レミングは集団自殺しないが

政治部とワイドショーがある限り日本の政治はどうにもならないと感じてきたが、そのグロテスクさをこれ以上なく見せつけられている。

両者に共通するのが、内輪の論理こそが絶対であるということだ。政治家が極右であることは内輪の禁忌には触れないのでスルーされる。それどころか、人種主義や歴史修正主義を正面から批判することは逆にタブー化されてしまっている。飛ぶ鳥を落とす勢いの政治家の過去の言動と現在の主張との間の整合性を問おうとすれば、空気の読めないイタい人扱いされるのがオチだろう。

近年このような内輪の論理は、問い直されるどころかむしろさらに幅を利かせるようになり、その結果日本は、厚顔無恥な極右にとっては天国のような状況となった。

2012年に石原慎太郎が都知事を辞職し衆議院議員への出馬表明記者会見を行うと、HNKは延々とこれを生中継し、記者会見では厳しい質問は一切なされず、スタジオに登場した政治部の記者はひたすら今後の政局の話をしていた。これはNHKに限ったことではなく、ほとんどのテレビ、新聞が、石原都政のまともな検証作業を行うことはなかった。オリンピック招致(「黒シール事件」の実行犯が鹿島の社員であったように、石原はゼネコンとはズブズブの関係にある)、築地市場の豊洲移転といった問題はこのときすでに出ていたわけで、ここでまともな検証作業がなされていれば、それは違った形になっていたことだろう。

石原は山のように差別発言を繰り返すのみでなく、「余人をもって代えがたい」道楽息子を税金で食わせようとしたように都政の私物化は甚だしく、さらには新銀行東京をはじめ都に直接の損害を与える(つまり税金を溶かす)失政も繰り返した。しかしこれらについて、正面から石原に切り込んだ記者はいなかった。

小池百合子が極右陰謀論を垂れ流していたことなど1分もかからずに調べられるし、政治部の記者やワイドショーのスタッフが知らないはずはないが(仮に知らなかったとすれば、それはそれで論外である)、「過去のあのツイートはあなた本人がしたものなのか」といった程度の質問をぶつけるのすら禁忌にされるのが、政治部とワイドショーの内輪の論理なのであろう。

そしてこれは、日本社会に遍く広まっていっている。ワイドショーを見て小池に期待している人の相当数は小池が極右であることを知らないであろうが、仮にそれを知ったところで、やはり相当数が支持をやめることなく引き続き期待し続けるであろう。石原慎太郎がいかなる人物か知らない都民はほとんどいなかっただろうが、左うちわで再選を重ねた。強いものにはひたすら平身低頭し、叩いても安心な相手は居丈高に踏みつける。小池が石原を叩けば、あれだけ沈黙していたワイドショーも石原を揶揄するようになる。それを嬉々として消費するのが、日本人のマジョリティなのである。


ネットが政治に与える影響は無視できないが、「無視できない」という程度だとすることもできる。地上波とそれに準ずる影響力を持つテレビさえまともであれば、極右はそれほど伸長しないし、逆にこれらが極右に親和的であれば、極右は瞬く間に広がると思っている。ドイツでAfDがあそこまで伸びたのは衝撃といえば衝撃であるが、一方で周辺諸国と比べるとあの程度で済んでいるといってもいい。もちろんこれはドイツ一人勝という経済状況の反映でもあるが、同時に、ドイツの地上波のテレビが極右によるデマを垂れ流しているという話は聞かないし、その影響もあろう。

先のアメリカ大統領選挙共和党予備選の序盤、CNNは狂ったようにトランプの一挙手一投足を無批判に垂れ流し続けた。報道に強いとされていた(と過去形にしてしまう)CBSの社長は、トランプ現象はアメリカにとっては悪いことだがCBSにとってはいいことだという趣旨の発言をする始末だ。

先日ふとテレビをつけたら、NHKの『ニュースウォッチ9』がやっていたのだが、スポーツコーナーとはいえ、VTR中に「ワイプ」で女性アナウンサーが必死の「顔芸」を披露しているのに出くわし、ついにここまできたかと嘆息してしまった。これは安倍や籾井などとは関係なく、「ワイドショー的論理」が浸透していることの表れだろう。ワイドショーといえば四六時中ワイプであり、平日夕方の自称ニュース番組もワイプであふれかえっている。ワイプは同調圧力による「踏み絵」だ。ワイプにケチをつけるようなスタッフはいらないし、ワイプで顔芸を披露できないような人間はスタジオに置いておけないし、ワイプという演出を受け付けない視聴者など相手にしない、そういうことなのだろう。

日本のテレビはといえば、NHKを含めて最早FOXニュースレベル(あるいはそれ以下)の番組がほとんどという暗澹たる惨状であり、大阪にいたっては地上波ですら極右トークラジオ並みのテレビ番組が平然と流されている。

トランプが大統領に当選すると、ニューヨーク・タイムズ等の新聞が腰砕けになるのは時間の問題だと考える人は少なくなかった。しかし、地上波のテレビ報道がほとんど存在感がない中、新聞や雑誌は気を吐き続けている。これはトランプ政権が想像を絶するほどひどすぎるということもあろうが、9・11後にNYTを含めほぼすべての大手メディアがブッシュ政権の提灯持ちと化し、アフガン侵攻、イラク戦争へ駆り立てたるのに大きな役割を果たしたという過去への反省もあろう。一方テレビは、とりわけ2004年にダン・ラザーと『60ミニッツ』が右派から袋叩きに合った後遺症からまだ抜けられていないし、それを克服しようとすらしていないかのようにも見えてしまう。

日本のメディアがこれを他山の石としているのかといえば、極めて疑わしい。アメリカなら、共和党でもかなり右寄りであるポール・ライアンあたりでも全力で批判するようなレベルの人間が、日本では新聞やニュース番組で「識者」や「コメンテーター」として登場してしまっている。その是非を議論することさえ社内で行われている形跡はない。

フェイクニュースが云々とされるが、「日本も他人事ではない」どころか、むしろ世界が日本化しているというほうが適切であろう。日本の主要メディアはフェイクニュースの話題を扱う際に日本の事例に触れないことがほとんどであるが、これと面と向き合えば、右翼政治家・文化人等を批判せねばならなくなるし、この連中の言動を垂れ流した自分たちと向き合わねばならなくなるが、そのようなことをする気概も意欲もない。


とりわけ満州事変以降、日本の新聞雑誌が戦争を煽り続けたのは、軍部の圧力もさることながら、経済的動機が大きかった。国連けしからん! 蔣介石を懲らしめろ! ニッポンスゴイ! ニッポン強い!とやれば、わんさかと売れたのである。

「潮目」が変わったら? 政治部やワイドショーの連中は、相変わらずしたり顔で政局解説を行い、薄ら笑いを浮かべて叩きやすいものだけを叩き続けるのだろう。


新聞やテレビにも、まともで優れた記者がいることはわかってはいるが、今の状況を前にしては、レミングは集団自殺をしないが、日本人は何度でも集団自殺をするのだろうという気分になってくる。

腹立ちまぎれに書いたのでとっちらかってしまったが、ほんとにこれどうすんのよと思うが、あいつらは責任取る気なんて一切ないんでしょうよ。
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佐藤太郎(仮)

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