、数回、時には数年に渡って行われ、さらには作家自身に思う存分に手を入れさせている。例えばヴォネガットのインタビューは十年間に渡って行われた四回のインタビューを合成し、「本人によって徹底的に書き直された」ものだという。

三代目編集長のゴーレイヴィッチは、「ジャーナリズムにおいては、レポーターの正確さは一にも二にも、取材対象からきびしく独立しているかどうかによる」とし、「パリ・レヴュー」のこのプロセスについて「ジャーナリズムではまず絶対にありえないことだ」としている。青山は「できあがったインタビューは、いわばインタビュアーと作家の共同作品のようなものになる」としているように、インタビューという形式を借りたエッセイとして受け止めた方がいいかもしれない。そのために、作家が訊かれたくないことを突っ込まれて険悪な雰囲気になったり、意外な素顔をのぞかせるといったものにはなっていないが、作家の考えや姿勢、その時に言いたかったことがより直接的に表れているとすることもできる。


まず第一に、それぞれの作家のファンは興味深い話の数々を読むことができる。

ボルヘスは「あなたの小説は冷たくて人間味がな」いと考える者もいるがそれは意図してのことかと訊かれるとこう答えている。「もしもそうなっているとしたら、たんにこっちの書き方が下手だからです。(中略)まあ、変なシンボルを使ってるので、それらの話がどれも多かれ少なかれ自伝的なものなんだってことがわかってもらえないのかもしれません。話はぜんぶわたしについてのもの、わたしの個人的な体験についてのものです」。
もちろんこれを額面通りに受け取るかどうかはまた別問題であるが、確かにボルヘスの作品はそのように読めるとすることもできるだろう。


カーヴァーはアルコール漬けだった頃を振り返り、チーヴァーがアルコール漬けの文章はすぐに識別できると言っていたことが、今ならわかるような気がするとしている。アイオワ・ライターズ・ワークショップで、カーヴァーとチーヴァーは共に教えていた時期があったが、「週に二回は私の車で酒屋にでかけていました」という状態だったそうだ。酒屋は午前十時にならないと開店しないため、ホテルのロビーで待ち合わせて向かうことにしたが、カーヴァーがタバコを買おうと早めに降りてくるとチーヴァーはすでにロビーに居てそわそわしていた。酒屋に着くとチーヴァーはちゃんと駐車する前に車から降りてしまい、カーヴァーが店の中に入るとチーヴァーはすでに半ガロンのスコッチを抱えてレジの前に立っていた。この後にチーヴァーは治療センターに行き、「しらふになり、ずっとしらふのままで死んだ」。

またカーヴァーといえば編集者のゴードン・リッシュが原稿に大幅に手を入れていたことが後にわかってちょっとしたスキャンダルとなるが、この頃はリッシュとの深いつながりは知られていたものの、そこまでしていたということまでは判明しておらず、それでいてすでにカーヴァーとリッシュが袂をわかった後のことという微妙な時期で、作風の変化やリッシュとの関係についての部分は、今読むとかえってカーヴァーの心理が見えてくることとなる。カーヴァーは「ミニマリスト」の作家と呼ばれたが、それは誉め言葉としてだとしても「わたしは気に入らなかった」としている。「「ミニマリスト」という言葉にはヴィジョンと出来の小ささを暗示するところがあって気に入らなかった。でも、今度の新しい本、『大聖堂』のなかの小説はぜんぶ、十八ヶ月のあいだに書いたもので、そのどれもいままでのとは違うという実感があります」と語っている。

リッシュは原稿を大幅にカットし、その結果としてカーヴァーの作品は謎めいた、ざらっとした暴力的雰囲気が強まり、その切り詰めた描写から「ミニマリスト」とされていたが、ここにあるようにカーヴァーにとってはこれは不本意な介入であった。

映画の脚本をもっと書きたいと思いますか、という質問には、「ちょうど終わったのがマイケル・チミノといっしょにやってたドストエフスキーの生涯についてのものですが、テーマがこんなようなおもしろいものだったら、もちろん、やりたい。そうでなければノー。でもドストエフスキーだからね! そういうんだったらやるよ」と語っているのだが、チミノ&カーヴァーのドストエフスキーの映画の企画は没とされてしまうのであった。残念。





