敗れ去ったサリンジャー

一年を振り返るなんて時期でありますが、あれこれ思い出してみると自分にとって結構大きなニュースだったんだなあ、と改めて思えるようなことも。その一つがサリンジャーの死の報せでした。
もちろんサリンジャーはずっと好きな作家ではあったのですが、これを期にあの人とはなんだったのかということをあれこれ考えてみたり。

折りしも日本では今年、ホメオパシーがいろいろと注目を浴びたりもしました。僕が「ホメオパシー」という言葉を初めて知ったのはサリンジャーを通してのことだったような。ホメオパシーというか「同毒療法」という訳語によって。幸か不幸か僕はオカルト的なものを「楽しみ」はするが信じはしない(というかできない)人間なのでサリンジャーの反西洋近代主義(鈴木大拙を通しての奇妙にも思える東洋趣味など)には微苦笑して通り過ぎただけでしたが。グーグル様に「サリンジャー ホメオパシー」でお伺いをたてるとすごいことになっていますね。

そんなこんなで年末にサリンジャーについて。

サリンジャーの訃報に接してまず始めに、ん?と思ったのがサリンジャーってひょっとして村上春樹の父親の村上千秋氏と同い年なんじゃ、ということだった。
例のエルサレム賞の受賞スピーチで「私の父は昨年の夏に九十歳で亡くなりました」とある。この発言は2009年のこと。サリンジャーは1919年1月1日生まれで2010年1月27日に亡くなってる。
村上千秋氏の生年月日を見つけることができなかったのですが2008年に90歳で亡くなっているということは生年は1918年か。とにかく同年代であることは間違いない。

そう、サリンジャーは村上春樹の父親と同世代なのです。
村上春樹は「文芸春秋」2009年4月号のインタビューでこう言っている。「父の人生が戦争で変わったことは確かだと思います」
村上千秋氏は中国大陸での戦闘に参加したという。ここで直接か間接にかはわからないが、非常に過酷な体験をして、それを生涯抱え続けることになった。
村上春樹といえばアメリカがすぐに連想されるかもしれないが、初期の短編「中国行きのスロウ・ボート」からわかるように中国も大きな存在であり続けていた。村上春樹においてアメリカ文化が肯定的に語られるものだすると、中国に対してはある種のアンビバレンツを抱えているといってもいい。そのことに正面から向き合ったのが『ねじまき鳥クロニクル』だったが、このような中国への思いというのは、今となっては父親からの影響を抜きには考えられないだろう。


ある小説に読者が没入して登場人物やその世界と現実とが区別がつかなくなるということがままある。キングの『ミザリー』はまさにその恐怖を描いたものだが、村上春樹もエッセイで似たような体験を書いている。多かれ少なかれこのようなことを作家は体験するのだろうが、とりわけそういう傾向を誘発しがちな作家というものがいる。その代表格がサリンジャーである。これについてはジョン・レノンを射殺したチャップマンを思い出せば十分だろう。

しかしサリンジャーが特異であるのは、作家自らが己の作品世界へと過剰に没入し、ついには出口のないところにまで至ってしまったということにある。

「バナナフィッシュ」において、サリンジャーは必ずしもグラース兄弟の長兄シーモアに過剰な感情移入をしていなかった。実は「バナナフィッシュ」におけるシーモアの設定はサリンジャー自身と重なるところがあるのだが、それでもしかるべき距離を保てていた。

「グラース・サーガ」と呼ばれるグラース家の人々を描いた連作は次兄であるバディが書き手という設定になっている。
バディはサリンジャーの分身であると同時に影の薄い語り手という地位にある。おそらくはサリンジャーは、「グラース・サーガ」を書き紡ぐにあたって、作品から適当な距離をとるためにこのような手法をとったのだろう。
しかし次第にサリンジャーは作品との距離を見失い始める。その兆候は『ナイン・ストーリーズ』の最後を飾る、全体からはかなり浮いている「テディ」に表れている。

サリンジャーが最後に発表した作品『ハプワース16、1924年』においては、最早小説というよりもシーモアの聖人伝であるかのようだ。

サリンジャーが書かなくなったのか、書けなくなったのか、それとも書いているけれど発表しないだけなのかは様々に推測されている。「金庫に未発表作品がたまっている」という希望的観測は少なからぬ人が抱いていることだろう。
しかし僕は、サリンジャーは単に書けなくなった、仮に金庫に未発表作品が眠っているとしても、それは質の高い作品ではないのだと思う。
一言でいえば、サリンジャーは作家として敗れ去ったのである。

「バナナフィッシュ」においてシーモア・グラースは精神を病んだ(少なくとも妻の家族からはそう認識されている)帰還兵である。この作品はあまりにも精神分析的読解向きであるが、サリンジャーは知的遊戯としてそのようなものを持ち出したのではない。極めて切実な問題であったのだ。

