『東京のハーケンクロイツ  東アジアに生きたドイツ人の軌跡』

中村綾乃著 『東京のハーケンクロイツ  東アジアに生きたドイツ人の軌跡』






ドイツ国外に住むドイツ人社会とナチスとの関係を東アジアを中心にたどっている本書の内容は、サブタイトルである「東アジアに生きたドイツ人の軌跡」の方がよく表しているだろう。


第一次世界大戦により日本の捕虜となった中国にいたドイツ人捕虜の中にはマイスターの資格を持つ職人も含まれていた。後に原爆ドームとなる物産陳列館ではドイツ人捕虜による作品物産展示即売会が開かれ、カール・ユーハイムによるバウムクーヘンはドイツ菓子ブームを巻き起こしたという。捕虜の中には釈放後に中国から家族を呼び寄せそのまま日本に移住した者もいた。マイスターの資格を持つ熟練職人は、ドイツパンやソーセージの知識をかわれ日本の食品業者に雇いいれられたり、またユーハイムのように自らドイツ菓子などの販売や喫茶店経営に乗り出す者もいた。

それまで日本に滞在していたドイツ人といえば外交官の他には商人や貿易商が中心であったが、この頃からそこに職人や手工業者なども加わるようになった。商人たちが愛用していた横浜や神戸の社交クラブは排他的であり、手工業者などは会員資格が得られなかった。そしてこのように排除された人々がまず、「職業、身分格差の撤廃」を掲げるナチズムに引き寄せられていくこととなる。

ナチズムの一つの側面であるエスタブリッシュメントへの挑戦を考えれば、このように差別的に扱われた人々が吸い寄せられていくというのは一つの典型であったのかもしれない。ヒトラー政権誕生以前に日本在住のドイツ人でナチ党に入党していたのは徒弟や事務員、主婦など「ドイツ人クラブの会員資格を有していなかった者が多」かったという。

政権獲得後のナチスはエスタブリッシュメント層の取り込みもはかることになり、このような姿勢は保身や出世欲にかられたエスタブッリシュメントにとっても利害が一致するものでもあった。


外国に住むというのは現在であっても特殊な体験であるといえるだろうが、当時であればさらにその傾向は強かっただろう。「本国並み」でありたいという意識と同時に日常的に外国人と接触するなどの体験から独自の意識も芽生えることにもなる。 類型化がより強化される面と、例外的事象が起こる面とがあるだろう。

東アジアではヒトラーが政権を獲得する前にナチ党へ入党していたのは職人層などが多く、政権獲得後は商社員などが流れ込んだ。外交官の入党が増えるのは1937年前後からとなる。
ナチ党の京浜支部は大使館への影響力を強め、日本のドイツ人社会にも「異端審問」のように介入を始める。「シュルツ夫人」は手紙でこのことへの不快感を表しており、彼女はナチ党に対しては極めて否定的であるのだが、同時に彼女の中には同時にヒトラーへの思慕の情というものも存在していたのである。

シュルツ夫人はそれまで「ドイツ人」として扱われていたユダヤ人が国籍を剥奪され、またドイツ人社会から疎まれ蔑まれることにも憤りを抱いている(彼女自身もともとはアメリカ人であったようだ)。このようにユダヤ人差別は東アジアのドイツ人社会においても横行していたのだが、またシュルツ夫人のような、現在から見ると奇妙な立場は外国住まいゆえという面もあるのかもしれない。


本書は東アジアでのドイツ人学校の動向にも注目しているが、教育というのはまさにそのような環境を反映した姿をとることになる。
外国にある学校であるがゆえにより「ドイツ人らしさ」を求める傾向があったものの、一方で「多文化・混合的」な環境でもあった。「ドイツ人」以外の生徒をどれだけ受け入れるのかというのは母語能力という観点からも問題となるのであるが、一定数のドイツ人以外も受け入れていた。ここまでは驚くにはあたらないだろうが、なんと第二次大戦勃発後もイギリス人生徒も引き続き在校し続けていたという。
もちろんナチスは教育現場に浸透しきっていたのだが、意図せざるものも含めて一種の「抵抗」が行われていたとすることもできるかもしれない。しかしまた、ユダヤ人の在校は無論認められなかったことを思えば、それを過大評価してはならないだろう。


戦後GHQは「好ましいドイツ人」と「好ましからぬドイツ人」とを分けるための調査を行ったが、シュルツ夫人の例に見られるように「ナチズムに懐疑的な者がヒトラーを信奉するなど、同一人物のなかにも親ナチ的と反ナチ的な要素が共存していたことがうかがえ」、明確な線引きなどできるはずもなかった。

「ヒトラー直々の信頼を得て」上海のドイツ総領事館に就任したクリーベルは、「筋金入りの党員」でありながら反ユダヤ主義を公然と批判したという。ナチスの勢力拡大に寄与したのは反ユダヤ主義よりも反共・反ソ感情であったという指摘は多いが、クリーベルの言動を見てもナチスを一枚岩として考えることはできない。同時に、また彼がヒトラーから信任を得ていたように、こういった事例も過度に評価すべきではないだろう。

外国という環境が類型化を強化すると同時に例外的事象も引き起こすこともあるのだろうと書いたが、社会に常に孕まれる、論理的には整合性のつかないような二面性がより極端に出るということでもあろう。まあそれは外国居住者に限らないのではないかといえば、そうかもしれないが。


本書のタイトルを見て反射的に手塚治虫の『アドルフに告ぐ』を思い出してしまったのだが、「あとがき」でもちらっと言及されていた。
読んだには随分昔のことで、子ども(というほどは小さくはなかったが)にとってはどちらかというと特高警察のほうがトラウマ体験であったのだけれど、久しぶりに読み返してみようかな(念のために付け加えておくと、『アドルフに告ぐ』はあくまでフィクションであって、この作品でキーとなるヒトラーにユダヤ人の血が流れていたという噂はカーショーのヒトラーの伝記でも完全に否定されております)。


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