映画といえば、ジョン・アーヴィングはアーヴィン・カーシュナーが企画していた『熊を放つ』の映画化にあたって脚本に取り組んでいたが、その経験をふまえて「うーん。映画ね、映画、映画――あれはわれわれの敵だ、小説に取って代わろうとしてるんだから」としている。カーシュナーとの作業からいろいろなことが学べ、今でもいい友だちだとしつつも、「脚本を書くのだけはぜったいいやだ」と拒否反応を示している。「『熊を放つ』の脚本をカーシュナーのために書いて学んだのは、脚本書きというのは書くというのとは違うということだ、あれは大工仕事だ。あそこに言葉はないんだよ、書き手はストーリーのペースも語りのトーンもコントロールできないんだから」。「貴重なことをやらせてもらったということになるんだろうな――若いときに、最初の小説が出てすぐに映画のために書くってことを試せたのは――だって、もう二度とやりたいとは思わないから」。

86年に掲載されたこのインタビュー時の最新作は『サイダーハウス・ルール』であるが、存知の通り、アーヴィングはこの作品の映画化にあたって自ら脚本を書き、アカデミー賞を獲得することになる。ここまで言っときながら前言撤回したものの、結果を出すのはさすがだ。

このインタビューでも、『ガープの世界』ではジョージ・ロイ・ヒルに協力し、『ホテル・ニューハンプシャー』でもトニー・リチャードソンのことを高く評価しており、自分が脚本を書くことはともかく自作が映画化されることには拒否反応は持っていなかったのだが、この当時構想中だった『オーウェン・ミーニーの祈り』になると……(実は僕も怒りにかられそうで映画は怖くて見ていない)。




さらに映画関連の話題となると、ドロシー・パーカーはフィッツジェラルドのこんなエピソードに触れている。ハリウッドの悪とはなんでしょう、と訊かれると、「ひとよ」と答えている。「たとえば、スコット・フィッツジェラルドの顔に指を突きつけて、おまえに払うのか、おまえがこっちに払うべきだろう、なんてぐだぐだ言う監督よ。スコットはひどい目に遇ってた、あの頃の彼の姿を見たら、あんただって気持ち悪くなったと思うね」。


また、まとめてインタビューを読むことで作家の個性というのも見えてくる。
カポーティは「句読点のつけかたなんかも要注意だな」と語っている。「ヘンリー・ジェームズはセミコロンの使い方の巨匠だよ。ヘミングウェイは第一級のパラグラフの作り手だ。耳への聞こえ方という点からみれば、ヴァージニア・ウルフはひどい文章はひとつも書いていない」。

一方ケルアックは「マルカム・カウリーは際限なく書き直し、要らないカンマを何千と入れてきた」として、「Cheyenne Wyoming」としていたのを「Cheyenne, Wyoming」に直されたことに「カンマなんて気にするな」と言っている。これは文体上の問題というよりも文法的正しさの問題であるが、練り直すことよりも勢いを重視するのがケルアックらしい。


また人称の問題も何人かの作家が取り上げている。
モラヴィアが「小説は一人称で書くべきである、なぜなら三人称はブルジョワの視点だから」と言っていることに賛成かと訊かれたボールドウィンはこう答えている。
「それについてはよく知らない。ただ、一人称はいちばん恐ろしい視点だ。どちらかというとぼくはヘンリー・ジェームズの意見に与するな、かれは一人称が大嫌いで、読者はそいつを信じてはいけない、と言っている――どうして「I」なんて必要なんだ、と。ページのうえでがなりたてるこんな棒一本の力でどうしてこの人称がリアルなものになるのか、とね」。

