『ダーク・マネー  巧妙に洗脳される米国民』その2

ジェイン・メイヤー著 『ダーク・マネー  巧妙に洗脳される米国民』





その1の続き。


……と、『ダーク・マネー』は読んでいてなんとも気の重くなる本でもあるが、本書はまたコーク兄弟、リチャード・メロン・スケイフ、ジョン・オリンとブラッドレー兄弟といったエキセントリックなビリオネアの実態を描いたものでもある。クルップ社経営一族にインスパイアされた『地獄に落ちた勇者ども』や新聞王ハーストがモデルの『市民ケーン』、近年では潔癖症の謎の大富豪ハワード・ヒューズを描いた『アビエーター』があり、『フォックスキャッチャー』ではデュポン家の一員が起こした殺人事件の顛末が語られているが、本書で描かれるビリオネアたちもそのままこのような作品にしてしまいたくなるような人物たちである。とりわけコーク兄弟についてはポール・トーマス・アンダーソンあたりが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ザ・マスター』の風味で撮ったらなかなかのものになりそうである。


コーク兄弟の父親フレッドは1927年に「原油からガソリンを抽出するプロセスを改善する方法を発明」したが、大手石油会社から警戒され業界から締め出された。15年以上にわたる法廷闘争を繰り広げ150万ドルの和解金を手にすることになるが(当時としてはすさまじい額である)、法廷闘争の最中、彼は判事が買収されているのではと疑っていた。そしてこの疑いは正しかったのであった。フレッドはこの経験から「正義は金で買えるし、ルールを守るやつは食い物にされると信じるようになった」とされる。

アメリカから締め出されていたフレッドが手を組んだのが、なんとソ連であった。ソ連はフレッドの技術を必要とし、フレッドには仕事をする場が必要だった。しかしソ連が技術を吸収すると活躍の場は細っていった。次に目を付けたのが、ヒトラーが政権の座についたドイツであった。「熱烈なリバタリアンのコーク一族は、史上もっとも悪名高い独裁者2人、ヨセフ・スターリンとアドルフ・ヒトラーのおかげで、富の一部を築いた」。

フレッドが個人的にヒトラーのことをどう考えていたのかはよくわからない。しかしニューディール政策によって保護されるようになったアメリカの労働者より、ドイツの労働倫理をほめたたえていたようだ。そして長男フレディと次男チャールズのために、熱烈なナチス支持者のドイツ人女性を家庭教師として雇った。両親は子どもにあまり関わらず、この乳母兼家庭教師によって長男と次男は厳しく支配された。チャールズの性格にこの影響を見る人もいる。コーク家にはさらにビルとデイヴィッドの双子の息子が誕生するが、この頃にこの家庭教師はヒトラーのフランス侵攻に歓喜し、祖国で総統と喜びを分かち合いたいとして自らの意志でドイツに帰ったようだ。

際立った負けず嫌いであった次男チャールズが兄弟のなかで中心的存在となっていく。長男フレディは母親似の「芸術家肌」になり、部屋でおとなしく本を読んでいるのが好みであった。デイヴィッドはチャールズになつき、一方ビルはチャールズから除け者にされていると感じるようになる。

チャールズは父に反抗し、原子力と化学工学で修士号を得ると、ボストンで経営コンサルタントとして働き始める。しかし健康を害し始めていた父が家業を継がなければ会社を売却するかもしれないと考え、父親のもとで働くことにする。父に反発していたチャールズであるが、価値観の多くを父親と共有していた。フレッドは右翼団体のジョン・バーチ協会の会員で、チャールズとデイヴィッドもこれに加わる。フレッドはゴールドウォーターの熱心な支援者で、極右陰謀論にもどっぷりつかっていた。チャールズは当時は、ジョン・バーチ協会流の陰謀論には否定的であり、後にジョン・バーチ協会は陰謀論によって拡大に失敗したと考えたが、一方で徹底した組織の秘密主義などはここから学ぶことになる。若き日のチャールズが父親の右翼ネットワークの中で魅了されたのは、極右陰謀論よりも経済理論だった。

コーク家はジョン・バーチ協会とも密接な関係にあったフリーダム・スクールの支援者であった。「フリーダム・スクールでは、おいはぎ貴族(悪徳資本家)は悪者ではなく英雄」だった。ここでは税金は盗みであり、ニューディール政策は失政であり、ジョンソンが展開する貧困との戦いは「社会主義への破滅的方向転換」であった。

フリーダム・スクールに魅せられたチャールズは兄弟に受講するよう勧めた。しかし文学や歴史などの教養を身に着けていた兄弟のはぐれ者長男フレディは、同校のカリキュラムをたわごとだとこき下ろし、中心人物はアプトン・シンクレアの小説に出てくるペテン師にそっくりだと言った(多くの国で右派が批判的思考を教育する人文学に憎悪を燃やす理由はこれでおわかりだろう)。激怒したチャールズは、「統率に従わないと「殴り倒す」といった」と、フレディは振り返っている。チャールズはハイエクを知りその理論を信奉し、リバタリアン思想の普及に努めることになる。

