フィリップ・K・ディックと親切、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』再訪

『ブレードランナー 2049』が公開ということで、奇跡的に本の山の奥からかすんなりと引っ張り出せたもので20年ぶり(?)くらいに『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読み返してみた。

僕はもともと記憶力がかなり怪しいもので、昔に読んだ本の内容などあらかた忘れていることがほとんどで、案の定というべきか前半はそれなりに憶えていたものの中盤以降は初めて読むかのようだった。

『ブレードランナー』を見て『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだ人は、これは「原作」というよりも「原案」とでもした方がいいのではないかと感じることだろうと思ってきたし、実際にそうでもあるのだが、記憶していたよりはセリフ等は原作から持ってきていた箇所が多く、「ああ、ここも原作にあったのか」というところが結構あった。

またこういった映画との関連とは別に、久しぶりに読み返すと、小説そのものが記憶していたのとは大分印象が異なった。これは記憶力の問題ばかりでなく、先に映画を見てから原作を読んだので、かつての読み方があまりに映画に引っ張られすぎていたということなのだろう。

映画にまつわる話として、デッカード=レプリカント説がある。これはケアレスミスから意図せずして生じたものであったが、後にリドリー・スコット自らがこれに乗っかるように、そう思ってみるとそうとしか思えなくなってくるかのようなこの曖昧性は映画をより魅力的にしている。そして、そもそも原作にも、デッカードとは別のバウンティ・ハンター(「ブレードランナー」という呼称はディックによるものではない)であるが、自分が人間であるのか確信が持てなくなるという場面がある。

自我が揺らぐどころか現実そのものが溶解していくかのような崩壊感覚はディックおなじみのものであり、自分を人間だと信じ切っているアンドロイドや本当に自分が人間であるのか疑わしく思えてきてしまう人間が登場するこの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は、まさにそのディック的現実崩壊感覚の最たるものである……と思っていたのだが、そういった感覚はディックの作品としてはそれほど濃厚ではなかった。

今回読み直してみると、意外なことにと言おうか、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は結構ヴォネガットっぽいとも思えた。映画では完全に削除されているが、小説では人々は「マーサ教」という(疑似)宗教にどっぷりつかっているのだが、この珍妙さなど非常にヴォネガット的である。

もっともこれは、ヴォネガットの訳者でもある浅倉久志による「訳者あとがき」を先に読んだことからくる印象かもしれない。浅倉はここで後藤将之の「フィリップ・K・ディックの社会思想」を引いている。ここには短編「人間らしさ」に付されたディックのこんなコメントがある。

「わたしにとってこの作品は、人間とはなにかという疑問に対する初期の結論を述べたものである。……あなたがどんな姿をしていようと、あなたがどこの星で生まれようと、そんなことは関係ない。問題はあなたがどれほど親切であるかだ。この親切という特質が、わたしにとっては、われわれを岩や木切れや金属から区別しているものであり、それはわれわれがどんな姿になろうとも、どこへ行こうとも、どんなものになろうとも、永久に変わらない」。

「愛は負けても親切は勝つ」とは『ジェイル・バード』におけるヴォネガットの名言にして浅倉の名訳であるが、このディックの言葉はそのままヴォネガットのものだとしても通用しそうなものだ。

後藤はこう書いている。「ディックにおいて、人間とアンドロイドの生物学上の、あるいは自然科学上の区別は、まったく無意味である。親切な存在はすべからく「人間」であり、それ以外は人間ではない。ここで彼が、この非人間的性質の比喩としてのみ、「アンドロイド」を持ち出している事を失念してはならない。ディックは、「アンドロイド」と「人間」の形式上の区別には関心がない。コピーも現物も、親切であればすべて本物である」。

映画『ブレードランナー』では、奇怪にすら見える行動を取るデッカードよりも、地獄のような光景を目撃しそこから逃れてきて、死の恐怖におののくレプリカントたちの方がよほど人間らしくも思えてくる。そしてデッカードはレイチェルに出会い、ロイの痛切な独白を聞いて、人を愛する心を、あるいは親切さを取り戻した(彼がレプリカントだとすれば初めて得た)ようにも思える。あれだけ話を改変されながら、ディックは映画の試写を見て満足したという話が伝わっているが、それは世界観を巧みに切り取ったということに加えてこのあたりもあるのかもしれない。



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佐藤太郎(仮)

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