フィリップ・ロスは三人称の語りを一人称に変えるかどうかをどのくらい意識的にやっているのかと問われ、「意識的も無意識的もない――自然発生的にやってる」としている。三人称で書いているときのかんじについては、「顕微鏡を覗いているときってどんなかんじがする、ピントを合わせようとしているとき? 裸の対象を裸の目にどれだけ近づけたいと思っているか、すべてはそれ次第さ」。
自らの分身的キャラクターのザッカーマンを三人称にすることで自分を解放しようとしているのかと訊ねられると、「自分を解放するのは、ザッカーマンが自分について言いそうにないことをわたしが言うためだよ。一人称では、アイロニーは消えかねないし、コメディも消えかねないし。かれの真剣さのようなものは導入できるが、それは耳障りなものかもしれないしね。ひとつの話のなかでひとつの声から別の声への移動があると、読者も倫理的視野の決め方が変わってくる。われわれが日常会話でやっていることさ、つまり、自分のことを言っているのに「ひとは」というような曖昧な代名詞をつかうようなときね。「ひとは」をつかうと、自分の意見を、それを言っている自分とのゆるい関係のなかに置ける」。

『ゴースト・ライター』のアンネ・フランクのセクションでは、最初三人称で書いていたがうまくいかず、エイミー・ベレットの一人称として書き直し、そこでアンネが語っていないことを語っているかのようなトーンを除去できたため、再びこれを三人称に作り直したそうだ。




サルマン・ラシュディは『真夜中の子供たち』について、「三人称の語りでうまくいかなかったんで、一人称の語りでやってみることにした」としている。すると「まさに届いたというかんじだったね、サリームの声が。抜け目なさそうで、いかにも秘密がいっぱいというふうの、滑稽で、どこかバカげた声が。タイプライターから飛びだしてきたものにはギョッとしたよ。文章は自分からというよりは自分を通って出てくるんだということを信じた瞬間だった」





アーヴィングはとくに重要な「テクニカル」なことは、という問いに「声」だね、としている。
「こっちの登場人物に近いところにいよう、あっちの登場人物からは離れていよう、といった選択――こっちの視点か、あの視点か、というような。こういうことは学べるんだよ。自分のいい癖、悪い癖がわかるようになることはできる。どうすれば一人称の語りはうまくいくか、どうすると行き過ぎになるか、といったようなことはね。それから、三人称の語りの危険なところと便利なところ、三人称は歴史的な距離をもてるってことにいちおうはされてるけど(たとえば伝記作家の声みたいな)。じつにたくさんスタンスのとりかたはあるんだ、話をしていくときの態度のとりかたはすごくいっぱいある。そしてそれは作家の思いのひとつなのね、作家がいくらでもコントロールできるんだ、アマチュアが考えている以上に。読者はもちろんまずほとんど気がつかないけど。たとえば、グラスの『ブリキの太鼓』、主人公のオスカル・マツェラートを「かれ」とか「オスカル」にしていたかと思うと、つぎに――ときにはおなじセンテンスのなかで――子どもの頃のオスカルを「ぼく」にしている、あれはみごとだ。オスカルが一人称の語り手であり、三人称の語り手なので、おなじセンテンスのなかで。しかもさりげなくおこなわれる、気がついてなんて素振りもない、ぼくは大嫌いなのよ、気がついてくれと言わんばかりの形式やスタイルって」。

言うまでもなく、一人称や三人称の使い方に唯一無二の正解があるわけではなく、作家によっていかに考えているかは人それぞれということだ。


こういったテクニカルな話もそうだが、ぎょっとするようなものが透けて見えるものもある。作家志望者に最上の知的トレーニングは、という問いにヘミングウェイは「首を吊ってみるのはどうだい」と答えている。
「たとえば、うまく書くのがどうしようもなくむずかしいとわかったら、首を吊ってみるのはどうだい。そうすれば、無慈悲にも縄が切れたら、その後の人生は精一杯うまく書こうと頑張っていくしかなくなる。首を吊った話は少なくともネタになるし」。
このインタビューの三年後にヘミングウェイは猟銃自殺をすることになる。



「訳者解説」では「パリ・レヴュー」創刊の経緯についても触れている。2007年のドキュメンタリー映画『ドック』のなかで、創刊メンバーの一人ピーター・マシーセンが当時CIAの雇われており、パリで諜報活動するのに雑誌編集は隠れ蓑になると考えていたことを明かした。赤狩りが強まるとさすがに嫌気がさして二年で縁を切った、後悔している、と語っていたそうだ。

マキューアンのインタビューが掲載されたのは2002年で、当時はこのことを知らなかったのかもしれないが、その後マキューアンは「エンカウンター」をめぐって起こっていた似たような事実をモチーフにして『甘美なる作戦』を書くことになる。




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