兄弟は父親から資産を相続することになり、父親はここで「節税」テクニックを駆使した。しかし「盗み」である税金から資産を守れても、兄弟の反目は避け難かった。チャールズはフレディがゲイであるという噂(当人は否定している)を利用し、母親に知られたくなければ株を譲れと脅しをかけるなどして、兄の追放に成功する。さらに弟のビルとも袂を分かち、チャールズとデイヴィッドは一層結びつきを強めていく。ちなみにフレディやビルがみじめな境遇に追いやられたのかといえばそうではなく、会社から追放されたとはいえ相続によって大金持ちになったフレディは弟たちよりは慎み深い慈善家となり、やはり莫大な資産を相続したビルも自ら事業を起こし成功しており、こちらは思想的にはチャールズと同根であるようだ。さらに付け加えれば、デイヴィッドは近年は同性婚を容認する立場に転じたようだが、彼一人がそう言ったところで性差別全開の右派運動の流れに影響はないし、この流れに抗して闘いを開始するかといえば、もちろんそんなことはしない。

秘密主義でほとんど表に出ないチャールズにとって、「ちょっと抜けている」とすらされる社交的なデイヴィッドは表看板としてうってつけだった。
1980年には、舞台裏での活動を好むチャールズはデイヴィッドを説き伏せてリバタリアン党の副大統領候補として立候補させる。ここで注目すべきは、党首であったエド・クラークがこの時すでに「リバタリアンは「きわめて大きなティーパーティ」を主催する用意がある、なぜなら、大衆は税金に「死ぬほどうんざりしている」」からだと述べていることだ。リバタリアン党の公約は選挙資金法の廃止、連邦選挙委員会も全廃。メディケアとメディケイドを含む政府の医療プログラムも廃止。すべての所得税と法人税に反対。脱税者に対する訴追をやめること(!)。証券取引委員会に環境保護庁にCIAにFBIも廃止。最低賃金や未成年者保護など「雇用を妨げる」あらゆる法律も廃止。「子供に「強制的に」教育をほどこす機関」であるとして公立学校も廃止。食品医薬品局、労働安全衛生局も廃止。シートベルト着用を義務付ける法律も廃止。そして「貧困層に対するあらゆる福祉をすべて廃止することを求めている」。

これでは1パーセントしか得票を集められなかったのも当然であろう。しかしすでにクラークがすでに「ティーパーティ」へ言及しているように、コーク兄弟の政治信念はこの時すでにできあがっており、ここから基本的には変わっていないとすべきだろう。つまりアメリカをこのような社会システムにすることこそが、コーク兄弟の究極の目標なのである。

コーク兄弟には学習能力がある。この惨敗の反省から、現実政治に影響を与えるにはどうしたらいいのかを考え、策を練り、それを実行するようになるのであった。

このような人物によって経営される企業が悪辣なものになるのもまた当然であろう。違法な水銀の廃棄などの環境汚染や、従業員に健康リスクを伝えるのを怠るといったことは常習的に行われている。安全性よりコスト重視、人命が失われる事故(というより事件)が発生することもたびたびだ。内部告発を行おうとしたり被害を訴えようとすると、かつてのピンカートン探偵社の仕業かと思うような偽FBI捜査官が現れて恫喝するといった異様な手法も厭わない。それでも告発者が屈しなければ、最後の手段として秘密保持と引き換えに金で揉み消すのである。


『市民ケーン』の興行的失敗は、モデルとなったハーストからの凄まじい嫌がらせも影響していたとされる。著者は「ニューヨーカー」誌の記者であるが、それまで一般的にはほとんど知られていなかったコーク兄弟を取り上げた記事を書くと、さっそく嫌がらせを受けることになる。右翼メディアから過去に盗作をしていたと書き立てられそうになったのであった。幸いにもこの右翼メディアのやり口があまりに杜撰であったので大事には至らなかったが、陰謀のネットワークが張り巡らされていることを目の当たりにして背筋が凍る思いだったろう。

著者に対する陰謀など映画化するならそのオープニングにふさわしく思えてしまったのだが、表にほとんど姿を現さず、デイヴィッドを操ってついに共和党に強い影響力を及ぼすようになるチャールズの姿は、パラノアイと極右陰謀論にまみれた虚構の人物であるかのようにすら映ってしまうものの、これが実在しており、アメリカ政治を動かす重要人物であるというのは、紛れもない現実なのである。もちろんこれはアメリカの制度的な問題もあり、このような手法がそのまま世界各国で行われているわけではないが、日本においても安倍晋三とJR東海葛西や富士フィルム古森などとの関係を考えると、右翼財界人による政治的影響力の拡大は、対岸の火事ではないどころか、すでに極めてアクチュアルな問題になっていると考えるべきだ。またそれが不可視化されていることにも、危機感を持つべきだろう。

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佐藤太郎(仮)

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