サリンジャーは第二次大戦に参加している。ノルマンディー上陸作戦では激戦地ユタ・ビーチに上陸。その後は情報部隊に所属していたといわれている。この間に解放されたパリでヘミングウェイと面会したのは有名な話である。
しかしサリンジャーの具体的な戦歴というものはかなり謎につつまれている。とにかく、彼は精神を病み、当地で結婚したドイツ人の妻を連れてアメリカに戻るが、この結婚はすぐに破綻。結婚生活の詳細も不明のままである。
おそらくは、村上春樹の父と同じように、極めて過酷な体験をしたのだろう。実際に筆舌に尽くし難い惨状を目にしたのか、あるいは彼の鋭敏な神経が戦場に耐えられなかったということなのかはわからない。はっきりしているのは、サリンジャーが戦争体験をほとんど書き残さなかったということだけである。

ほとんど、といった。いくつか例外がある。その一つが、間接的な形での「バナナフィッシュ」であることはすでに触れた。そして同じく『ナイン・ストーリーズ』収録の「エズメに捧ぐ」はより直接的に戦争にふれている。

1944年、主人公のアメリカ人兵士Xはイングランドへ送られ、英国諜報部の「特殊な講習」を受講する。Dデーとその後に備えたものだ。そこでXはイギリス人姉弟と出会い、束の間の交流をする。
後半は戦争終結後が描かれる。Xの精神はもろくも崩れ落ちようとしている。そこへあの姉弟から手紙が届く。小説の最後はこう結ばれる。「本当に眠い男ってのはね、エズメ、いつだって望みがあるのさ、もう一度機―き・の・う・ば・ん・ぜ・んの人間に戻る望みが」(柴田元幸訳)

この作品がどこまでサリンジャーの実体験に基づくものかはわからない。しかしこの時期のサリンジャーの心象を表したものと見ていいだろう。
戦争によって精神を破壊されかかっているという点では「バナナフィッシュ」的であるし、姉弟に代表されるイノセンスな存在によって救済の可能性が暗示されるという点では『ライ麦畑』的である。この作品は「バナナフィッシュ」と『ライ麦畑』を合わせたような読後感がある。しかし、それよりももっと直接的で切実なものだ。

僕はこの作品を読むたびに(引用のためにちらっと目にした今も)心が打ち震える。この感覚は小説の良し悪しを越えたもののように思える。
逆に考えるのなら、サリンジャーはこの感覚に、あまりに直接的で切実なものに耐えることが出来なかったのかもしれない。
「エズメに捧ぐ」でも、結局はXの過酷な体験は暗示的に示されるだけで直接的には描かれない。
もちろんサリンジャーは作家である。ノンフィクションや自伝や自伝的作品のみによってこの体験を描く必要はない。何か象徴的な、全く別のシチュエーションを使って試みることもできたかもしれない。
しかし「バナナフィッシュ」においても『ライ麦畑』においても、そして「エズメに」においても、その前段階や後日談は書けても、結局「本当の地獄」を描くことはできなかった。
サリンジャーには地獄を描こうという意思はあったのだろう。実際それを感じさせる作品が残されている。だがついにはそれは果たされなかった。

結局サリンジャーは、極めて虚構的な、最早現実との接点などまるで持ち合わせないキャラクターへと変貌をとげたシーモア・グラース(もっと鏡見て)という人物に耽溺せざるを得なくなる。

サリンジャーは、やはり作家として敗れ去ったのであろう。


と、こんな文章を書きながらサリンジャー関連の本をひっぱりだしてみた。
あれ、と思ったはイアン・ハミルトンの『サリンジャーをつかまえて』に最初の結婚相手がフランス人になっていたんだよな。証言の引用という形なんだけど(文庫版の159ページ)。ちなみにウィキペディアではドイツ人になっとるがこれは確認されたのだろうか。ウィキペディアの英語の方では1972年にこの元妻から手紙が来たがサリンジャーは破り捨てたということがマーガレット(サリンジャーの娘)の著書から引かれているんだけど、この本読んだんだけど手元にないので確認できん。
まあハミルトンの本の信用性も微妙な気がするが。

あと今回柴田訳で引用したんだけど、『ライ麦畑』にしても『ナイン・ストーリーズ』にしてもやっぱり野崎孝訳になじんでいるんだよなあ。
僕がアメリカ文学の翻訳書を読み出したのはもろ村上春樹の影響でその影響で柴田元幸さん(春樹は呼び捨てにできるが柴田先生はなんとなくしにくいw別に教え子とかじゃないけどよくイベントとか行くもので)の訳書も読み出したんだけど、その他で選ぶ基準になってたのは野崎訳だったんだよなあ。『ギャッツビー』とかもやっぱり野崎訳がしっくりくる。出来の良し悪しというんじゃなくてなじみの問題なんだけど。
野崎さんは多分それほど波乱万丈でもない地道な研究者/翻訳家であったのだろうし、伝記とかは出ないんだろうけど。今では「柴田元幸の影響を受けた若い作家が……」なんてことが書かれたりするけど、野崎氏の影響というのも相当なものだったのだろうな。有名なところでは庄司薫の薫クンの文体とか。その他については何か研究とかあるのかな。
今ウィキペディ見たら野崎氏も中国に出征してたのか……




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